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冒険者と奴隷少女の日常  作者: 超青鳥
行く果てを語る上での蛇足 その6
157/262

08

ひたすら続く森の中を行く。


クラストの国旗と白旗、その2つを掲げたやる気のない馬車を後ろから眺めている。

流石に意図することはわかる筈だ。

白旗以外にわかりやすい意思表示があれば助かったのだが。

目的の成否は兎も角。

この調子では、帰りにはあの白旗はすすけた灰色になっているだろう。


残念ながらエルフ達の集落に行き当たる事もなく、既に3日が経過している。

今の所野生動物に襲われる事もなく、当の目的を達することができないこと以外に関しては順調だった。

予想の範疇とはいえうんざりもしているが、こうして手掛かりを探す以外の方法も思い当たらない。


強いて言えば。

スライの魔法で辺り一面の森を薙ぎ払いでもすれば向こうから出てくるかもしれない。

出会う事だけを目的にすれば、だが。

そんな仕様もない事を考えつつ。

森の隙間から見える太陽は真上に差し掛かろうとしていた。


今は昨日見つけた川を、ひたすら下る方向に随行している。

川の近くに町が作られるのが自然だと考えると同時に、他に目印や目標と言える物も見つからなかったからなのだが。

しかし。

このまま行けばじきに山の上から見えた海に達してしまうだろう。




「そろそろ休むか」

無言で足を止める皆も、この変わらない風景に辟易しているのだろう。

所謂街道であれば多少なりとも景色も変わり、飽きはしてもここまでひどいものではないだろうが。


欠伸をしながら馬車から食材を取り出す食事当番のスライとライネ。

それを眺めながらいつも通り、あたりの小枝を拾い集める。

それがある程度の量になった頃、クレイルが余計な口を開いた。


「リューンさん。釣り、しませんか?」

「……そんな余裕があるなら見張でもしてくれよ」

「いいじゃないですか。この調子だと出会うまで先も長そうだし、たまには魚も食べたくないですか?」

彼のちょうど後ろにある馬車の白旗が情けなく風に揺れていた。

なんというか。

脱力する、というのが適切な表現の絵面だった。




適当な長さの枝を見つけ、その先に細い糸を縛りつける。

馬車から適当な釘を探し出し、それをねじ曲げた。

無言で立ち上がる2人と、何をしているんだという呆れ顔の皆。

彼らから少し離れ、クレイルと川淵に並んで座り込む。


「いや、堪らないですね。こういう目的が曖昧な話は」

「堪らなくは見えないけどな。お前、楽しんでるだろ。それに目的は曖昧じゃない。目的地は曖昧だけど」

「似たようなもんじゃないですか……」

「結構違うだろ」


透き通る穏やかな水面をぼんやりと眺める。

隣で欠伸をするクレイル。

もし襲撃を受けた場合、最初に殺される役回りだなどと考えていた。

人間の居ない森の中、白旗をぶら下げた俺達を襲撃する相手は野生動物以外にいるとも思えなかったが。


「なぁクレイル。あの後、ウルムはどうだったんだ?」

「あぁ……ひどい物でした。近くの野盗が町の端を占拠し始めて。こっちも兵が足りないから一方的に囲んだりもできなかったから手を焼きました」

焼きました、という言葉からするとそれは片付いたのだろうが。


「結局、終いは?」

「片付けた頃に王都から応援の憲兵役が来て、あとは彼らが見回りするようになったらひとまずは落ち着きましたね。下手をすると、普通に生きてる人間の方が死体より面倒臭かったです。リューンさんたちのように、先頭になって率いてくれる人間がいなかったからかもしれませんけど。それに時々、変に腕のいいのが混じっていたりとかするんですよ」

「それも片付けたんだろ?俺もお前みたいな使い手になればもっと楽なんだろうけどな」

「そんな事……」


「謙遜する事はないだろ。実際お前の方が俺より……」

「……。」

「……クレイル?」

ただ水面を眺めていた視線を、隣のクレイルに向ける。

その視線に移り込むのは、心なしか少し緩んだクレイルの顔。

しかしその視線は、俺の遥か後ろを目に映していた。


その視線を追い、振り向いた先。

俺たちが糸を垂れる川の少し上流。



透き通る水面にあって、更に透き通るような感覚さえ覚える肌の白さ。

ある種の下卑さを一切感じさせないような凛とした美しさ。

長い金髪と相まって幻想的とさえ言える雰囲気を放つ、細い体の女が水浴びをしている。

それは。

大昔に絵本か何かで読んだような気がする。

美しい森の住人である事に疑いを感じない佇まいだった。



しかし、そんな事より。

ある種、手掛かりとしてこれ以上はない程の話とはいえ。

慌てて振り向く。


「覗くな」

「え?あぁ、はい」

ひどく緩んだ顔が、少し困ったような顔に変わった。

それを見て再び振り向いた先。

その白い人影が何か布切れで体を隠し、こちらを見詰めていた。


「うわ、美人ですね」

「そういう問題じゃないだろうが」

我に返ったのか、慌てたような仕草で川淵に歩くその姿。

こちらも慌てて手を振ってみたが。

……その人影が再びこちらに振り向く事はなかった。




釣りなどしている場合ではなかった。

急いで皆の元へ戻る。

少し焦り顔の俺を見上げるスライ。

「どうした?なんか釣れたかよ?」

「……エルフがいた」

「そうなんですよ、リューンさんが水浴びしてるのを覗いて――」

黙らせるため、隣のクレイルの背中を叩く。


「川上で水浴びをしていたんだが。気付かれて逃げられた」

「本当に覗いてたんですか……」

「だからそういうんじゃないって……」

眉間に皺を寄せたレイスの抗議の視線を無視し、皆の顔を見回した。


幸い、火は起こしたものの食材を鍋に投げ込む前だったようだ。

せっかくの食事の準備を無為にしながら、俺たちは再び動き出した。

勿論。

殊更に白旗を強調しながら。






川の浅い部分を探し対岸へ渡る。

そして先程の彼女が消えた辺りから川を外れ、辺りを探した。


しかし。

幾ら探そうとも、視界に移るのは見慣れつつある樹木ばかりだった。

終いにはスライがお前ら2人して欲求不満なんだろ、などと軽口をたたき始める。

結局。

このままでは夜になる、といった所で足を止めた。


川からはまだ遠くない。

ある種の起点としていた川から離れてしまうと、探索範囲に収拾がつかなくなってしまう。

仕方なくその場で今日は夜を迎える事とし、先程の残った食材を改めて鍋に投げ込んだ。

移動中に飲み込んだ携帯食とは違う比較的まっとうな食事を腹に流し込む。


「見たのは事実なんだ。だが……この調子で見つかると思うか?」

皆の考え込むような視線。

その中で1人、心ここにあらずといった若い騎士に小石を投げつける。

それを眺めるヒルダとスライが口を開いた。


「正直、無理だと思う。また川を下る方がましじゃない?」

「俺も賛成だな。これじゃまた、なんの当てもなく探す羽目になるじゃねぇか」


残るライネは視線を向けるとただ顔を横に振った。

任せる、とでもいった所だろう。

そして白けた視線を返してくるレイス。

根に持っているのだろうか。


「明日の朝、もう少し辺りを探索したら川下りに戻ろう。他にも村くらいあるだろう」

「……そうですね」

やっと口を開いたかと思えばひどく残念そうな声のクレイル。

それは隣のスライとヒルダが何事だというような顔でそちらに振り返る程だった。


よほど印象的だったのであろうあの光景。

クレイルが残念がる、その美しい絵面を思い出す。

ひどく細い体のそれは。


白けた視線を寄越すのにも飽きたらしく隣のライネと話すレイス、その胸のあたりを眺める。

先程のエルフが標準であれば……彼女はなんとか標準だろう。


「どうかしたんですか?」

視線に気付いたのか、訝し気な表情のレイス。


「……いや。なんでもない」

「?」

「本当に何でもないって」

「??」

大きく頭を振り、心底どうでもいいその考えを頭から追い出した。






焚火の近くに白旗を掲げあくまで敵意がない事を主張しつつ、念の為2人の見張りで夜を超す事となった。

スライがいう所の欲求不満である俺とクレイルは別の時間となり。

俺はヒルダと組み、夜半過ぎの担当となった。


その夜半過ぎ。


「あのさ」

反対側を眺めるヒルダの押し殺すような声を背中で聞く。


「ああ。わかってる」

「やっぱりそう思う?」

「放っておこう。こちらからは見つけられないだろ」

「確かにね。こういうの、自信あったんだけどなぁ」


……先程から視線を感じていた。

どこからかはわからないが誰かに監視されている。

強い敵意は感じないが、歓迎されているとも思えない。


しかし。

しつこい監視はむしろ好都合だった。

焚火の近くで目立つよう掲げられた白旗、そして馬車に張り付けられた白い鳥が羽ばたくようなクラストの国旗。

よく見てくれれば、これらが目に入らない筈などない。



余りにも安易ではあるが。

逆に相手の方から現れてくれれば楽だ、などと考えていた。


残念ながら、それが穏便である保証など何もないのだが。


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