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冒険者と奴隷少女の日常  作者: 超青鳥
日常パート
149/262

12

圧し掛かる重さで目が覚めた――のだが。

俺の顔の前にあるこれは、一体なんなのだろう。

人の足だという事は理解できるのだが。


巡らす視線の中、その長い金髪を撒き散らすようにして眠るミリアが映る。

眠った折には、俺の胸のあたりに頭があったような気もするのだが。

多分、気のせいだったのだろう。

俺の胸を横断しているそれをゆっくりと押しのけ、体を起こした。


おそらくこの広いベッドはこういう想定なのだろう、などと間違った方向で納得する絵面。

軽く苦笑いを浮かべつつも、日課をこなす為にベッドの端を目指す。

改めてその広さにうんざりしながら四つ足で歩く俺の腕に伸ばされる掌。

寝相の悪さと反比例するような目覚めの良さには驚いたが、まどろみながら抱擁を求めるその仕草にはしっかりと答えた。





予定通り、朝の裏庭。

突き立てた丸太の前で土を踏んでいた。


いつも通り、その動作を確認するように突き出す拳。

意識せずとも体が動く感覚の中、昨晩の事を考えていた。


下世話な話だが。

彼女の弟をして、でかいぞ、などと評されていたそれは言葉通りであり。

しかしそんな事よりも。

いい加減、先生などと呼ぶのはやめさせようと考えていた。

上ずった声で何度も呼びかけられるその言葉はひどく……。


邪念を振り払うように、顔を歪ませながら蹴り込む丸太。

八つ当たりにも似た感情を叩きつけられ、それが低い悲鳴をあげていた。


日課の最終段階である斧を振り回す頃に至り、軽く肩で息をしながらふと視線を感じてあたりを見渡す。

中々見つからないそれは、頭上にあった。

見上げた先、窓からこちらを見詰めるレイスと目が合う。

軽く手を挙げて見せる俺に軽く目を見開いて微笑むと、彼女は窓の奥へと戻って行く。


そのまま見上げた空。

もう、流石に2人とも普通に起き出す頃合だろう。

息を整えた俺も、朝食を取るべく広間へと向かった。




気が抜けたのか何なのか。

まるで起きてくる気配がないミリアを起こしに行ったのはレイスだった。


……要するに。

昨晩、彼女が自室で先に眠った事も。

欠伸をしながら階段を降りてくるミリアを、まっすぐ俺の寝室に起こしに行った事も。

全て2人の中では織り込み済みだったようにも思える。

そこに何か述べるつもりもないし、求める事もない。


それでも、などというのは相応しくないかもしれないが。

目の前で楽しそうに食事をとる2人を見ている限り、自分の選択への後悔や迷いは不要なのだろう、などと考えつつ。

逆にそんな事はさせないと誓った事を思い出す。

そして、彼女達がいるこの世界を守るという、恐らくは自分のこの先の命題についてぼんやりと考えていた。





自分の分の食事を片付け、半ば遊ぶように食事を続ける彼女たちに口を開く。


「少し一人で出掛ける。何か買ってくる物あるか?」

「強いて言えば、携帯食の個数が不安ですね。無用かもしれませんが」

「いや。一応少し買い足そう。他には?」

「ナイフ、本数が足らないって言っていましたよ?」

「……すっかり忘れてたな。ありがとう、手配してくる」

なんとなく出掛ける目的を察したらしいレイスが述べる。

そして。


「なんで1人で行くの?連れて行ってよ」

「悪いけど駄目だな。一応仕事の話だ」

「別にいいじゃん。黙って待つよ?」

「色々あってな。昼頃には戻るから」

不満げに口を尖らせるミリアと、それを諫めるレイス。


そんな2人を置いて、1人で家を出た。

そして向かう先。

……あまり気のりはしないが。




流石にこの時間は閑散としている、売春宿が立ち並ぶ区画を通り過ぎる。

もう二度と入り込む事はないだろうなどと考えていた、その路地へと至る道を曲がった。

相変わらずそこで突っ立っているヴァージルが、こちらを見て吹き出す。


「なんだ、もう来ないんじゃなかったのか?」

「仕方ないだろ。親分が懇意だからな」

「組織に生きるってのは意外と大変だ。皆の苦労が分かったか?」

「特殊な話過ぎるだろ。とはいえ、ままならないのは良くわかった」

雑談をしつつ待つ俺に、入れ、という声がかかる。

ヴァージルに軽く挨拶し、結局久々でもないそこへとあがり込んだ。


ここへ来た目的は2つ。

1つは今回の件の手配の確認。

問題はもう1つだが。


「留守の間、ミリアを護衛してほしい」

「お前、何を言ってるのかわかっているのか? それに何か心当たりがあるなら――」

呆れ顔のアレン。


先日の大トカゲの折は仕方ないにしても、俺はもうここには来ないなどと言っていた。

結局再度現れた挙句、彼らに恨みを持つ人間の護衛なんぞを依頼している。

それも街の中でだ。

そんな顔をされても仕方ないだろう。


「心当たりは無い。だけど報酬は払うから、それとなく守ってやってくれ」

「そんな必要はないと思うが……まぁわかった。トカゲの礼もあるからな。今後も懇意にしてくれ、騎士殿」

口の端を歪め笑って見せる様から顔を背ける。


「今後どうなるかはわからない。近いうちに剥奪されるかもしれないしな」

「そんな事はないだろう。いずれにせよ、安心して出掛けるといい」

「ああ。頼んだ」

軽くため息をつきながら立ち上がる。


「――ところで」

「断る」

「恐らく、スノアの連中も停戦なりに動く筈だ。急いだほうがいいぞ?」

「……わかった」

取り敢えずの否定に被せられた忠告に一応の返事をしつつ。

すっかり見慣れた忌々しい顔に背を向けた。




一人で目的を持って歩くのを久々に感じながら、携帯食と投擲用のナイフを買い足す。

ついでに軽く武具を物色し。

俺は言葉通り、昼過ぎには家に戻った。


「先生、遅かったね」

「まだ昼過ぎだ。言ってた通りだろ?」

「残念だけど、そんな事は関係ないよ。なんで準備に1人で出掛ける必要があるのさ」

「心配されるような所には行かないから安心しろ」

結局収まってはいなかったらしく、眉をしかめるミリアの髪に手を伸ばす。

軽く不満そうな顔のままで頭を撫でられ、続く文句を飲み込んだのを確認して振り返る。


振り返った先、そのやり取りを眺め軽く笑っているレイス。

すれ違い様、同じようにその髪に軽く触れつつ。


出来れば口にする事がないよう願いたい携帯食。

肩に担いだままのそれを、階段裏の倉庫へと投げこんだ。







結局、出発まで毎晩泊まり込んだミリア。

……習慣はそう変わる物でもなく。

相変わらず先生などと呼ばれる事について今更どうこうするのも面倒だと思っているうちに、慣れてしまった。

正直、どうかとは思うが。



毎朝の日課は、遅く起きる彼女たちに食卓に並ぶのを急かされる程度にはその量を増していた。

結果、丸太の一本は出発前に腰高あたりで折れ、出掛けている間の交換を使用人達に依頼する。

悲惨な姿となった丸太は薪として、風呂の湯へと変わった。



出発の前日。

3人で出掛けた買い物の折、以前レイスに指輪を買った店をぼんやりと眺め、ミリアにはそういった物を何も渡していない事に今更になって気付いた。

この場合、あらためて2人分になるのだろうが。多少なりとも高価な物を買うべきだろう。

そして。

今回の仕事に追加の報酬はつくのだろうか、などと考えていた。

まさかこれを必要経費とはできないだろう。

そんな事を考え顔を歪ませる俺を観察していたらしい2人が笑っていた。

「先生ってさ、何考えてるか筒抜けだよね。別に私、そういうの気にしないよ?大体、住処でさえ怪しいんだから」

「そういう形も大事だろ?ちゃんと用意するからちょっと待ってろ」

「リューン様、きっとそういう物は事前に用意して渡すのだと思いますよ?」

「あはは、だよねぇ」

「……そうだよな」

前のめりになる俺を笑う2人の声。

しかしその彼女達の言葉に感じる、寄り添うような距離感。

とは言え……悪い事をした。





束の間の平穏を噛み締めながら、出発までの数日が過ぎて行く。


この平穏とは対極と言ってもいい。

出発の幾日か後。

スライの懸念は読み違えておらず、それなりの面倒事を抱える事となる。


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