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唐突に、スマホが震えた。バイブレーションが長い。電話だ。
俺は手を伸ばしてスマホを取り、画面を見る。
槇原誓悟。
槇原からの電話だった。珍しい。彼は電話を面倒がってやらない。こちらから電話をしても一旦切って、メッセージで返事をしてくるくらいだ。
出るのをためらった。学校の友達と気楽な話をする気分じゃない。
だけど普段電話をしない槇原から電話だ。邪険にするのも気が引けた。いや、何よりも意味深な電話のような気がした。俺は通話を置いて、スピーカーに耳を当てる。
『どこいんの?』
眠そうな声で槇原はいきなり質問を投げてくる。
「あぁ、家だけど…」
『マジで?面倒だなー。じゃあいいや』
「何の用だったんだ?」
『飯誘おうと思ったんよー。でもお前気づいたら帰ってたからさー』
「悪いな。また誘ってくれ」
『あーまたなー…』
半端なタイミングで、槇原が急に黙り込んだ。珍しい反応だった。
「どうした?なんかテンション低いけど」
『低いのは真田の方だぜ?俺それが気になってさー…』
槇原は歯切れ悪く言う。
『ほらー池袋でさー俺結構色々言ったじゃん?あれで変に真田を煽ったんじゃないかってさー。ちょっと気になったもんでさ』
ああ、そうか。
俺が失敗したことをそれとなく察していたのか。それで槇原は責任を感じているのだろう。
「いや、気にしなくていいよ。槇原が悪いわけじゃないし、俺もそうしただろうし」
槇原の弁を借りれば、俺の答えは決まっていたのだろう。初めから俺はハーピアと向き合うつもりだった。仮に槇原と相談しなかったとしても、遅かれ早かれ彼女の本心にふれようとしただろう。
『俺は基本的に他人に不干渉でいたいんだけどさー。でも人の相談に乗ったってことは片足くらいは関わっているわけで。それでいて結果がどうなろうと知らんぷりってのはさすがにないじゃん。俺は不感症にはなりたくないんよー』
「なんでちょっとうまくいうんだよ」
『すまんすまん。でも俺なりのさー、筋っていうかー…。俺の言葉に背中を押されたんだったら、責任みたいなもんもあると思っているんよ』
間の抜けた口調だが真面目さは伝わってくるのがおかしくて、俺は思わず口元をほころばせる。確かに槇原の言う通りかもしれない。少しでも関わったのなら、例え軽くても責任は発生してしかるべきだろう。
「そうか…。悪いな、気を使わせて」
『そんなもんでもないけどなー。…で、真田。結果は、どうだったんよ?』
「まぁ…」
答えに迷う。何もかも伝えるわけにはいかない。信じてもらえるかどうかは別として…いや槇原は信じそうだな。とはいえ俺を取り巻く滅茶苦茶な状況は知らない方がいい。知っただけでどうなるかわからない危うさもある。
「うまく、いかなかった。別れちゃったよ」
端的にまとめた答えを槇原はため息で返した。




