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冒険者と奴隷少女の日常  作者: 超青鳥
日常パート2
179/262

07

まだ朝の空気の残る通りを歩いている。

かつて数え切れないほどの回数を往復したギルドへの道。少し遠回りではあるが、以前の定宿近くを通ってそこへと向かっていた。

それ程の期間を開けたつもりもないが。なんというか、調子が狂うと言えば適切だろうか。

久々の階段を登ったところで、後ろを歩いていたレイスの小さく吹き出すような笑い声に振り向いた。


「いえ、すみません。何だかおかしくて」

「なんだよ、変な事したか?」

「ここに一緒に来られたらって何度も思っていたのに。いつの間にか来る事もなくなっていました」

「……確かに」

かつて彼女がそうしたいというのを強硬に拒否していた事を思い出し、そして今の状況を鑑みる。釣られて苦笑いを浮かべながら、改めてその大きな扉をくぐった。


既に俺はここでの仕事を受ける必要がない。しかし今改めてここへと足を運ぶ理由。

なんの事はない。昨日クレイルが伝えたミネルヴからの言伝は、いい加減に挨拶くらいは行け、という事だった。何も具体的な指示などなかっただろう、とも思ったが。





先日、街中でワイバーンを相手にした時ぶりにギルドの中を見渡す。その姿に少し驚いたような顔がカウンターにあった。以前ここでよく世話になっていたキマムだ。


「あら久しぶり。どうしたの騎士様がこんな所に」

「結局挨拶にも来ていなかったから。あぁ、今後とも宜しくお願いします」

「ちょっとちょっと。あなたに頭を下げられちゃ困るわよ……」

少し困ったような顔をしながら、しわが少し増えたような気がする顔を俺の隣へと移す。


「そんな事より。やっぱりおめでとうだったの?同居人とか言ってなかったっけ。そうじゃなくてもあなたの場合、改めておめでとうございますだけど」

確かに以前そんな説明をした。隣で口籠るレイスについて簡単な説明をしつつ、本来の目的について切り出した。


「ところで。ギルド長に挨拶を、と思っていたんだけど……」

「ああ、付き合わせちゃってごめんね。」

言いながら振り向くキマムと俺たちの視線の先。いつも通り一番奥に座っていた中年の男性がゆっくりと立ち上がる。冒険者ギルドの雰囲気にそぐわない柔らかな雰囲気へと軽く頭を下げた。

先日パドルアにワイバーンが降り立った折、彼が仲裁してくれなければスライは当然の事、俺もついでに警備兵達に連行されていた。よくよく考えれば、その礼も言っていない。


「先日は助かりました。すみません、挨拶にもお礼にも来ず」

「いえいえ。こちらこそ助かりました。改めまして宜しくお願いします。私がパドルアの冒険者ギルド長をさせて頂いているヴェツラです」

「こちらの面倒を……と言うか何かあれば協力するよう言われています。何かお手伝いする事はありますか?」

「ははは。パドルアの英雄様のお手を煩わせる事などありませんよ」

「……。」

大したことはしていない、などとは言わない。しかしそれで持ち上げられるのは、もううんざりだった。

心底嫌な顔をしていたのだろう俺に、人のよさそうなギルド長ヴェツラは一度顔を引き締めて言葉を続けた。


「フライベルグさん。本当に今のところは順調なんですよ」

「わかりました。……今の所?」

「まぁ、ここではなんですから奥へ行きましょう。」

小奇麗に保たれている一室に通され、まず説明されたのはこの所の仕事の傾向だった。

魔物に関わる依頼が非常に多く、場所はパドルア以北の件ばかりだという事。先日歩き回る死体を片付けたウルムに未だ駐留している正規軍からも同様の情報が入っている事。


「少なくとも俺が知る限り、以前から時折魔物が増える時期もあったような気もしますが。そういう話ではないんですか?」

「そうであればいいと思い、今のところは大丈夫、とお答えしました。傾向が変わるようであればまたご相談させて下さい」

それは相談と言うよりは、仕事を手伝えという話だろう。


以前、恐らくは自分と同じ立場であった騎士と同行した事を思い出す。彼は立場上やむなく同行したのだろうか。

恐怖で立ちすくむ後ろ姿と、無残な死体を思い出す。

しかし、自分を過大評価しないようにしている事を考慮に入れても。自分は彼とは違う。


「そうですね。何かあれば言って下さい。お手伝いくらいはできると思います」

「ありがとうございます。何れにせよ、その折に改めて。あとは――」






再び石畳の上を歩いていた。

来た折との違いは、両手で書類の束が入った木箱を抱えている事。

正式に立場が決定してから一度も顔を出さなかったせいなのだろう、書類が溜まっていたのだという。申し訳なさそうに書類にサインを、などと言うヴェツラが指さす先を見て一度固まったが。

結局、その場で全てに目を通す事などできず、一度持ち帰る事にさせて貰った。


「リューン様、重くないですか?鞄も持ってきているので少し持ちますよ?」

「大丈夫だ。……少し重いけど」

「もう。早く言って下さい。上の方を少し取りますよ?」

「あぁいや、大丈夫」

紙など、大した重さがある筈もない。しかしそれが一抱えあるとなればどうだろうか。

隣で心配そうな顔をするレイスに無理矢理笑って見せ、木箱を一度持ち直す。


「これ、全部読むんですか?」

「殆どはただ印をつけばいいって言ってたよな。それだけでもちょっと大変そうだけど」

「ちょっとじゃないですよ……」

「だよなぁ……」

大げさに肩を落として見せたりしつつ。

取り敢えずその書類の束を家に置き、俺達は再び家を出た。




再び家を出た俺達の行く先。

実は。昨日の今日ではあるものの、クレイルを呼び出して買い物へと同行させている。市場に再び行きたいというティアに赤髪とミリアを同行させ、ついでにそこへクレイルを同行させたのだ。

話をしていた折の心底嬉しそうな顔を思い出す。

付き合わされるミリアは嫌がるかとも思ったが、おもしろそう、と一言でそれに乗っていた。

まぁ、他人の色恋沙汰と言うのは。関係ない所で見ている限りは楽しいもの……だと思う。


「いまはどの辺りでしょうか」

「ベルタさんがさっき出た所だって言っていた。追いつかないだろうが、市場まで行けば見つかるだろ」

「本当に行くんですか? 覗くみたいで、少し悪い気がします」

「合流するだけだって。荷物持ちもいるだろ? ミリアにも後から行くって言ったしな」

「そんなにたくさん買い物なんてしませんよ……」

軽く首を傾けるレイスと共に、再び石畳の上を行く。






「リューン様、あそこに居ます」

「えぇと。あぁ……あいつら目立つな」

「あ!隠れましょう、そっちそっち!」

先程の遠慮はどこに行ったのだろうか。少し興奮気味なレイスに手を引かれて屋台の陰に隠れ、そこから彼らの様子を伺う。

野菜を束ねた物について何か尋ねているティアと、それに親切に答えている店の主。クレイルはそれに加わり何か必死に付け足しているように見える。


「なぁ。どう思う?」

「すみません。ティアさんて、あまり何を考えているのかわからないので……。うまく行くと思いますか?」

「……わからん」

あまりにも平和な思考はしかし、残念ながらそういった事にあまり強くはない俺とレイスには何の答えも導き出せず。そんな様を眺める視線を少し動かすと、彼らの後ろに立っていたミリアと目が合ってしまった。

こちらの隠れる様を見て盛大に吹き出しそうなその表情に、苦笑いを返しながら彼らの元へと向かう。


「先生さぁ。自分たちがどれだけ目立つか、まだわかってないね」

小声で言いながら、ミリアは呆れるような顔で手に持った荷物を差し出した。それを受け取りながら、店の主との話を終えて振り返ったクレイルへと視線を移す。


「悪いな、荷物持ちになんて付き合ってもらって」

「いえ。女性を手伝うのは当然ですから」

「そ、そうか。お前は本当にいい奴だよな」

吹き出しそうになりながら、後半を強調して相槌を打つ。隣のミリアは仕様もないやり取りに耐え切れず、横を向いて肩を震わせているが。


「アンナ、まだ買い物終わってないんだろ?」

「そっすね。まだまだです。ティアさん、もういいっすか?」

「大丈夫です。次に行きましょう」

恐らくはこの市場の中で一番に目立つであろう珍妙な一団は再び動き出す。







太陽がまだ真上に昇りきらない頃。

農作物を扱う店で空きの木箱を貰いそこへ荷物を詰め、何の因果か一日に二度も木箱を運びつつ俺達は家へと戻った。

クレイルと2人その重い木箱を厨房へと運び込んだ所で、荷物を確認していたベルタが少し困った顔をしている。


「どうかしたんですか?」

「いやね、胡椒がないんだよ。あの子忘れっぽいから。しょうがないねぇ……」

広間の方で4人で談笑している方へ、仕方ないなといった顔で歩き出すベルタを引き留めた。


「クレイル、行ってきてもらっていいか?」

「え。あ、はい。喜んで」

その意図を理解したらしいクレイルが嬉しそうな表情で頷くのを見て、話し込む女たちの方へと向かう。


「話し中悪いな。ティア。クレイルに買い忘れを頼むんだが、一緒について行ってやってくれないか?」

「私ですか?」

話の流れが理解できない、と言った表情のティアへ続ける。


「アンナも俺達も、今からやらなきゃならない事が出来てしまった。この間の弓使いがまた聞きたい事があるとかでまた来るらしいからヴォルフも居て欲しい。……黒胡椒の粗く挽いた奴だ。店、見た事ないだろ?」

「胡椒、ですか?」

「ああ。そういった類の物だけを置いた店がある。それなりに興味深いと思うぞ?」

少し考え込んだ耳長が視線をこちらへ戻しゆっくりと頷くのを見て、振り返る。


「じゃあクレイル。悪いが頼んだ」

「わかりました。任せて下さい」

その晴れやかな顔を見て、再びミリアが吹き出しそうな顔をしているが。


ともあれ。

張り切った若い剣士と耳長への好き勝手な話をしつつ、その彼らを送り出した。


多分、今日中にもう1話投稿します。

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