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ヘブンズゲート・クライシス  作者: 遠藤 薔薇
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「あなたのパーソナリティを知っていたら想定できたことだわ。私の責任よ」

フェイシティは悔しそうな目をしていた。彼女はビジネスと口にするが、FBI捜査官という自分の職務にプライドを持っている。きっと猛省したのだろう。

だけどナイトクラウド家に拉致された原因は俺の不始末だ。そのために迷惑をかけたことに、俺は一気に申し訳なくなる。

「あなたは気にしなくていいわ。これは私のプライドの問題だから」

そんな俺の心中を読んだのか、フェリシティは先手を打ってきた。本当にこの人には敵わない。俺はただ頭を下げて「すいません」としか言えなかった。

そこで、俺はある疑問を覚える。

「でも、フェリシティさん、どうやってあの場所がわかったんですか?そりゃFBIってすごい組織なんでしょうけど…」

いくら何でも早すぎる。半日も経たないうちにナイトクラウド家のアジトを特定して突入するなんて並大抵のことじゃない。

「あぁ、それわね。あなたの胃袋がメッセージを送ってくれたのよ」

奇妙な表現に俺は首をかしげる。フェリシティは懐からサプリケースを出した。

「この中に入っているの、実は薬じゃないの」

「えっ?!」

「最新式の発信機。カプセルの中に5㎜くらいの発信機が吸着ゲルと一緒に入っている。もちろん無害よ。一度飲んだら胃の中に貼りついて、私達が拾える電波を発信してくれるって訳。最終的には排出されるから、24時間くらいしかもたないけど」

「じゃあ何かとフェリシティさんが薬を飲ませてきたのって…」

「あなたが万が一連れ去られた際に居場所を見つけやすくするためよ。まぁカモフラージュのために本物の薬もカプセルの中には入っているんだけど」

そんなSFみたいなものを俺は飲まされていたのか。唐突な非日常の再来に、俺は呆気にとられるしかなかった。

「こんなにも自分のことを想ってくれたんだ…って考えたらだめよ?正直、あなたを生餌にするためでもあるんだから」

「生餌って…」

「デコイよ。あなたってむざむざ捕まりにきたようなものじゃない?遅かれ早かれローレンスが捕まえに来る可能性は高かった。だからいつ捕まえに来てもいいように準備していたってわけ。大抵はスマホを潰してGPSを無力化すればどうにかなるって考えるから、確実に相手を出し抜けるわ」

フェリシティが俺の目を見て言った。

「非難してもいいわよ。最悪私達はあなたを1人にしてナイトクラウド家を差し出すことも考えていた。思ったよりあなたの記憶の回復が早かったのと、想像以上に連中が早く手を出してきたからやらなくてすんだけどね」

そこまでやるか。

そう口にしそうになったが、堪えた。フェリシティが俺を徹底的に利用するとは前もって聴いていたし、結局フェリシティ達が助けてくれたから俺は生きながらえている。文句を言える立場じゃない。

「…別に責める気にはなりません。フェリシティさんがいなければ…死んでいただろうし。ただ、こんなことは…もうこりごりです」

本心からの言葉だった。こんな非日常的な出来事はやっぱり俺には向かない。今回は幸運が重なっただけだ。

「そうね。あなたは日本の片隅で平凡な人生を送っている方が好みでしょう。でも、もう厳しいかもね」

「どうして?」

「片足でも裏の世界に突っ込んでしまったら者にありがちな奴よ。つまり、『二度あることは三度ある』。あなたが望まなくても…同じ事態が起こるかもしれない。或いはあなたが自ら首を突っ込むこともあるかもしれない」

「それは…」

否定できなかった。今回の件でわかったが、俺は思ったより向こう見ずな人間だ。もし自分の友人とか、恋人とか、家族がとんでもない事件に巻き込まれたりしたら、また同じことをしてしまうかもしれない。いや、してしまうだろう。

「…確かに、フェリシティさんの言う通りかもしれない」

「嫌だったら、せいぜい自制を欠かさないことね」

「肝に銘じておきます」

無謀は身を亡ぼす。それはよく理解しておこう。

だけど―――

「今回は…後悔していません。何もかも…俺は悔いていない」

これも本心からそう思っている。大変あったし、ロクでもなかったけど、それでもやり遂げた。やり遂げられたんだ。

「それならよかった」

フェリシティは俺の肩を優しく叩いた。

「ローレンス達はどうなるんです?」

カフェラテを半分ほど飲んだ辺りで、俺は尋ねた。

「もちろん拉致監禁の現行犯で逮捕よ。ウォルター・ゼメキスを含めた12名の下っ端もね。ジョージア州の本家も抑えたわ。元々マークしていたから確保は楽だった。後はじっくり連中から話を聞きだして、徹底的に家探しして、ありったけの余罪を吐き出させる。とりあえずトムソン夫妻のアパート爆破は絶対に立証するわ。エレクトラを実現するために大勢の人間を処分したこともね。ローレンスは黙秘を貫いて多額の保釈金を積むでしょうけど、そう簡単にはやらせない。二度とシャバを拝めないようにしてやるわ」

フェリシティの目は闘志に燃えていた。元々ナイトクラウド家の悪事を暴くために励んでいた人だ。徹底的にやってくれるだろう。

「あぁ、後本家にいた4人の少女…便宜上ハーピアの妹というべきかしら。彼女達も保護したわ」

「よかった…」

イリスが気にかけていた妹達だ。無事でよかった。

そして―――

「ハーピアは…?」

「この病院にいるわよ。もっとも、今は事情聴取中だけど」

「彼女はどうなるんですか?」

「本人の意志では無いにせよ、ローレンスに色々やらされていたんだから、おとがめなしはないわ。本人もそれを素直に認めてしまうでしょうしね。まぁ出自があまりに特殊だし、色々な機密を知っているからこちらで保護されるでしょうね。自由は制限されてしまうわ」

「そんな…」

「異常な家庭環境だからもちろん情状酌量の余地はある。逮捕して刑務所行き…にはさせたくないけど、それから先は司法の仕事よ。こちらも努力するけどね」

ナイトクラウド家に苦しめられたとはいえ、ハーピアがその家の一員であることも事実だ。望んでいないにせよ、ローレンスに加担していたのなら司法の手は入ってしまう。

考えが至っていなかった。FBIと結託するということはそういうことなのに。彼女を解き放てばこうなることなのに。

「あぁ、そうそう」

考え込んでしまった俺にハーピアは折りたたんだ紙を渡してきた。便箋のような、3枚の紙だ。それを開いて俺は目を見開いた。

「ハーピアの私物から押収したものとあなたが見つけたものを照合して復元したの。早い仕事でしょ?うちの化学班は優秀なのよ」

カフェラテを飲み干したフェリシティは空いた紙コップを紙袋に入れてクシャクシャと丸めた。もう俺の記憶や手紙について深く追求してこない。もう彼女は全てを悟っているのだろう。

「事実は小説より奇なり…とはよく言ったものね。誰かが描いた予想図なんてものを蹴っ飛ばして、現実は思いがけない姿を見せる。人間なんてそれに翻弄されるばかりだわ。だからこそ、人生は楽しめるのかもしれないけど」

「フェリシティさん…」

3枚の紙を見た俺が顔を上げると、フェリシティはもう立ち上がって、背中を向けていた。

「一度捜査官に朝食を取らせなきゃ。第二病棟の607にいる奴とかね。夜通し働いてコーヒーも出ないなんてストライキものだもの」

手を振りながら去っていくフェリシティに、俺は微笑んで頭を下げた。

そうだ。まだやることはある。できることをするんだ。


第二病棟の最上階の最奥に位置する607号室の前には黒人の男の捜査官が立っていた。男は俺を見て肩を竦めた。フェリシティが言い含めてくれたようだ。男は俺の肩を叩いて病室へ通してくれた。

「ハリウッドじゃ定番の展開だが…避妊だけはしておいた方がいいぜ」

何か重大な勘違いをされている気がするが、それは後にしておこう。俺は病室の扉を開き、中に入った。

607号室は個室だった。セレブが使うような場所だ。機密性を保持するなら当然の選択だろう。15畳はある広い病室にはキングサイズと思われるベッド(もちろん病院仕様だが)があった。そしてベッドのちょうど真ん中でハーピアは布団を被っていた。俺の気配を察して、彼女が上半身を出してくる。

「しばらくぶり…かな?」

「5時間も経っていないよ」

ハーピアが口元を綻ばせる。大きくてごついベッドと対照的にハーピアはか細く、もろく見えた。入院着に着替えていたのもあって、その儚げな印象はより顕著だった。

「ごめん、もしかして寝ていた?」

「休んでいただけ。あれだけのことがあって安眠なんて無理。…安眠なんて生まれてこの方やった記憶ないけど」

俺はハーピアのベッドの傍らある椅子に座った。

「聴取は終わった?」

「仮眠取ってからまたするんじゃない?しばらくはインタビュー攻め。連中も血眼だからさ。これを機にナイトクラウド家を潰して、色んなスキャンダルを握りたいんでしょ。クライアントには御大層な面々もいたしね」

あっけらかんと言い放つハーピア。もうナイトクラウド家は無関係と言わんばかりだ。

「…これでよかったのか?」


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