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冒険者と奴隷少女の日常  作者: 超青鳥
日常パート3
193/262

02

帰るべき住処。そこへ向かう足を少し早めた。


久々に感じる家の門をくぐり、見慣れた玄関の扉を開いた。

いつもと変わらない扉の先の風景。そこで一度足を止めた所に、音もなく現れた赤髪の声が響く。


「あー。やっと帰ってきたっすねー」

「なんだそれ。アンナ、ミリアはどこに――」

「ミリアさーん!ご主人、戻ってきましたよ!」

振り向き、突然大声を出す赤髪。


「一体なんだ?」

「用があるっぽいっすよ。早く行って下さい。……おっ遅いんすよご主人」

「え、なんだって?」

「なんでもないっす」

赤髪は不満そうな顔で振り返ると、厨房の方へ戻って行った。


「なんだよあいつ」

「リューン様。アンナさんに何かしたんですか?」

「お前までそんなこと言うのか……」

「違いますよ。もう。」


「取り敢えず、ミリアの所に行って来る」

「あ、私も」

「あー、ちょっとレイスさーん」

「え?」

再び音も無くアンナが扉から顔を覗かせている。


「レイスさん、ちょっといいっすか? ベルタさんが聞きたい事があるとかで」

「……先に行っててください。すぐに。」

「わかった。ヴォルフ達もちょっと休んでてくれ。アンナ、何か飲み物でも出して貰っていいか?」

「あーい。エステラ―!」

「お前がやるんじゃないのかよ……」




背負っていた背嚢を玄関の隅に転がし、久々の階段を早足で登る。

階段を登り切り廊下右手の部屋。可愛らしい装飾品が張り付けられたその扉を軽く叩いた。


「ミリア。遅くなって悪かった」

「……。」

「ミリア?」

「ちょっと待ってね」

二度目の呼びかけに返る、いつもと変わらないような返事。

逆にそれが恐ろしい気もするが。……本当に俺は、何か仕出かしていないだろうか。


「お待たせ。もういいよ」

懸命な思考にも何も答えは出ず、一度大きく息を吸い込んだ所で部屋の中から再び声がかかる。

右手がノブを捻り、ゆっくりと扉を開いた。


出掛けた折と変わらない部屋の中。

ベッドに座り、いつも通り小奇麗なブラウスと長めのスカート。その上にある笑顔へ歩み寄り、伸ばす右腕にミリアが軽く俯く。素直にそうされる頭をそっと撫でた。


「何だか色々大変な事になりそうだ」

「……うん。どうなるの?」

「わからん。やり合う話になるんだろうな」

「そっか」

「正規軍は当然として、傭兵を出すと言っていた。あいつら魔物を――」

少し暗くなった顔が俯いている。

思わず言葉を止めた。そんな話を聞きたいのではないだろうし、俺もそういう気分だった。


彼女の隣へと座り込み、その右手に左手を被せる。


「済まない、こんな話はどうでもいい。無事に戻ってこられてよかった」

「……うん」

ミリアが再びこちらへ顔を向けようとした、その時だった。


「ごしゅじーん! お客さんっすよー!」

そこに響く、捨て鉢のような赤髪の声。


「一体なんだよ。ちょっと待ってろ」

「あ……」

言いながら立ち上がった俺の左手を、下唇を軽く噛んだミリアの右手が掴んだ。

振り向く俺の顔を見ず、俯くそれに声を掛ける。


「大丈夫だ。話を聞く」

少し安心したような表情を見せた彼女の手をそっと振りほどき、階段の下に向かって叫ぶ。


「後でこっちから行くから名前を聞いておいてくれ!」

「あーい、わっかりましたー!」

ますますいい加減になったやり取りを終え振り返ると、視線の先のミリアが吹き出していた。


「ねぇ。先生?」

「なんだ?」

「アンナさ、ちょっと前から生き生きとしてるんだよ。何か言った?」

「前に護衛なんかをやっていたらしい。それなりに汚い事もしたとかで気にしていたから、そんな事で追い出したりしないから気にするな、という話をした」

「そっか。先生はそういうの優しいからねぇ。それにしたって――」

「ミリア?」


「……やっぱ今回も大変だった? また予定通りじゃなかったのかな、なんて」

「残念ながらいつも通りだな。危ない橋も渡った」

「また? レイス怒ったでしょ? いっつも――」

「なぁ。ミリア」

「……。」

明らかに話をはぐらかそうとしている話題を切り捨てる。

それに少し焦ったような顔が再び口を開いた。


「やっぱり今度でいい。なんだかすごく忙しそうだし。先生の方こそ……」

「……。」

再び俯く彼女の両肩に手を置き、その顔を上げるのを待つ。


「……えぇと。」

「ああ。」

「うん。あのね。」

「……。」


少し不安そうな表情を浮かべた彼女が俺を見上げる。

沈黙と俺の表情を伺うような視線。

それに軽く笑って見せる。つられて薄く微笑む彼女が、意を決したように口を開いた。


「できたかも」

「……何が?」

「……。」

「えぇと。」

視線を彼女の顔からゆっくりと下げて行き、それは白くしなやかな掌が当てられた下腹のあたりで止まる。

視界の端で彼女の顔がゆっくりと縦に動くのが見えた。


……それは、言わずもがなといった所だろうか。

ベッドに座ったままの彼女を、胸に抱きしめていた。

鳩尾のあたりに抱きしめられた彼女が、震えた声で何度も俺を呼ぶ。


「困った顔されたらどうしようかと思ったよぉ……」

「するかそんなの。近くにいなくてごめんな、不安だったろ」

よりきつく抱き締める彼女の両腕は、問いへの肯定だろう。




胸に顔をこすりつける彼女が落ち着くのを待ち、再び隣に座り込んだ。

「いつわかった?」

「先生たち出発してからすぐかな。やたら眠くておかしいなって思ってたんだけどさ」

「……そういう物か」

「人によるみたいだけどね。友達に聞きに行ったりとかして、確信したのは昨日か一昨日」

「ベルタさんあたりは?」

「恥ずかしいから聞いてない。先生が戻ってきて相談して、それからにしようと思って」

何となく、アンナは気付いているようだった。そうすると残りの2人も口にしていないだけのような気もするが。


「話はしておくべきだろうな。彼らにも色々と気遣って貰う必要もあるかもしれない」

「だよねぇ。……後さ」

「ああ。」

「レイスには、どうしたらいい?」

「一緒に居る時に話す」

「いやでもさ。何て言うか……」

考え込むような顔のミリア。それ自体への不安は勿論、その辺りも悩んでいたのだろう。


あの時の彼女の言葉は、嘘ではないと思う。

かつて彼女がどうしても見たいと繰り返した新しい命と生きる果ての事。それは現実になりつつあった。

色々な事があるとは言え以前と比べれば比べ物にならない程安定しつつある生活。彼女の事で考え込んでいるミリア。

そして。差し迫った看過できない危機。


「話す。今日。」

「今日? うーん。……任せるよ」

そこへ丁度階段を登る足音が響く。

ミリアが一度俺の腕を強く抱きしめ、それは扉を控えめに叩く音で再び離された。


「ミリア? リューン様? 入ってもいいですか?」

立ち上がり内側からその扉を開いた所で、もう一度ノックしようとするレイスと顔を合わせた。


「あ。」

「レイス。なんだった?」

「なんだかよくわからなかったです。アンナさんも戻ってきて、薪の位置がどうとかって……」

まぁ、間違いなく只の時間稼ぎだろう。


「……そうか」

「ミリアぁ。会いたかったよ」

「レイスも無事でよかった。色々な話を聞いてたからさ」

「聞いて? またリューン様がね――」

言いながらミリアの隣に座り込むレイス。


「レイス、ちょっと待て」

「だめです。言いつけます。」

「違うって。大事な話がある」

「……じゃあその後でいいですけど」

わざとらしく拗ねたような顔をミリアの方へ向けるレイスは、しかし少し神妙な顔のミリアに再びこちらへ向き直る。


「えぇとだな」

「はい。」

「子供が出来た。」

「こ……は?」

言葉になっていないそれに、慌ててミリアが隣に顔を向ける。

が、そこにあったのは。理解が一瞬遅れ、しかしくしゃくしゃになったレイスの顔だった。


「ミ”リ”ア”あ”ぁ……」

「わわわ……」

もはや名前であるかも定かではない言葉を吐きながら、ミリアに抱きつくレイス。

それを抱くような姿勢のミリアが、予想外だったらしい反応に慌ててこちらを見る。しかし軽い笑みを浮かべ首を振って見せると、安心したようにその細い肩に両腕を回した。


「fsfjz……」

意味不明な言葉を時折吐きながらミリアに抱きついたままのレイスと、その肩を抱きながらこちらも泣き出すミリア。




俺達を取り巻く環境。

少ない仲間と呼べる者達の事も含め、決して手放しで喜んでいられる状況でないのは分かっている。

しかし少なくとも。

今この瞬間は、ただひたすらに柔らかいこの部屋の空気の中で、微笑んでいても許される筈だ。


抱き合い涙をぼろぼろと落とす二人の肩に包むように腕を回す。

少し窮屈そうな腕の中。二人が見上げるひどい顔を見ながら、そんな事を考えていた。


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