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冒険者と奴隷少女の日常  作者: 超青鳥
日常パート2
181/262

09 使用人B(アンナ)が一方的に喋る話(前半)

朝から続くばたばたとした出来事を塗りつぶすよう気だるい午後を過ごし、やがて日が暮れる前にクレイルは帰って行った。

一応の見送りに振り返る顔。薄い微笑みを浮かべるティアに懸命に何か話しかけている彼の姿を思い出し、思わず軽く吹き出す。


「リューンさんはもう十分でしょうからいいじゃないですか。俺はこれからなんです」

「わかったわかった。また呼ぶから」

「お願いします。あの。もし聞けたらでいいのでどう思われているか聞いて貰えませんか?」

「そんな話になったらな。……所で、年上好きか?」

「どっちかって言うと、ティアさんみたいに細くて守ってあげたくなるような人がいいですかねぇ。急になんですか?」

「……いや。まぁ、またな」

訝しげな表情の若い剣士を送り出し、結局何をするでもなく夕食も済ませた頃。


食事を終えた皿を、テーブルの端に寄せる。

それを取りに来た赤髪が、そういえば、とでも言うように口を開く。


「そういえばご主人。風呂、水張ったんすけど」

「じゃあ沸かして貰っていいか?」

振り向きながら、へーい、などという気の抜けた返事を残して去っていく赤髪。

後で話すなどと言っていたが、薪でも焚べながら話すのだろうか。確かにあまり聞かれずに話し込める時間はそれが適当かもしれないが。





少しぬるい湯に浸かっていた。

提案に素直に乗り、窓の外からの声を待つ。

がらん、という薪を放り込む音に続き、少し音を殺すような声が響いた。


「で、ご主人。何か言ったんすか?」

「……そっちの話かよ。さっきも言ったが、荷物を持つかと聞いただけだ。逆に、何で嫌われてるんだか」


薪を放り込む音が響く。


「普通嫌がると思うんすけど。おかしいっすか?」

「ひどいな。荷物持つぞって言うだけで嫌われるのか? それ以外、何かした覚えなんてない」

「これからするんすよね?出来ればやめてやって貰えないっすか。ミリアさんもレイスさんもあまりいい顔しないと思うんすよ」

「だから何をだよ。薪、もういいぞ」


再び薪を放り込む音。


「何って。手篭めにっすよ。どんだけ女好きなんすか」

「て、てごめ?何言ってんだ。誰を?」

「エステラっす。あぁ私はやめたほうがいいっすよ」

「お前ら、俺を何だと思ってたんだよ。そんな事してたまるか。あと薪、もういい」


がらん。更に薪を放り込む音に、流石に立ち上がる。

というか。熱い。


「おい。もういいって」

「手、出さないんすか?」

「逆になんでそう思われてるのか……ちょっと待て。ここ来る前に何か言われたか?」

「何かって……」


赤髪が語る、ここへ連れられてくる折の説明。

「人の良さそうな顔して妾囲ってるような奴だが必要な人間だ。機嫌を損ねないように」

顔合わせの折、無表情な教育係に指示されたという。

ひどい言われようで流石にうな垂れた。ついでに言うと、機嫌を損ねるなという指示は完全に無視されているような気もするが。


「冗談じゃないぞ……」

薪を引き抜く音に、再び熱い湯に浸かる。


否定した筈なのだが。

ミネルヴの悪戯が訂正されていないせいだったという仕様もない事実に、次の指示は間違いなく断ってやろうと決心しつつ。

とはいえ、改めて否定するような話でもないような気もするが。あれは間違いだった、彼はそんな事はしない、などと追加で言ったとして。それはひたすらに胡散臭いだけだろう。




「いずれにせよ誤解だ。残念ながらそういうのじゃない」

「まぁ私もベルタさんも何となくわかってましたけど、あの子は素直なんで」

「わかってんなら何か言ってやれよ……」

「いやー。人は見かけによりませんし。ついでに言うと面白かったんでー」

……もう怒る気にもならなかった。


「じゃ、そういう事で。もう大丈夫っすよね」

「ちょっと待てお前」

「まだ何かあるんすか?あぁ私は年下好きなんで」

「ふざけるなよ……」

再び若干の沈黙を挟み、赤髪のやる気のない声が響く。




「まぁ。ご主人ならなんとなくわかったと思いますけど」

「短剣使いだろ。殺しか?」

「さすがっすね。男も女も分け隔てなく沢山殺したんすけど。もう嫌になったんで」

「……そうか」

あの動きは相手と正面から対峙して戦う者のそれではない。そんな事より、こんな所で一体何をしている。

しかし昼間も思ったが、誰かを暗殺したいなどという事物騒な話であればそんな機会は既に幾らでもあり、それを為していないという事は、今危険な相手ではないという事なのだろう。


「何も言わないんすね」

「俺も人の事は言えないしな。そんな事より、なんでこんな所で風呂に薪突っ込んでるんだよ」

「……守る方やってみろって言われて来たんすよ」

「嫌になったら今度はここに行けと言われたって事か? 随分と良心的な扱いだな」

自分でもわかる程、感情の籠らない声を出していた。

理由が分かっていれば暗殺者出身だろうが別に構わない。しかし、気が乗らなくなった程度で職替えできる程、それは簡単な世界ではない。


いまいち噛み合わないそのやり取り。小窓の外から聞こえる深いため息と、流れる沈黙。

若干の間の後、再び小窓の外から声が響く。




「ご主人。私は沢山殺した中でも極めつけに、親、殺したんすよ。殺すまで気付かなかったんすよね。あっちは死んでも気付かなかったと思うんすけど。ひっくり返ってるおっさんの手みたら気付いちゃって。流石に焦るじゃないすか。動揺してるうちに警護兵も沢山来るし」

「……。」


「小さいうちに売られたんすよ。まぁ何かお金に困ってたんでしょ。良くある話っす。で、教育されてまぁ、色々あったんすけど。指示された相手に、たまたま親が入ってただけで」

その内容とかけ離れた、軽い言葉が続く。

いつにも増して感情の伺い知れない、もはや他人事のような軽妙な言葉たち。


「ちょっと待て。別に過去をほじくり返したい訳じゃあ――」

「まぁ、聞いて下さいよ。ご主人の希望に沿って身の上話してるんすから」

「身の上話ってお前。別にそんな事まで――」

止めようとする俺の言葉に被せるように、赤髪の言葉は続く。


「その時っすね。結局途中で切りつけられて川に落っこちて。死んだなーって思ってたら……生きてたんすよ」

「……。」

「切られた事あります? 痛いっすよねー。そうそう、痛いと言えば。最初に殺した相手が子供好きの変態で、跨ってやったら喜んで気持ち悪かったっす。惚けた顔にナイフ突き立てたら、痛い痛いとか叫びやがって。今でも夢に見るんすよ。ご主人、訳の分からない女は上に載せない方がいいっすよ」

「載せるかよ。お前どうした。そんな事まで――」

自分勝手で陰鬱な独白に浮かび上がる疑問。俺の相槌などお構いなしに彼女の言葉は更に響き続ける。


「助かったけどもうやる気なくなっちゃって。でっかい切り傷なんてあったら寝床に潜り込むとか楽なやり口も難しいし。ちょっとしたら呼び出されたんすよ。戦闘員に回るのか、それか下手すれば処分されるんだろうなって思って、どこか逃げようかとも思ったんすけど。よく考えたら別にしたい事もないし帰る所もないし。諦めて素直に行ってみたら、守る方やってみろって」

「……。」

「まぁ、大分端折ったけど今ので終わったんで。喋っていいっすよ?」


聞いてもいない過去を一方的に叩きつけられ、浴槽の上でゆっくりと天井を眺める。

とは言え。そんな事をする理由も、なんとなく理解しつつあった。

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