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そんな人と出会えた。何も知らない外の世界で、妬みの対象でしかない人達の中で、は出会えた。
関わっただけで、話しただけで、触れ合っただけで、ワクワクさせてくれる、私にはまだできることがあるって感じさせてくれるような人。
「ただの子供じゃない」って、あなたは思うでしょう。
でも、そんな人がいるっていうだけでもうれしいことだと思わない?
私達が夢見ていた外の世界にこんなにもステキな人がいる。それと出会うことができる。
あなたは大したことじゃないと思っているでしょう。
でも、私にとってはすごいことだった。ナイトクラウド家で生きることしかない、”彼女”になるしかない私達にとって、初めて新しい道筋の未来が見えた瞬間だった。
(3枚目)
だから、私はここにいる。ここから新しく始めることにしました。
もちろん、私だけが幸せになるためじゃない。あなたや、他の姉妹達を助け出すための第一歩です。
今は監視の目があるからうかつに動けないし、まだ時間がかかるだろうけど、必ずあなた達を助け出して見せます。
でも、その時までにあなたには考えていてほしいことがあります。
今とは違う自分。ナイトクラウド家以外の場所で生きている自分とは違う自分を考えてください。
あなたはくだらないって、意味がないって思うだろうけど。
あきらめないでほしい。自分を生きることを捨てないで欲しい。
私はあなたのことが大好きだから。ずっと、ずっと愛しているから。
私は必ずあなたの元に行きます。絶対に会いにいきます。
だから自分を捨てないで。
ハーピアは手を震わせながら、何度も何度も手紙を読み返していた。彼女の目が潤み、やがて雫が落ちていく。
「イリスは、ずっと君のことを想っていた。誰よりも、ずっと君を想っていた。絶対に生きて帰って、君を助け出すって心に決めていた。確かにイリスは俺を憧れてくれていたかもしれない。だけど、何よりも誰よりも、まずは君だったんだ」
ハーピアが手紙を抱きしめた。涙の雫をいくつも零し、静かに泣いていた。
「だからさ…もうイリスを許してやってほしい。君の痛みはずっと大きいだろうけど…イリスは初恋の人相手に現を抜かしていたわけじゃない。君を想って、君を助けるために…頑張っていたんだ」
「…だから、なに」
ハーピアが涙をぬぐいながら言った。何度も言葉が詰まりそうになるのを一生懸命堪えながら、ハーピアは言葉を紡ぐ。
「急にいなくなっておいて、実はずっと私を想っていたなんて、ズルいよ…。だったら君と駆け落ちしていましたーってオチの方がずっとよかった。だってこんなの見せられたら、想っているって言われたら…憎めないじゃない…」
口ではそう言っているが、きっとハーピアはうれしかったのだろう。泣きながらも微笑んでいた。イリスが消えたことによるハーピアの痛みや悲しみはすぐには癒せないだろう。でもイリスが想っていたという事実は、少しでもハーピアが抱いていたわだかまりを解してくれるだろう。
「やっぱり、傍にいてほしかった…」
溢れ出す涙を抑えようとしながら、ハーピアは言った。
「こんなに想ってくれているなら、直接言ってくれないとさ…わかんないよ…」
「…俺もそう思うよ」
大切な人が死ぬのはいつだって唐突だ。伝えられなかったこと。言ってほしかったこと。大切な人の死はそれらも見えなくてしてしまう。結局、残された人は考えて、探して、やっと見つけていくしかないのだ。いつだって、そうするしかないのだ。
「なんか、拍子抜けしちゃった」
やっと涙が落ち着いたハーピアはベッドにもたれた。心なしか、さっきより前向きな面持ちになっている。
「拍子抜けって?」
「私の演技は思いっきり滑っていたってことじゃない。付き合ってもいない人を演じてあなたもそれにまんまと乗せられた。間抜けにもほどがあるよ」
「まぁ、確かにな…」
俺も記憶喪失とはいえ、ありもしない恋愛関係を再現しようとしていた。よくよく考えるとおかしな話だ。再現すべきシチュエーションも、関係性も、初めから架空の産物だ。 俺達が演じていたのは、実態のない、空白の恋人だったのだ。
「そのわりには和嵩は本気だったよね」
意地悪く笑ってくるハーピアに俺は顔を赤らめる。
「仕方ないだろ。記憶喪失だったんだから」
「でもうれしかったんじゃない?仮初とはいえ初恋の人と付き合えたんだから。役得だよね」




