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「なんかいつもと違う感じだよね」
「え?」
「気張っていないっていうか…変に演出された感じがない。和嵩の等身大な感じが出ているっていうか」
「まぁ…そうかも」
「和嵩らしいから、別にいいんだけどね。6年前の私達は実際に楽しんでいたわけだし」
「…あんまり気に入らなかった?」
「違うわよ。そういう意味じゃない」
イリスは手を振って否定した。
「ただ、ちょっと自分が変わったって…感じた。6年って長いね。まぁ12歳が18歳になるのは大きいか。でも楽しかったのは本当だよ。あの頃の自分を思い返せた。初めて和嵩と出会って…。急に話しかけられてビックリして、舞い上がって、知らない場所をあちこち巡って…すごいワクワクした。あの時の感覚を思い出せただけでも…うれしかった」
「今のイリスは…どうなんだ?」
イリスはドリンクのカップに刺さったストローをいじりながら目を伏せた。
「今やっていること以上に価値あるものなんてないよ、和嵩。君の記憶にこだわっている私が言うのも矛盾しているけどね。でも過去も思い出も色あせていくものだから、忘れていくものだから。だって今いる場所以上に私を固定するものなんてないじゃない?どれだけ大切に過去や思い出を抱えていても、いつかは消えていく。過去や思い出に世界を変えるだけの力なんてないから」
滔々と語った後、イリスは俺に微笑みを向けた。
「でも、だからといって私は私を失いたいわけじゃない。こうして君に会いに来たのがその証拠だよ。君は私が私であることを思い出させてくれる、私を守ってくれる。今日のデート、すっごくうれしかった。君のおかげで私は6年前の私を思い出せた。君と出会って、君を好きになった…あの時に。アメリカじゃこうはいかなかったね。あそこはお互いにとって、全然思い出のない場所だから」
イリスはとてもうれしいことを言ってくれている。
…はずだった。
どうしてだろう。どうして俺は答えないんだろう。
答え方がわからない?言葉を選んでいる?言語化するのが難しい?
どれも違う気がする。
「…和嵩?」
俺の様子に気づいたイリスが表情を変えた。何かマズいことを言ったと思ったのだろう、不安そうな顔をしている。




