01
パドルアを出発して半日。
出発が早朝だった事もあり、もう結構な距離を移動している。
今回は全員分の馬を用意していた。
更に現地での食料などの入手性を考慮し、比較的丈夫な馬車を引き連れている。
経費を考えると陰鬱な気分にもなるが、流石に領土を縦断した先にある国境まで徒歩という気にはなれなかった。
最後尾から時折見える、先頭を行くクレイルの背中。
レイスは、ライネが手綱を握る馬車に乗っている。
そして時折そこに馬を寄せ、少し話してまた離れる、といったことを繰り返しているヒルダ。
相変わらずおどけたような顔をして見せているのが、後ろからもわかる。
そして。
残る2人、俺はスライと最後尾についていた。
並んだスライが口を開く。
「お前さぁ。上手く行ってんのか?」
「お陰様でな」
「うわ、余裕だな。しっかしなんでこんな奴に……」
「悪かったな。こんな奴で」
わざとらしく空を仰いで見せるスライに毒づいて見せる。
まぁ。
上手く行っているだろう。
出発の折。
玄関先で俺とレイスを見送るミリア。
俺の事を頼む、などとレイスに話していた。
頷いて見せるレイス。
そして軽く抱き合う2人。
……そういった行為は俺に対してだろう、などと少し思ったのは黙っていた。
その後、骨が軋む程に抱きすくめられたが。
「気持ち悪ぃな。何ニヤついてんだよ」
聞きなれた金髪の魔術師の声で現実に引き戻される。
「……悪い」
「冗談だ。本当にそういう事考えてたのかよ」
「……。」
「本当。お前、錆びついてるんじゃねぇの?大丈夫か?」
確かにこれではいけない。
いつ目の前が戦場に変わるとも限らないのだ。
一度大きく深呼吸をして気持ちを入れ替え、この所の平和な日常に緩んでいた精神を研ぎ澄ます。
そして多分、それは見事に功を奏したのだが。
先頭を行くクレイルの前に、男が2人立ち塞がった。
「お前、パドルアの中級騎士だな? おいあんたら護衛だろ。素直にこいつを差し出せば――」
先頭のクレイルを当人と勘違いしたらしいその2人。
確かに……この中では一番それらしい恰好をしているが。
しかし普通は護衛すべき相手を先頭には立たせないだろう、などと心の中でぼやく。
そして、どこで情報が漏れたのだろう、などと考えていた。
細かい行先までは告げなかったが、馬車の手配の折だろうか。
……そんな事は兎も角。
その男が、続く言葉を最後まで紡ぐことはなかった。
馬から飛び降りながら1人の首を跳ね飛ばすクレイル。
その躊躇のなさ。
引き抜く大柄な片手剣の鋭さ。
やはり普通に切りあえば、まるで勝てる気がしない。
その首が足元に転がる不運な男は、足を止めさせ幾許かの時間を稼ぎたかったのだろう。
彼と対峙したもう1人の男の顛末も見る事はなかったが、まぁその終いは似たようなものな筈だ。
筈、というのは流石にそれを眺めている訳にもいかなくなったからだ。
背後から、恐らくは雑な作戦に出遅れたのであろう4人がこちらに駆けてきていた。
しかしその4人のうち、1人はヒルダが振り向きざまに放った矢に眉間を貫かれ、
その直後、もう2人が馬車から降りたレイスの放つ氷の槍によって串刺しになっていた。
残る1人。
馬から降りる俺が、まさかその目的の人物だとは思わなかっただろうが。
いずれにせよ。
俺の眼前にたどり着く頃には半ば戦意を喪失していた男に歩み寄り、既に捨て鉢な1撃を払いのける。
突き出す右拳が顔面を陥没させ、倒れ込むその側頭部を蹴り飛ばした。
もう、とどめを刺す必要もないだろう。
割り当ての少ない仕事を終え、あたりを警戒しながら振り向いた先。
スライがその手の上に火球をこさえていた。
恐らくはそれが放たれる先であろう、先頭のクレイルの更に先。
更に出遅れたらしい5人ほどが駆けてきている。
最後尾の1人はスライの様子に気付いたらしく途中で踵を返した。
直後、その背中に矢が突き刺さっていたが。
その火球にも、俺の足元に転がる仲間であろう死体にも気付けなかった残る4人は。
……地面を削り取るような爆発に巻き込まれ、生きていられる人間がいるのだろうか。
つまり、そういう事となった。
「まだ来るなら自殺願望者だよ。人攫うのに話し合いできるとでも思ったのかね」
「お前……。まぁ兎に角、暫くは急ごう」
半ば自虐の入ったヒルダの言葉に答えつつ、馬に飛び乗る。
急ごうなどと言った俺の言葉を聞いていたのかいなかったのか、先頭のクレイルが手を振っている。
「リューンさん、俺、いつの間にか昇格してたみたいです!」
「真面目にやれ!馬鹿なこと言ってないでさっさと行くぞ!」
先頭を行く若い騎士は、一応の返答に満足したように振り向くと再び馬を進める。
相手の人数も確認せずに切りかかった事について文句を言おうとも思ったが。
……あのまま囲まれるよりは余程よかっただろう。
馬車の上、食い詰めたのであろう死者たちに祈りを捧げていたライネを急かし、再び出発した。
ミネルヴから、追加の人員を取ることを許されていた事を思い出す。
しかし、それをしなかった事は正解だろう。
同行している面子は、比較的水準が高い部類だ。
そこに、その腕が上でも下でも釣り合わない仲間を加えた場合、先程の様にうまく機能しないかもしれない。
格下なら尚更だ。
しかしそこで思う事があった。
こと戦闘に関して言えば、多少の相性はあっても俺はこの中で一番の格下だろう。
近接戦闘で恐らくはクレイルに劣り、それ以外に戦闘手段を持たない。
当然魔術も使えないし、一応持ってきた安物の弓も当てにならないので馬車に投げ込んだままだ。
丸太相手の訓練で、如何程の底上げになっただろうか。
とはいえ。
馬車の上、少しほっとしたような顔の隻眼の魔術師が、こちらに微笑んで見せるのに笑顔を返し。
その不貞腐れたような考えを放り出した。
結局。
自殺願望者は現れず、そのまま夜を迎えた。
昨日までとは真逆に近い、雑な食事を準備していた。
とはいえ、今日は料理に慣れたスライが食事を用意している。
比較的ましな食事になるだろう。
焚火の為の枝を拾い集めつつ、辺りの地形を把握するため歩き回る。
過去、幾度同じことを繰り返したのかもわからない行動。
その腕もやり口も知れた仲間。
俺の一部であり、その俺の最強の武器であり、守るべき対象であるレイス。
どこまででも行ける、などとは流石に思わないが。
正直、先行きに不安はない。
家で取る食事から、流石に若干劣るスープを腹に流し込む。
まだ初日で食料が豊富である事を考慮に入れても大した物だった。
先程その味について褒めた所、少し顔を赤くしながら、やめろよ気持ち悪いなどと言っていた。
案外うれしかったのだろう。
但し、気持ち悪いはこっちの台詞だ。
面白がったヒルダが同じ事を何度も言い、その度にライネがそれを止めている。
昼間10人程を屠ったとは思えない、平和な光景を眺めていた。
「じゃあ、見張りの順番まで眠らせてもらう。最初はスライとヒルダだったよな。悪いけど寝るぞ?」
「おう任せろ。お前だけ置いて逃げる」
「1人だけ置いてくのって結構難しくない?」
2人のひどい回答を聞き流しつつ、先に横になったレイスにぼろ布をかけてやる。
「……ありがとうございます」
今日一日、碌に口をきいていなかった彼女に軽く笑って見せ、その隣で俺も横になった。




