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「その言い草はやめろよ。俺は結構真面目にやっていたんだ」
「やったところで無意味じゃない。道理でなかなか記憶を思い出さないわけだ。だって記憶の中にない関係性を作っちゃったんだから」
「それはそうだけど、さ…」
思い当たることが沸いて、俺は言葉を止めた。ハーピアが首をかしげて続きをうながす。
「いや、さ。俺とイリスが恋人だってことは存在しない記憶だよ。それは確かだ。でも、あの時俺がハーピアに感じていた『好き』って気持ちは…どうなのかなって」
「え…?」
「俺はてっきり、記憶喪失の前に感じていた記憶だと想っていたんだけど、その記憶がないのなら…その気持ちは…」
俺が言い切るより早く、ハーピアが顔を真っ赤にして目をむいていた。
「ば、バカ!そんなの、初恋の相手だから当然じゃない!イリスへの想いが蘇っただけでしょ!」
ハーピアは布団を被って顔を隠してしまった。俺はその反応を見て、同じように顔を真っ赤にする。俺が言おうとしていたことをどんなことか、時間差で理解した。つくづく自分は朴念仁だと思い知る。
「私、一度寝るから!さっさと出て行って!」
布団を被ったハーピアがまくしたてる。俺は慌てて立ち上がる。
「待って、和嵩」
布団から頭だけ出したハーピアが俺を呼び止める。ハーピアは切なげな眼で俺を見ていた。
「いつまでアメリカにいるの?」
「1週間の予定だから…後3,4日くらいかな」
「私はFBIの色んな聴取とか捜査に協力しないといけない。多分…しばらく会えない」
俺は手を握られていることに気づいた。ハーピアの手が俺の手を優しく、強く握りしめていた。
「何度もあなたを傷つけてごめんなさい。でも…本当にありがとう。君に会えてよかった」
「最後の別れみたいにいうなよ」
俺も急に切なくなってきた。ハーピアはしばらくFBIの保護下に入る。ナイトクラウド家の主な面々は捕まったが、まだ全ての疑惑が解消されたわけではない。それが終わるまで、もう一般人になった俺はおいそれと関わることはできないだろう。
だけど、これを最後にするつもりなんて、俺にはない。




