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「じゃ、切り替えて」
ハーピアが再び真剣な面持ちになる。
「もう来たのか?」
俺はハーピアの傍に移動した。ハーピアは注意深くドアの向こう側を窺っている。
「まだ来ていない…?」
「立て込んでいる、とか…?」
「オフィスじゃないんだから」
ハ ーピアが俺にナイフを手渡してきた。
「持っておいて。何もないよりはマシでしょ」
「ナイフか…」
「素人が扱う銃よりかは信頼できる」
そう言って、ハーピアは銃の台尻で思いっきりドアノブを叩き折った。すごい音がしたが、誰かが駆け寄ってくる気配はない。
ドアが開き、ハーピアが銃を構えて飛び出る。何の反応もない。ハーピアが俺に指図する。俺はナイフを握って廊下に出た。右手では握れないので左手で持っている。利き手じゃない手でどれだけ使えるかわからないけど、今はしかたない。
廊下は薄暗かった。洋風の装飾を施された廊下は暗闇のせいで実際より広く見えた。バイオハザードみたいな雰囲気だ。緊張が高まるのを覚えたが、平常心を維持するように努めた。今の俺はハーピアからしたら足手まといだ。本当に足を引っ張るわけにはいかない。
ハーピアは注意深く進む。誰かが出てくる気配はない。本当に誰かいるのか疑わしくなってきた。だが所々に置かれている監視カメラを見つける度に誰かが覗いているのだけはわかった。気配ではなく視線だけがある状況。陰湿で、陰険な空間。漂う不気味さが俺の肌にまとわりつく。この状況は異常だ。相手は意図的にこの状況を作っている。こんな場面に慣れていない俺でも、それはわかった。
「…ごめん、和嵩」
先導するハーピアが突然足を止めた。
「私達、乗せられている」
ハーピアがナイフを持つ俺の手を握った。庇うように、支えるように、強く握ってくる。それだけで彼女の気持ちはわかった。
「大丈夫。やり抜こう」
「…本当に、ごめん」
「いいんだ」
俺達は後手だった。冷静に考えて監視カメラで覗かれている以上、こっちが何をしようとしているかは知られているのはわかっている。
ただ、相手の意図が読めなかった。普通ならハーピアが行動を起こす前に手を打ってくるはずだ。だけど相手は全く手を出さずに俺達を放置している。
俺とハーピアは一つの扉の前に立った。俺が閉じ込められていた部屋がある区画と向こう側を隔てる扉だ。木製で重そうな外観の扉だった。
「この向こうが大広間。エレベーターがあるエントランスとは目と鼻の先になっている」
ハーピアが目で俺に問う。「覚悟は出来ているか?」、と。
俺は静かに頷いた。
ハーピアが扉のドアノブに手をかけ、ゆっくりと開く。
11.夜明けは君のために
扉を開けた向こうに立っていたのはゼメキスだった。右手にリボルバーの銃を持って仁王立ちしている。ゼメキスは俺とハーピアが入ってきたのを見るなり、リボルバーの撃鉄を上げた。
「お待ちかねだ」
「…悪趣味ね」
「気まぐれよりはマシだ、ツヴェルフ」
ゼメキスは俺とハーピアに大広間の中央まで来るように促した。俺とハーピアは並んで大広間の中央に立つ。
ハーピアの言う通り12人の私兵がいた。それも全員大広間に控えている。それぞれゼメキスと似たようなデザインのスーツを着ていた。もちろんその下には屈強な体格が隠れている。ゼメキス同様、その筋の人らしい。中にはショットガンやサブマシンガンを構えている者もいる。完全武装している。
そして正面の、応接用と思われる高級な大型のソファとガラステーブル。そして正面のソファにローレンスは腰掛けていた。両手で握った杖で規則正しく床を叩いている。
「残念だよ、ハーピア。本当に残念だ」
もったいぶったような口調でローレンスは言った。
「イリスに続いて君までもか。外見も才能もエレクトラに近いというのに、どうしてこうも跳ねっかえりになってしまうのやら…。プランを練り直さねばならんな。本家にいる4人の人形もしつけ直す必要がある」
ローレンスを前にしてハーピアは顔を青ざめた。嫌悪感と恐れが入り混じっている。ハーピアがあれだけ恐れていたのがわかる。
「ハーピア、一応確認をしておこう。君は彼をどうしたいんだね?」
「彼を解放します。私達の秘密を漏洩させるようなことはないと判断しました」




