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冒険者と奴隷少女の日常  作者: 超青鳥
行く果てを語る上での蛇足 その6
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20

それは予想の範疇ではあるものの、彼らの最悪な結論を教えるものだった。


「ヴォルフか?改めて話がある。少し聞いてくれ」

響く声と、少しの間。

森の中から少し悲しそうな顔を貼り付けたヴォルフが現れた。

そしてその背後に見える無数に蠢く影。

皆に緊張が走るのを感じつつ、しかし平静を装いながらそちらへと歩く。


「人間。我々はお前達を仇と決めた。故郷の地を踏む事はないと知れ」

「既にスノアから捕虜を連れた一団が出発している。西の端へ迎えを出せ」

「どういう事だ?」

「言葉通りだ。迎えに行ってやってくれよ」

「そうか。礼を言う。しかしお前達の運命に変わりはない」

「問題はそっちだけどな。……まあ聞け」








振り向いたヴォルフが左手を複雑に動かしてみせる。

直後、木の上から少し体格のいい1人が現れ、森の奥からも女が1人歩いてくる。

悪くない条件であろう俺の提案に、3人が話し込むのを眺めていた。

暫しの後、改めて振り向いたヴォルフが口を開く。


「人間。乗ろう」

「だろうな。山を越えてクラストに入る。そう遠くはないが大丈夫か?」

「無論だ」

恐らくはそれはひどく珍しい事なのだろうが、話し合っていたヴォルフ、そしてもう一人の女が同行し、彼らは南の森を出る事となった。


ティアと名乗る言葉少ない彼女は、動物と意思の疎通ができるのだと言う。

狼相手に話しかけたのは無駄ではなかったようだ。

ついでに言えば、彼女は先日クレイルが心を奪われた当人であり、しかし今は残念ながらそんな話をするような雰囲気ではない。

先日の言いつけを守っているのか雰囲気がそうさせているのか、クレイルは硬い表情を守っていた。


そんな事は兎も角。

理由は各々多少違う物だったが、共通した重苦しい雰囲気を纏いつつ再び北上する。

そして2日後。

俺達は再びクラスト領内の、少し幅の広い街道へと至っていた。






変わらず重い雰囲気の中、ヒルダが地面に耳を当てる。


「えぇと。多分あってると思う」

「間違いないでしょう」

その手から鳥を空に放つティアが同意する。


「ヴォルフ。どうだ?」

「こちらも問題ない」

「そうか。気は進まないが……仕上げだな」

呟くように言いながら、街道の西の先を見詰めていた。

そして。一刻の間もなく数十人の人影が見えてくる。


「ミデル。一緒に来い」

「え?僕ですか?」

「見せるって言っただろ。行くぞ」

「は、はい」

少し心配そうな顔でこちらを見詰める右目に軽く笑って見せ、俺達2人は皆を残し馬の腹を蹴った。


距離が近くなる数十人の人影。

それは、事前に繋ぎで聞いていた通りの街道へと誘導された傭兵達だった。

恐らくはスノア領内でもそれなりの目に遭ってきたのだろう、混じる負傷者や少ない荷物がそれを物語っている。

纏う空気は俺達のそれよりもはるかに重苦しく、皆一様に張り付けた沈痛な表情はそれだけで彼らの現状を表しているようだった。

そこへ駆け寄る俺達に先頭の男が立ち止まり、口を開く。


「……クラストの人間か?」

「そうだ」

「助かったのか?」

その問いに、大きくかぶりを振って見せる。

男は振り返り足を止めた列の中へと入って行き、傭兵団の団長と思しき人物を連れて戻った。

負傷した左腕を吊っている。年齢は俺の一回り程上だろうか。

恐らくは幾多の戦場を渡り歩いた腕の立つ人間なのだろう。

そして、その男に告げられる結末。


「悪いが。あんた達はここで終わりだ」

「へへ。そうか」

「ああ。」

「なぁ。一体どうしてだと思う?」


「悪いが、言えないな」

「そりゃあそうだよな。見逃す気は?」

「無い。一人たりとも」

「……そうかい」

言いながら自嘲的に笑う。


「すまない。」

「気にすんな。そのうち戦場でお前の足掴んでやる」

「そうか。覚えておくようにする」

「それにまだ俺達は死んでねぇ。せいぜい足掻かせてもらう」

「ああ……わかった。出来ればそうしてくれ」

「またな」

それ以上、話す事などなかった。

自らの言葉で死へと追いやった彼らに今から掛ける言葉など。



踵を返すのは同時だった。

男が声を張り上げるのを背中で聞く。

「こんな所じゃ死ねねぇぞ!このままヴァイデンに戻って倍の報酬をふんだくる!生き残った奴は酒も女も食い放題だ!」

それに返る鬨の声。


走る馬の上、こちらも声を張り上げる。

「ヴォルフ!いいぞ!」

俺の言葉に軽く頷いたエルフが、背中に背負っていた矢を番える。

それを確認しながら振り向く先。

叫び声をあげる男たちは武器を構え、もうこちらへと駆け出す所だった。


彼らは俺達の人数も確認しただろう。

ここを突破さえすれば。

もしかしたら。

上手く行けば。

何とかすれば。

希望を表す言葉を頭の中に思い描いたかもしれない。

しかし俺が再び皆の方へと振り向いた時、それはヴォルフの矢が空へと放たれる瞬間だった。

そしてその瞬間とは。

彼らの命が潰える瞬間でもあった。




ヴォルフの放った矢が風を切る甲高い音を立てる。

その音に呼応するように、街道の左右に広がる森の中から無数の矢が降り注ぐ。

降り注ぐ先は当然、必死の形相で駆ける男たちだった。


手斧の男は足を貫かれひっくり返った所に更に5本の矢を受けて絶命した。

小型剣と盾の男は構えた盾の裏側に首を丹念に縫い付けられた。

細剣の女は眼窩を貫かれ崩れ落ち、地面に押された矢はそのほぼ全てが後頭部に突き出していた。


馬はとうに足を止めていた。

振り返る俺とミデルの前、ひたすら生産される死。




そこに動く物がなくなるまで、そう時間はかからなかった。

不気味に静まり返った森。

動く物のない街道。

静寂の中、馬から降りる。


「ミデル。行くぞ」

「どこに……ですか?」

「確認だ。言っただろ? 残す訳にはいかない」

「……はい」

酷く顔色の悪いミデルを伴い、未だ痙攣する死体その一つ一つを確認していく。

俺達の、砂を掻きまわすような足音だけが響いている。


俺はこの状況の中でも願っていた事があった。

しかし、あっさりと裏切られたその願いに奥歯を噛みしめる。

……生きている者がいた。

足に矢を受け這いずる女。

そのすぐ隣、両手程の矢が突き刺さった死体。その頬を懸命に撫でている。

恐らく、その身を盾として彼女を守ったのだろう。

近づく俺の足音に、女が顔を上げる。

何の表情もないその顔に声を掛けながら、腰から剣を引き抜いた。


「せめて、呪うといい」

「……あぁ。そうするよ」

振り下ろされる右手。

転がる女の首。

隣でミデルが嘔吐していた。

それを無視して俺は死体の海を歩き回る。


一刻の間も要さず。

俺はミデルに肩を貸しながら、皆の元へと戻った。






話は簡単だった。

スノアで追われる傭兵達の、概ねの通り道を誘導する。

ヴァイデンを発った正規軍が、誘導された彼らを片付ける段取りになっていた。

何の事はない。

その前に、同胞の村を襲った張本人たちをエルフ達自身の手で片付けさせた。

それだけの事だ。

恐らく、今日中にでも斥候が彼らの遺体を確認し報告するだろう。


誰も生かしておく訳にはいかなかったのも理由があった。

今回の事の流れを吹聴されるのを防ぐ為。

俺や周りの人間へ、復讐などの危害が及ぶのを少しでも避ける為。

彼らには理不尽極まりない理由だが、少なくとも俺にはそれ以外の選択肢が思い浮かばなかった。







「人間。お前たちはいつもこのような事を?」

「さあ。どうだかな」

「……。」

「ああいや。そういう奴も、まるで縁がない奴だっている。色々だ」

「そうか」

考え込むようなヴォルフとティア。


久々に感じるひどい虚無感に、これ以上話す気にもなれなかった。

強いて言うとすれば、出来れば早くこの場を去りたいという所だろうか。


ミデルは青い顔で座り込み、アルメに背中を撫でられている。

死者の海の淵でライネが懸命に祈りを捧げていた。


自らの手で打ち倒した方が余程ましだった。幾分か、真っ当な理由も欲しい所だろう。

そんな事を考え大きく息を吐く俺の隣。

レイスがそっと寄せた肩の感触だけを、殊更に暖かく感じていた。


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