25
少女は俺をジッと見つめた。何も語らない。気まずい沈黙は12歳の俺にも少し堪えた。
でも、少女の吹き出す声で沈黙は破れた。
「そっか、君なんだ。フフッ‥‥そうだよ、君なんだ」
「えっと…」
「いいよ。とってもうれしい。それに、君の言う通りだ」
頬杖をついて、少女が口元をほころばせる。やわらかな笑顔だった。
「君のお父さんやお母さんのように、君が私の生き方を変えてくれるんだ。ううん、変えてくれた。私、変われたんだ」
彼女は俺の手に自分の手を重ねた。心臓が跳ね上がったような心地がした。なめらかで、温かい感触が伝わってくる。
「私の言っている意味、多分わからないよね」
「う、うん…」
「私ね、正直ここで誰とも話す気はなかった。どこにも行く気はなかった。どうせここで話しても、すぐ現実に引き戻される。ここで何を感じても、何を想っても消えてしまう」
「そんなこと…」
「うん、ない。君と話して、はっきりわかった。覚えていてくれる人がいるだけで、こんなにも自信になる、力になる。私の想いはちゃんと自分自身に宿るんだ。それに初対面の私にも優しくしてくれて、私の話を真剣に聴いてくれて、私のことを想ってくれる。そんな人がこの世界にいる。いつか出会うことができる。それだけで、私の未来が変わる可能性なんていくらでもあるもの」
彼女の手が俺の手を握っていることがわかった。
「それを知れただけでも、価値があることなんだ」
不思議な気分だった。俺の何気ない言葉で、彼女がこんな笑顔を見るなんて思わなかった。どうして彼女がここまで俺の言葉を受け止めてくれるかわからない。
でも、うれしいのは俺も同じだった。なんでこうなったかはわからないけど、彼女の心に触れられたことが、彼女の助けになれたことが無性にうれしかったんだ。
少女は俺から手を放して、懐に手を入れた。震える携帯電話を取り出す。
「…時間切れ」
「え?」
「呼び出しかかっちゃった。移動しないと」
「そう、なんだ…」
唐突な幕切れだった。さっきまで温かくなった胸の内が急にさびしくなった。
少女も寂しそうな笑顔を俺に向けた。