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冒険者と奴隷少女の日常  作者: 超青鳥
行く果てを語る上での蛇足 その6
158/262

09

昨晩の話し合い通り、俺たちは再び川沿いを下っていた。


時折視線を感じつつも、なんの変化もないそれを意識しつつ。

相変わらず樹木と穏やかな水面だけの退屈な道のりを行く。

川の畔で夜を迎え、再び深夜の見張りについていた。




思わず出る欠伸を噛み殺す。

すぐ後ろで穏やかな寝息を立てるレイスをなんとなく眺め、そこから視線を戻した時だった。


暗闇に慣れた目が見通す、少し先の樹木の間。

大型の猪がいる事に気が付いた。


少なくとも俺の記憶では、猪は意外と神経質かつ臆病であり、何かで興奮でもしていない限り相手から襲い掛かってくる事などはない。

その何かの場合それは結構な脅威ともなるが……食材としても悪くない。

しかし少なくとも目の前の猪はその結構を通り越し、普通に脅威となるだろう。


その動きから目を外さず、念の為手近に置いてある筈の大斧の場所を確認する。

使わないで済むに越した事はないと思っていたが、大型の動物でもこれで殴られればただでは済まないだろう。


焚火を背にした俺の影が揺れる暗い森の中。

暫くの、睨み合いと言えなくもない時間。

しかしそれにも飽きた俺が軽く欠伸を噛み殺す間に。


その姿は掻き消えていた。




念の為に出来事を交代のスライに伝えたが、その後何があるでもなく。

翌朝、やっぱりお前何か溜まってるんじゃねぇのか?などという、有り難くないスライの言葉と共に出発する。


ひたすら川を下り続け、再び夜。

今度は交代明けのヒルダから、狼がこちらを見ていた、などという報告を受ける。

お前らどうかしてるんじゃないのか?などと欠伸交じりのスライが言う。

ついでにライネまでもが少し呆れた顔でこちらを見ていた。


……その翌日の晩。

こちらを見詰める兎の姿を見つけたスライは俺達をからかうのをやめた。



ゆっくりと揺れる馬上。

隣のスライに問いかける。

「なぁ。一体なんだと思う?」

「知らねぇよ。あいつら、動物と話でも出来んじゃねぇのか?」

「……お前こそ大丈夫か?」

「真面目に答えてんだ俺は……」

「だとしたら、もうこっちには気付いてるって事だろ?」

「結局信じるのかよ。まぁ少なくともお前とクレイルは面が割れてんだろうな」

そんな雑談じみたやり取りをしている間も、ただ足は進む。


4日後。

毎晩現れる何かしらの動物。

……ライネの時は熊だったらしい。

昨晩、鹿に見詰められたレイスはその大きさに驚嘆していた。

そこはあまり問題ではないだろう、とも思ったが。




何れにせよ。

更に2日後。


森の先にきらきらと光るものが見え始め、川の幅が広がっていく。

初めて見るそれに興味もあったが、ある種の絶望のような雰囲気を醸し出す俺とスライ。

それとは逆に、先頭のクレイル、そしてライネが手綱を引く馬車の速度が上がっている。

その先にあったのは。

海だった。




森を抜けた先に広がる光景。


白い砂。

抜けるような空。

そして絵でしか見たことのない海と地平線。


馬の息吹。

控えめな風。

そして、海から不規則に押し寄せる波が響く音。


皆、その理由は別だとしても。

ただ沈黙していた。



その沈黙を破ったのは意外にもレイスだった。

馬車から降り、最後尾の俺の元へ走ってくる。


「初めて見ました。すごい……すごいです!」

興奮気味の彼女に苦笑いを浮かべながら、馬から降りる。

隣のスライが状況にうんざりするような顔をして馬から降りるのが見えた。


先頭にいたクレイルがその海へゆっくりと歩いていく。

それを追いかけるような、早足のレイスの後を追う。





波が打ち寄せる白い砂。

その際に立つレイスが振り返る。


「あの……」

「どうした?」

「足だけでも入ってみていいですか?」

「……まぁ。もう急ぐ気にもならないし、いいんじゃないか?」

その答えに顔を明るくさせたレイスが懸命にブーツを脱いでいる。


そう。

もう急ぐ気にもならない。

元より急いでいたつもりはないが、これでは先がまるで見えない。

果たして、ここからどうするべきだろうか。


軽くため息をつきながら振り返る。


馬車の横。

座り込んで何か話しているスライとライネ。

こちらを眺めて欠伸をするヒルダ。


もう、緊張感など欠片もなかった。



「うわ、冷たい……」

若干の悲鳴じみた声に再び振り返る。

ローブの裾を懸命に右手で引き上げるレイスが、打ち寄せる波の中で足をばしゃばしゃとさせていた。

これ以上ない程の平和な光景に思わず少し顔が緩む。


クレイルがそれを見て、同じようにブーツを脱ごうとしている。

それを見て、お前はやめろ海が汚れる、などと茶化そうと思っていた。




その時だった。


「おい、リューン!」

少し緊張したようなスライの声に振り返った先の光景。


あれほど探していた穏やかな森の住人達が、スライたちを囲むようにして立っていた。


その人数は俺たちの倍ほど。

但し。

その大半が弓を携え、数人は矢を今すぐにでも放てる姿勢を取っている。

更に森の中で俺達からも分かるように振る舞っているのであろう数人の姿。




「何が穏やかだ……」

思わず口を出る言葉。

続いて後ろを軽く振り返る。


「レイス。靴履け」

言いながら懐から布切れを取り出し、彼女が脱ぎ捨てたブーツの上に置く。



とは言え。

彼らはこの場で襲ってきたりはしないだろう。

今まで幾らでもその機会はあった筈だ。

それを踏まえゆっくりと歩きだす。


「クラストの騎士、リューン・フライベルグだ。親書を携えている。さんざ探したが誰にも出会えずこんな所まで――」

「黙れ、災いを持ち込む侵入者。今すぐこの地から立ち去れ」

「こんな所まで放っておいて今更か? そういうことは森の入り口で言ってくれ。大体、用件くらいは聞いてくれてもいいだろ」

「放っておけばいい加減に帰ると思っていた。こんな所までのこのこと入り込む間抜けに文句を言われる筋合いはない」

引き絞られた矢がこちらを向く。


「スノアの人間とは会ったか? 返すって話じゃないか」

「……なんだそれは?」

「捕虜になった者を返すって親書だ。来てないのか?」

言いながら隣国の親書を懐から取り出し、広げて見せた。


スライたちを囲んでいる者達の中から、一人の青年が悠然とこちらへと歩いてくる。


エルフというのは。

男でさえも儚げに美しいのだろう。

こちらを睨む美しい顔が、こちらへと近づいてくる。


手が届く範囲にたどり着いた彼に隣国の親書を差し出し、ついでに本来の自分の目的であるクラストの親書を差し出した。

それを見るスライが、おいおい……などという声をあげているが。

しかしこういった事は、後で変な形で吹き込まれるよりは先に言ってしまった方がいいだろう。


兎に角。

場の全員が見守る中、2通の文書に目を通した青年が顔をあげた。


「お前は馬鹿なのか?」

「……言いたい放題だな」

その言葉にまるで表情も変えずに、今度は青年がその懐から1通の紙切れを取り出す。


「西の端で人間同士の小競り合いに遭遇した。その生き残りがこれを持っていた。お前の持っていた物と同じ内容が記されている」

「じゃあ言うまでもなかったな」

「……解せないな人間。なぜ自分に不利になる事を言う?」

「自分にじゃない。国家にだろ。残念ながら俺は忠誠とかそういうのは無い。世話になっているが、ただの使いだからな。しかし……本当に仕組んでるのがクラストの人間だったら悪い事をした」


「ほう。気分で盟主も裏切ると? 見下げた話だな」

「飛躍し過ぎだろ。別に嘘ついてまで尽くす義理は無いって話だ。俺はそんな話聞いていないし、事実なら仕向けたやつは結果的に俺を殺そうとしている。義理立てする意味なんてあるか?」

「ならばこれは嘘だと?」

「わからないな。ただ少なくとも、俺を使いに出した人間は知らないと思う」

「……。」


「何れにせよ。親書は渡した。他の集落にも俺が配らないといけないのか?」

「……出ていけと言っている」

「じゃあ、これ代わりに配ってくれよ。お使い程度でも仕事だからな」

「お前……」


変な生き物を見るような目でこちらを見る青年が、仲間の元へと戻って行く。

彼らが話し込むのを眺めながら、波打ち際で立っているレイスに手招きをする。

無いとは思うが、仮に彼らが血生臭い判断をした場合。

それでも彼女は守りたい。


それを制止するでもない彼らを眺めつつ、俺の後ろに歩いてきたレイス。

予想通りの少し不安げな声を背中で聞く。


「リューン様」

「大丈夫だろ。実際、殺す気だったら今更やる必要がない」

「……そうですね」

レイスと一緒にこちらに戻ってきたクレイルが、彼女の代わりに返事をした。

顔を歪める俺に、クレイルが続ける。


「リューンさん、見て下さい」

そのクレイルが控えめに指さす先。


先日、不本意ながらも俺達が裸体を覗いてしまったその当人であろう背格好のエルフが、こちらを眺めている。

しかし後ろのクレイルと目が合ったのか、慌てるように近くの木に姿を隠した。


「お前、やめろよ。明らかに嫌がられてるだろうが」

「ですよねぇ……」

この状況からは外れるにも程がある締まらないやり取り。

それに頭を掻く俺の元へ先程の青年が再び歩いてくる。


一度大きく息を吸い込み、再び気を引き締めた。


「私は門の部族のヴォルフだ。人間よ。少し話を聞こうか」

「そうして貰えると助かる。リューン・フライベルグだ。……2回目だが」

余計な一言をまるで気にも掛けず、青年は踵を返した。

一度振り向き、こちらを覗き込む心配そうな右目に大丈夫だと声を掛け、彼に着いて行く。


青年が歩く先。

白い砂が終わり、森に数歩入った所でヴォルフと名乗る青年が倒木に腰かける。


「なんだ。集落まで連れて行ってくれる訳じゃないのか?」

「人間。私は話を聞くと言った」

「……リューンだ」

何かの意地で名前を呼ばないのだろうか。


それは兎も角。


俺はそのヴォルフから数歩の所にある別の倒木に腰掛けた。


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