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彼女が戻ってきて、夕飯を食べている間、俺は平常心を保ったままでいた。彼女が冗談を振れば笑って返し、雑談の話題を提供し、パスタに舌鼓を打って感想を言う。
とても味気ない時間だった。地に足が付いていないというか、白々しいというか。交わされる言葉も表情も中身がなくて、温度がなくて、ただ虚しく流れているように感じる。
何もかもが抜け落ちて、剥がれ落ちてしまったら、俺と彼女はなんでもなかった。
こ れまで思い描いていた関係とか、イメージしていた記憶が全部消えて、無意味なものになってしまった気がした。
「和嵩?」
名前を呼ばれたので俺は我に返る。
「ボーッとしている。どうしたの?」
「ああ、ごめん。何でもない」
俺は彼女がデザートとして買ってくれたティラミスを食べる。
「これ安物だよね。マスカルポーネが入っていない」
「マスカル…何?」
「マスカルポーネ。ティラミスに入っているチーズよ。これクリームチーズを代わりに使っているわね」
彼女はしかめっ面をしてティラミスの入ったカップに張られた原材料を見た。
「マスカルポーネってそんなに大事?」
「大事よ。それがないとティラミスじゃないわ。本物を食べたことない?」
「あー…こういう安いのしかないかも」
「基本のマスカルポーネがないなんて論外。全部偽物だよ。和嵩、今度本物食べさせてあげる」
片すように彼女はティラミスをたいらげ、空っぽになったカップを捨てた。流し台で使ったスプーンを洗い始める。
「偽物で満足していたら本物に会ってもわからなくなるよ。そんなのもったいない」
「…俺は、本物でも偽物で、おいしければいいけどなぁ」
「だからもったいないって」
「偽物だからって駄目っていうのももったいなくない?」
彼女は手をふきながら、怪訝な顔を向けてきた。
「別に私はどっちでもいいけど…妙にかばうね?そのティラミスに思い入れがあるの?」
「いや、そういうんじゃない。たださ、別に偽物でも本物でもその人にとっていいものだったら、それでOKなんじゃないかって。まぁつまりおいしければ何でもいいってこと」
「グルメにはなれない考え方だね」
「元々美食家ってガラじゃない」
笑いながら、俺はティラミスを食べ終えた。
彼女が先に風呂に入るというので、俺はコンビニで飲み物を買ってくると理由をつけて外に出た。例のクリアファイルが入ったカバンを手に持ったうえで。
俺はマンションの近くにある公園に向かった。背が高い電灯があって夜でも明るい場所だ。俺は手ごろなベンチを見つけて腰掛けた。住宅街の真ん中にあるこの公園は夜になると人の出入りが少なくて静かだ。
俺はカバンからクリアファイルを慎重に取り出し、中の紙を手に取る。心なしか手が震える。立ち入り禁止の札がかかった扉を開けるような。後ろめたい気持ちが俺の指を強張らせる。意識して人の秘密に触れることがこんなに怖いことだなんて。
だけどもう止まらない。止められない。俺はこの先の秘密に触れないといけない。使命感のような、義務感のような、そんな想いが俺の手を動かした。
紙切れに書かれているのは英語だった。3枚とも筆記体で記された英文が並べられている。俺は頭の中で翻訳しながら読み進めた。




