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冒険者と奴隷少女の日常  作者: 超青鳥
日常パート
144/262

7

差し込む朝日で目が覚めた。

窓の向きが悪く、この部屋は朝日がもろに差し込む方位のようだ。

――それが本当に悪いのかは兎も角。


寄り添うように眠るレイスの髪に一度触れ、彼女が目を覚まさないようゆっくりと起き上がった。

耳を澄ますと下の階から物音が聞こえてくる。

彼らはもう目を覚ましているのだろう。


何れにせよ。生活の癖などというのは最初が肝心だ。

雑に脱ぎ捨てられた服を身に着け、振り返る。

無駄に大きなベッドで体を小さくして眠っているレイスは、大きさの比率で見ると子供のようだ。

その面積の大半が無駄であるベッドに再び少し顔を歪めながら部屋を出た。



階段を降り切った所で、若い方の黒髪、エステラと顔を合わせた。

俺を目前にして挨拶もそこそこに軽く顔を強張らせる彼女に、裏庭に居るのでレイスが起きてきたら声をかけるよう伝える。

裏庭にいる、という所に訝しげな顔をするのを放ってそのまま表に出た。





今までこんな時間に目を覚ます事は少なかった。

連日かろうじて朝と呼べる時間に起きる事が殆どで、仕事でもなければその必要もなかったからなのだが。


昨日オルビアにも言われたが。

毎日口をあけて空を眺めて過ごすような訳にはいかない、と自分で決めた事だ。


朝方の少し澄んだ空気を吸い込み、吐き出す。

少し重い身体をほぐすように軽く体を動かしていく。

徐々にその速度を上げたそれは、最終的に誰もいない空間を拳と足で滅多打ちにするという行為だった。

本当は丸太でも立てておけば良かったのだが、流石にそれを要求するのは忘れていた。



まるで手応えのない相手との戦いに肩を大きく上下させ、見えないそれと位置を入れ替えるように移動し、廻る視界の端。

井戸から汲み上げたバケツを持ったままこちらを眺めるベルタと目が合う。

その太い腕は、水が波々と入ったそれを物ともしていないようにも見える。

心なしか顔を歪めながらおはようございます、などという挨拶をされ苦笑いしながらそれに返した。


「おはようございます、ベルタさん」

「ご主人様。そんな丁寧に話す必要は――」

「ベルタさん。悪いんだけど、ご主人様なんて呼ばれるのはあまり気分が良くない。それにあまり丁寧に話されても具合が悪いから……出来れば普通に話してほしい」

「いや、それは……わかりま、わかったよ。えぇと。こんな調子でいいかい?」


「そうですね。後、俺の事も……フライベルグさん、とかだと気負わなくていいのでとても助かるかな」

「わかった。それじゃフライベルグさん、食事はどうする?まだあの子は起きて来ないみたいだけど」

「起きるまで待ちます。待ちくたびれたら自分で起こすので、それまで何か暇でも潰していて下さい」

「……わかったよ。それじゃ後で声かけてね。でもあんたがそんな口のきき方じゃあ……」

下手をすれば自分の母親程の人間に対して、偉そうに話すのは気が引ける。


別に彼らへの威厳だとかそういったものが欲しい訳でもなく。

逆に少しの気持ち悪さが解決した事で、まだ何か言いたげなベルタに満足げに頭を下げ、その背中を見送った。


すぐ後に。

この伝え方については後悔する事になるのだが。





結局、暫く汗を流し続けても起きて来ないレイスを起こしに行き、寝ぼけて此処はどこですかなどと言う彼女を連れて1階に降り、あらためて朝食を依頼する。

もう、じきに昼と呼んで差支えない程の時間だった。


未だ目が覚めない彼女の前で座るテーブル。

そこに運ばれてくる暖められたパンと、簡単に焼いた卵など。

そしてそれを運んできた赤髪が口を開く。


「フライベルグさん。塩でいいっすか?」

仕草自体は丁寧で、聞き間違いかと思いつつ横に立つ彼女の顔を見上げていた。

その俺の目の前で口を半開きにしてその様を見つけるレイス。

すっかり目は覚めたらしい。


その空気に、はて何か間違ったか、とでも言いたげな顔をする彼女に一応答える。

「あ、あぁ。塩でいい」

「わっかりました。ちょっと待って下さいねー」

「……ああ」


先程のベルタとの会話を思い出していた。

確かに。

彼女に限るとは言っていないし、普通に喋ってくれと言って満足げな顔をしたのは俺だ。

それにしたって……変わり過ぎだろう。


「あの。何かあったんですか?」

「いや。まぁ、いいか」

「いいんですか……」

その後、現れたミリアも同じように目を見開いていたが……まぁ、いい。




そんな彼らを置いて昨日の話通り少し家具の類を探しに行く。

少なくとも俺は今のところ何も必要ない為、レイスの部屋に置くための棚などを探した。

これがいいという淡い桃色のそれに、如何にも少女のそれだなどとミリアと共に吹き出し、暫く口を聞いてくれないレイスを宥め、結局それを買い上げた。

借りていた荷車でそれを家まで運び込んだ後、もう不要であろうそれを返しに行き。

……昨日と同じように夜を、そして再び朝を迎えた。





引っ越した二日後に挨拶に現れたグラニス。

毎朝繰り返される見えない敵との戦いや、ミリアにひたすら文字の練習をさせられるレイスの泣きそうな顔。

念願の、と言う程ではないが裏庭に突き立てた丸太。

流石にそれはないだろうという、赤髪の言葉使いへのやんわりとした注意。

逆に全く変わらないエステラの態度。

そして結局毎晩同じ部屋で眠っているレイス。


そんな事が永遠に続く筈もなく。

……と言うよりも。


立場といった点ではまるで地に足がついていない状況。

その立場がないと、色々な事が進まないという事実があった。

別に肩書きなどに興味はないが、それは俺とミリア、そしてレイスにとっても大きな意味がある。


もう10日ほど同じような毎日を繰り返していたが。

裏庭に立てた丸太は無意識に鬱憤を当てつけられており、既に歪に変形し始めている。

追加でもう1本、もう少し丈夫な材木を用意しないといけない、などと考えていた。




それはここへ引っ越してきて半月ともう少し経った頃。

遅い朝食を取る俺とレイス、そして同じテーブルでそれを眺めるミリアの元への来訪者があった。



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