表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冒険者と奴隷少女の日常  作者: 超青鳥
行く果てを語る上での蛇足 その6
170/262

19

俺たちは再び南を目指して出発した。




隣に並ぶのは、ついてくる事となったミデル。

彼には先程から話の経緯を説明していた。

直接クラストの関係者だとは思わないが、今回の話が成り立つためには彼の存在が不可欠だった。

もっと言えば、ヴァイデンに置いてくることによって彼が消されてしまう可能性も無くはない。

ラールの思惑で、今さら話を有耶無耶にされるのは流石に勘弁だった。


そしてそのミデルは、先程から難しい顔をしている。無理もない。

発端という意味では東のマルトとの同盟関係もその理由ではあるのだろう。

しかし小さく物事を見れば今回の件の黒幕は、俺に案内され顔まで合わせていたラール・ゲルリッツという人物だ。

ついでに言うとスノアにも関係する人間がいるはずだがその人物はわからず、兎も角その黒幕達に後始末をさせるだけで、彼の言うおかしい事態は正されることがない。


「リューンさん。でもそんなのは――」

「おかしいか? だが、悪い事は言わない。もう黙れ。自殺したいなら今からヴァイデンに戻ってそれを大声で話して回るといい。明日には土か川の中だろうけどな」

「……。」

「順序が逆だがお前には助けられた、礼を言う。だがな、世の中は正しい事の方が少ない」

「そんな事ありません。じゃああなたは何故あの時僕たちを逃がしたんです?南のそのエルフ達に肩入れしているようにも見えます。彼らは完全に被害者です。それに報いようとするあなたは正しくないんですか?」

少し痛い所をつかれ、誤魔化すように笑う。


「流石に顔を合わせて話し込んだ相手には悪いと思うさ。疑ってはいたが、ちゃんと話も聞いてくれた」

「……。」

「正しいかは兎も角、自分の知っている人間くらいは助けたい。その結果、今回は部分的に恐らくは正しかっただけだ。人の指示で動いた傭兵達を皆殺しにさせているのは俺だ。どうかと思うだろ?」

再び難しい顔で俯くミデル。


「大体、正しいってなんだ? 力があるやつが決まりを作る。力があるやつが弱い奴を手の上で転がす。逆らう奴は反対の手で握り潰される。そんな物だ」

「そんな事は――」

「でなきゃお前はここに居ない。スノアにいれば力のある奴にお前は殺されてる。正しくたって死んじまったら終わりだ。なぁ?」

ミデルの向こうで黙ってやり取りを聞いていたアルメへと話を振る。


「まぁそうだよねぇ……」

「……。」

あまりきつい言い方はしてこなかったのだろう。

申し訳なさそうに同意するアルメに、ミデルは再び俯く。


「何れにせよ。お前は今回の顛末を全て見ておくといい。思惑通りに動くはわからないが、それも含めてな」

「……わかりました。ありがとうございます。傭兵の方達には申し訳ないとしか言えないのですが」

「お前が気に病む事はないだろ。それが必要なのは俺と、強いて言えば傭兵団の運の悪い団長あたりだな」

それに困ったような顔をするミデルから視線を外し、反対側のスライに振り向く。


お前物好きだよな、などと呆れた顔をする金髪。

彼はミデルたちが同行することに反対していたが、それを押し切らせてもらった。


「悪いな。いつも言う事聞かなくて」

「やめろ気持ち悪い。それにもういい。諦めた」

「ミネルヴがばつの悪そうな顔をしていた。何かの時に話でも聞いてやってくれ」

「ほおぉ、すげえな。人の心配までするようになったか」

茶化すようなその言葉に苦笑いしつつ、再び俺は揺れる視界を前へと戻した。





「ほおぉ、すげえな……」

ヴァイデンを出発して3日目の夜。

いつものように焚き火を囲んでいた。

今度は本当の意味で驚嘆しているのはスライなのだが、それは目の前で集中して魔法剣とやらを披露しているミデルについての感想だった。


「ちょっと貸してくれよ。いいか?」

「え、ああ構いませんけど……。」

「こんな感じか?」

「いや、もっと刀身を意識する感じで――」

「あぁ?ちょっと待てよ」

先日は処分するべきだなどと言っていた相手からその奇妙な剣を受け取り、少し楽しそうなスライ。

その手に握った剣からは、小刀のような情けない刀身が今にも消えてしまいそうに現れている。


「向いてないんじゃないか?お前はもっと棍棒とかそういうのだろ」

「うるせぇな、じゃあお前やってみろよ」

「あぁわかった」

悪乗りする俺へと、恐らくはわかる人間にはひどく高価なのであろうその剣を投げて渡すスライ。

ミデルはひどく顔を歪めているが。


「えぇと、刀身を意識する感じでって言ったよな」

「あ、え、はい。そうです。柄を握り込んで、魔力を注ぐんです。それで……」

注目の中、懸命にそれを握る俺と、やたらと短い刀身。

それはただの置物のように俺の手の中に握られているだけで、恐らく数日握っていても何ら変化が起こるようには見えなかった。


「……。」

「向いてねぇどころじゃねえ。素質ゼロだな」

「……うるさい」

もはや皆のおもちゃになりつつあるミデルの獲物は、俺の隣のレイスの手に渡る。


「私はあまり……」

「折角だからやってみるといい」

気乗りしない顔で彼女の細い指が柄を握りこむ。

軽く目を閉じる彼女の目の前に浮かび上がる刀身。

スライのそれより幾分か大きいそれは薄くやたらと幅の広い刀身となり、しかしやはり短剣といった長さだった。

悔しそうなスライがもう一回などというのを無視して、俺はそれをクレイルの手に握らせる。


概ね予想通りではあるが、俺とクレイル、ヒルダとアルメの4人にはまるで素養がないという事でスライに勝ち誇られ、しかしそのスライが幾度かやり直したその行為の中で、レイスより大きな刀身が現れる事はなかった。

もっと言えば、ライネのそれよりも小さい。

以降これについて彼が何も触れないのは、恐らくそういう事なのだろう。

……どうでもいいが。






経路は違えど、先日南へと向かった折の南端の町に立ち寄る。

先日発ったヴァイデンとは比べ物にならない程に退屈な街で繋ぎを待っていた。

数日の後に現れたスノア領内経由の繋ぎは、事が思い描いた通りに運んでいる事を伝え、とは言え晴れる訳でもない表情を抱えた俺達は再び南へと進む。

以前ミデルたちと出会った山岳地帯を超え、再びエルフ達の森を見下ろしつつ。

俺達は再び南の森の入り口へと至った。







まだ太陽は高い位置にある。

見通しの良い森の中を時折眺めながら野営の準備を始めた。


穏やかな森の住人に見えるよう、これ見よがしに薄汚れた白旗とクラストの国旗を掲げる。

その薄灰色の旗に、先日のラールの言葉を思い出していた。

事はその色が表す思惑とは真逆に近い方向へと進んでいる。

しかしその旗が示す意図は、微塵も変わらなかった。


そんな思考が回る中、俺達のする事は変わらない。

野営の準備のため、アルメと2人で小枝を拾い集めていただけの話だが。


「確か。勝手に向こうが見つけてくれるって言っていた」

「は?ここでただ待つの?」

「そうしろって言っていたからな」

「見張りがいるようには見えないけど?」

「大丈夫だ。……多分」

信じられないといった表情でこちらへ振り替える彼女を無視し、そこそこ集まった小枝を抱えて引き返す。

不安がない訳でもないが、こちらから探すことができない事は先日実証済みであり、できる事と言えば待つことだけだ。強いて言えば大声を出す事もできるが……それに意味があるとも思えなかった。

何れにせよ。皆思い思い思いの方法で暇を潰しつつ。やがて夜が訪れた。


いつか見た光景と同じ、暗い森にゆらゆらと映し出される俺の影。

隣に並ぶ片腕の影。


「その。大丈夫ですか?」

「どっちだ? 俺は大丈夫だ。もう一方はわからないな」

「リューン様がです。このまま放っておいた方が良いのではないでしょうか。少なくとも私はそれでも気にしません。皆も気にしないと思いますよ?」

「自分が気にする。それより……気分の悪い物を見せると思う」

「私は大丈夫です。どんな事があっても、あなたとミリアさえ居てくれれば私はそれでいいです」

そう言ってこちらへと笑ってみせる。しかしその軽くはない言葉とは裏腹に。

口の端によだれの跡が残っている。

先程ライネに起こされた折に気付いて貰えなかったのだろうか。

軽く吹き出しながら懐から布切れを取り出した所で、その布に赤い紅が残っている事を思い出し慌ててそれを引っ込めた。


「どうしたんですか?」

「いや、何でもない……」

平静を装って彼女の口へと左手を伸ばす。

少し恥ずかしそうにしながら目尻を下げる彼女の向こう、一匹の狼がこちらを見ているのを見つけた。

口元を擦られながらも顔を強張らせる俺に気付いたレイスが振り向き、俺はその後ろで立ち上がった。


「約束通り戻ったぞ。あらためて話がある」

「……通じるんですか?」

「知らん」

「ええぇぇ……」

そんなやり取りを見ているのかいないのか。狼は踵を返し、森の中へ消えていった。


「大丈夫でしょうか」

「大丈夫だろ。そこまで短気じゃない筈だ」

「何かあっても、必ず私が守りますから」

「……わかった。お互いにな」

「はい」

少し目を見開き嬉しそうに頷く彼女。

時折その横顔を眺めながら、割り当ての時間は過ぎて行く。




翌朝。

何の変化もないその風景に、一日にして皆少し気が緩み始める。

アルメに至っては本当に現れるのかなどと言い出したが、まぁ当然の感覚だろう。

かくいう俺もただ待つという行為に欠伸を噛み殺していた。


それは太陽が真上に至る頃だった。


「リューンフライベルグ。何故戻った」

森の中から響く、よく通る声に慌てて立ち上がった。

言葉に込められた、少しの悲しみとも諦めともつかない感情。

そしてその言葉の意図。

それは予想の範疇ではあるものの、彼らの最悪な結論を教えるものだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ