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フェリシティとの話もあって、つい俺はストレートに訊いてしまった。
「私なんてどこにいようが楽しく生きられないよ」
ハーピアは自嘲気味に言った。
「生まれた段階で私は普通と違うんだし、ロクでもない環境で育ってしまった。こればっかりはどうしようもない。どこにいても、その過去は付きまとってくる。今更解放された所で、どうなるかなんてわかったものじゃないよ。でも、これはこれでいいかなって思うの」
ハーピアが伸びをした。その表情は明るい。
「私はレールから降りた。当てもないし、どうなるかわからない、そんなだだっ広い荒野に放り出された気分だよ。それはもしかしたら不幸なことかもしれない。だけど、私はハーピアとして生きることができる。エレクトラになる必要はなくなった。自分で自分を選ぶ…。それが本当の自由だと思うから」
俺の心配は余計だった。彼女は彼女なりに吹っ切れている。多少の困難は難なく乗り越えるだろう。思えばあの異常な家庭環境でも生き抜いてきたんだ。ハーピアは俺なんかよりずっと強い。きっとどうにかなる。
「だけど妹達の面倒がしんどいかなー。まだ5歳の子とかいるから。一緒に生活できるようにするって言われたけど、色々世話しないとダメだし…。なんだか母親になった気分」
「ハーピアならできるさ」
「みんな同じ顔しているから正直区別つかないんだけど」
「なんだよそれ」
俺とハーピアは笑った。こんな風に軽口で笑い合えるなんて思ってもみなかった。ハーピアと出会って、初めて心から向き合っているような気がする。
「元気そうでよかったよ。あの時、ハーピアぐったりしていたからさ」
「君を庇ったせいだってこと、忘れていない?」
痛い所を突かれて俺はうなだれた。あの時ハーピアが庇ってくれなかったら、俺もスタングレネードの直撃を受けただろう。
「面目ない…」
「無茶しすぎだよ。いきなり自分を殺せって言ったり、私の盾になったり…。自分が素人だって忘れるよね」
ハーピアが責めるように俺を見る。ちょっと怒っているようだ。
「そういう所がいいのかもしれないんだけどさ…。自分が生き残るってことおざなりにしちゃだめだよ」
返す言葉もない。生きて帰るって決めていたのに、2回も自分から死のうとした。とんだ自己矛盾だ。




