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冒険者と奴隷少女の日常  作者: 超青鳥
日常パート2
176/262

04 (レイス回)

先頭を行くミリアの背中を眺めていた。


彼女は時折振り返り、斜め後ろのリューンへと何か懸命に説明している。どうやら、当日はああしたい、こうしたい、などという事を説明しているらしい。

今でなくてもよさそうなその説明の端々を聞きながら、時折感じる視線を受け流しつつ歩いていた。


やがて私たちの足はミリアの旧知という上品な服屋へと至り、少し場違いなその店内へと入りこむ。

リューンは既に店主とも知り合いらしく挨拶を交わしているが……どうも居心地が悪くて仕方がない。改めて巡らした視線を彼へと向けるが、もう慣れてしまったのかそれとも既に慣れっこなのか、店主に何か説明しているミリアを眺めていた。


それは、当たり前の光景だった。

彼に自分の知らない事が増えるのも、自分の居ない時間を過ごすのも。……今更どうという話ではない。


そもそも。最終的に決断したのがリューンだとは言え、それを望んだのは他ならぬ自分自身だ。

葛藤もあれど1人で眠る、真新しいふかふかのベッドには未だ慣れないが。

時折目覚めた折に感じる、ここは何処か、などいう寝惚けた感覚。見慣れていた狭い部屋と狭いベッド。それらとは大きく変わった状況が、感情を明確にさせる事を抑えていたのかもしれない。


再び視界に意識を戻す。

この店の中では、自分一人が宙に浮いたように感じる。仕方がない上に大した話ではないとわかっていても。少しだけ、つらい。

先程まで少し上向いていた気分は再び斜め下へと向かっていた。


それと同時に浮かびあがる疑問。

ミリアは、彼女の知らない比較的長い時間をリューンが過ごし、その時間の大半に自分が同行している事に何か思わないのだろうか。

それでも彼女は宜しく頼むと言って私を同行させていた。自分の戦闘に際しての能力を加味したとして、それでもいい気分ではない筈だ。そこに同行できない事や、逆に命を救われるばかりである事実への葛藤を考える。

小さな不満をもたげさせていた自分の心の矮小さに、軽く顔が歪んだ。


「……ス?」

「……。」

「レイス?」

いつの間にかリューンが目の前に立っていた。


「あ、はい。すみません、ちょっと考え事を――」

慌ててひきつった笑顔を浮かべる私の頭の上に置かれる大きな掌。

自分を絶望の底から引き上げてくれたその手の重さは、不安や負の感情を切り取ってくれる。


「放っておいて悪かった。取り敢えず、寸法測って貰うといい」

「はい。……そうします」


「大丈夫?ごめんね、話し込んじゃって」

「大丈夫だよ。私の方こそごめんね」

「……なにそれ?」

「……何でもない」

噛み合わない返事を返しながら、少し心配そうな彼の前を通り過ぎ、穏やかな笑みを浮かべる店主の方へと歩き出した。





店の奥。

安物のローブを脱ぎ、店主の指示に従い手を伸ばす。

巻尺の少し冷たい感触を感じながらゆっくりと視線を巡らせるうち、店主と目が合った。

店主がそれに軽く笑って見せ、口を開く。


「ミリアちゃんにあなたの事もよく聞いていたわ。優しい人に出会えて良かったわね」

「……はい。今もこんな事までさせて貰って」

「あらあら、それも聞いていた通りね。こんな事までなんていう事ないわよ。彼、きっと喜ぶわ」

「そうでしょうか。こんな体で綺麗な服なんて着ても、似合わないかもしれません」

「こんな体なんて言わないの。それこそあなたを愛してくれる彼に失礼でしょ?」

その発想はなかったが。しかしそれは言葉のあやというものだろう。


曖昧に苦笑いをしてそれに答え、話を変える。

「ミリアとは古いんですか?」

「そうね、小さいころから知ってるわ。一時期ここには来なかったけど。そうそう、久しぶりに来たと思ったら彼やあなたの話をするから少し驚いたわね」

その一時期というのは、恐らくリューンと彼女が出会う少し前の頃だろう。それに嫉妬して困らせたのも確かその頃だった。

思わず眉間に皺を寄せる私の顔を見て、何か勘違いした店主が笑っている。


「彼、あなたたち2人がうまくやっていけるかを心配していたわ。大丈夫そう?」

「それは……大丈夫です。私はミリアの事も好きですし」

「あら。ミリアちゃんも同じ事を言っていたわね。彼と同じくらい、あなたの事も好きだし心配しているって言っていたわよ?」

「えぇと……」

人づてながら明確に好きだなどと言われ、少し口ごもる。それに続く、心の奥が暖かくなるような感覚。

当人からはあなたの事も心配だなどと言われていたが、その簡潔な二文字の言葉は殊更に心に突き刺さる。

軽く涙をにじませる私を見て、店主は採寸の手を一度止めた。


「大丈夫。ミリアちゃんからも聞いていたけど本当にいい子ね。あなたはもっと我儘を言ってもきっと誰も怒らないわ。きっと彼もあなたの我儘なら喜んで聞くわよ?」

「……はい」

「さて、もうすぐ終わるわ。手、もう一回上げてくれる?」

「こんな感じですか?」

「そのままちょっと動かないでね……」

常に微笑みを浮かべる店主が、測った寸法を細かく書き記す。机の上、隣に置いてあるミリアのそれに視線を落とした。そのあちこちに少し納得のいかない数字が書かれているのを眺めつつも。

それは程なく終わり、再び薄手のローブを身に着けた。



採寸の次に、その意匠についての話を始める。今回は採寸からその形状、素材に至るまで、何もない所から作るのだという。

この店は外観通り値段も張るのだろうが、何もない所からあつらえるとなればそれは更に高価なのだろう。そこに懸念も感じてはいるが。

店主の言葉を信じれば……リューンはそこには何も言わないだろう。


カウンターで隣に座るミリアと肩が触れる。もともとそういった事を不快に思ったりはしないが、少しそこに温かささえも感じつつ、店主とのやり取りは進んでいく。

目的が明確なため、その素材や色調はあまり選ぶ必要もない。

その外線を簡単に絵にして貰いつつ、概ねの絵面まで書き込んで貰い、ミリアもいいんじゃない?などという感想を述べた所で一度振り返った。


「リューンさ……あれ」

店の端の椅子に腰かけていたリューンは、座って腕を組んだまま眠っていた。どうしようかと首を傾げる私の隣、ミリアが同じように振り返る。


「ま、いいんじゃない?どうせ完成したら見せるんだし」

「え。ミリア、一緒に選ぶのに着いてきて貰ったんじゃあ……」

「いいのいいの。こういうのは、後ろで構えていれば大丈夫」

「構えてって。寝てるよね」

ミリアのひどく軽い私見を聞き流しつつ、店主の描いた絵に目を落とす。何となしにここまで決めてしまった、そこに描かれた絵。


薄レース地の袖がついており、あまり肌は露出していない。肩口の少し内側、もう一段描かれた線は恐らく肩紐のようなイメージだろう。そして、大きく広がった裾。

ドレスと一言に表しても、そこにはたくさんの形状があるだろう。

しかしこれは所謂おとぎ話に出てくる姫様程ではないが、恐ろしく華やかな部類なのではないだろうか。

段々と湧き上がる不安にも似た感情に、軽く唇を噛む。


「大丈夫。似たようなもんだから」

「似たような?」

その言葉の意図を理解出来ず振り向くと、少し困ったような顔のミリアが視線を泳がせていた。それに苦笑するメリルが手元の資料を少し探し、1枚の絵をこちらへと見せる。

そこに描かれた、確かに似たり寄ったりの豪華なドレス。

それは自分のものと違い、肩口は大きく開かれ腰のあたりが細く絞られているが、同じような部類であるのは言い訳のしようがない事実だった。


「実はね、前に雑談ついでに書いて貰ってたんだ。それが気に入っちゃってさ」

「もう。そういうのは先に言ってよ。私いま、少し焦ってたよ?」

「知ってる。少し冷静になってみて、これはどうなんだろう、って顔してたもん」

「そんなに顔に出てた?」

「出てたどころじゃないよ。すごい心配そうな顔になってたじゃん」

楽しそうに笑うミリアへ大げさに顔を歪めて見せながら、手元の紙を店主の方へと返す。



「……悪い、寝てた。どうだ、決まったか?」

丁度そこに掛かる少し久し振りな声。振り返ると、眠そうに立ち上がったリューンがこちらへと歩いてくる所だった。

そこにミリアが掌を広げて見せる。


「先生、だめだよ。やっぱり当日のお楽しみって事になったから」

「なんだそれ。……ちょっと待て、俺が来る必要ってあったのか?」

「ないかも。ていうか寝てるから悪いんだってば。もう少し早ければ絵だって見られたのにね」

こちらへと楽しそうに振り向くミリアに笑顔を返す。


「そうですよリューン様。もう、大体決めちゃいました」

「お前もかよ……」

大きくため息をついて見せ再び先程の椅子へと戻って行くリューンはしかし、こちらを見ながら笑みを浮かべていた。




「やっぱり暫くかかるってさ。寸法が狂うからあまり食べ過ぎないように、って言ってた」

「そうだよね。私のは大丈夫そうだけど、ミリアのは危ないかも」

「大丈夫、私あまり太った事ないから」

「何それ。ずるい……」

再び石畳の上を歩いていた。隣を歩くミリアはいつにも増して上機嫌だ。

振り返ると、こちらを穏やかな顔で見ていたリューンと目が合う。


先日彼は、今以上はない、などと言っていた。

私は今以上であろうこの先を見せて欲しいと、彼に望んだが。

しかし、それを過去から今にかけてという範囲に限定するのであれば。

今以上はない。

私も心からそう思えた。

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