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日が落ちて久しい小奇麗な区画。
人通りもなく、2人分の足音だけが静かに響く。
一度立ち止まり、彼女が追い付くのを待った。
少し俯いていた顔を上げたミリアが微笑む。
「どうしたの?」
「いや。別に」
そう言いつつ右手を伸ばしてその左手を握り、その手を引くように再び歩き出す。
「いやぁ。先生ってさ、なんて言うか」
「なんだよ?」
「……やっぱ何でもない」
「……。」
今度は並んで歩く、再び俯いた彼女の横顔は穏やかな笑みを浮かべていた。
そう遠くはない彼女の家へ曲がる角で、手を引かれる彼女が一度立ち止まる。
それに足を止め振り返る先、視線を泳がせるミリア。
「あのさ。今日もあんまり……」
遠慮がちに口を開く彼女の肩を掴み、引き寄せる。
抵抗なくそうされる柔らかい体を、離した両手が軽く抱いた。
とはいえ。こんな所でいつまでも抱き合っている訳にもいかず。
ゆっくりと離れる彼女は、含み笑いを浮かべながら斜め下を見詰め、その口はもうしっかり閉じていた。
「……帰ろう」
それきり無言で如何程でもない彼女の家までの道を歩く。
見慣れつつある門扉の前、満足そうに微笑みながら手を振る彼女。
そこで別れ引き返す曲がり角。
振り返るとまだ門の前で立っている彼女に軽く手を振り、家へと向かう角を曲がった。
再び戻った新居。
先程と同じところで座ったままのレイスが顔をこちらに向ける。
「あれ、早かったですね」
「すぐそこだからな。取り敢えず、今日はもう寝よう。明日は少し家具の類でも見に行くか」
「それこそミリアに一緒に行ってもらった方がいいですね」
「そうかもな。ま、起きてから考えればいいか」
厨房にもう今日は眠る旨の声をかけた。
おやすみなさいませ、などという返答を聞いて顔を歪ませながら階段を登る。
階段を登り切り、最初の扉の前。
そこでレイスが深々と頭を下げる。
「おやすみなさいませ、ご主人様」
「誰だよ……」
「ふふふ。おやすみなさい」
「ああ。おやすみ」
1人で向かう一番奥の部屋。
その室内は以前住んでいた宿よりも広い。
眠るだけの部屋に成り下がりそうな部屋の隅、小さくまとまった荷物を眺めながらベッドに横になる。
やたらと広いそのベッドの上。
手足を広げてみるが、両腕がその端に届かない。
本当に無駄だな、などと呟きながらぼんやりと天井を眺める。
ランプを消すのも面倒くさい。
そんな事を考えつつ目を閉じた。
どれほどの時間が経ったのだろうか。
広いベッドの上で体を小さくしてじっと目を閉じていたのだが。
……落ち着かない。
疲れている筈の体は一向に眠りにつかず、逆に神経が冴えるような錯覚さえ感じていた。
一度起き上がる。
先程と何ら変わりのない景色。
大きく溜息をついて、薄手の毛布を手にベッドから降りる。
そして。
ベッドの脇の床で、毛布にくるまった。
久し振りに背中に感じる堅い床の感触。
以前は見慣れていた床が目の前にあるその風景に苦笑しながら目を閉じた。
「あぁ、これなら眠れそうだな……」
誰も聞く者のいない独り言を漏らし、その意識が闇に吸い込まれる直前。
ドアをノックされる音で、現実に引き戻された。
返事をする前にゆっくりと開かれる扉。
気だるく首を回してそちらに顔を向けた。
見慣れた片目の少女が部屋の中へ視線を巡らす。
そしてベッドの脇でうずくまる俺を見つけて大きく顔を歪ませた。
「……何してるんですか?」
「広すぎて落ち着かないんだよ」
それを聞いて軽く吹き出す彼女が、うずくまる俺のすぐ脇にしゃがみ込む。
「床なら眠れそうですか?」
「その上よりは」
「実は私も眠れなくて。その……今日だけでも一緒にって」
そう言いながら隣で横になるレイス。
「お前まで床で寝ることないだろ」
「試しに寝てみようかと……」
それきり神妙な顔になり、無言になる。
「どうだ?」
「いえ。……悪い夢を見そうです」
「悪い夢?」
「ごめんなさい。少し昔の事を思い出しました」
ゆっくりと体を起こすレイスの前で立ち上がり、その手を引く。
そのままベッドに座らせ、その隣に自分も腰かけた。
「床か。そうだよな、なんだか悪かった」
「いえ、私が勝手にしたことです。 ……エステラに似た子を思い出しました」
「当人なのか?」
「まさか。もっと私が小さかった頃にあれくらいの年頃のお姉さんでした」
「なるほど。……それでその子は?」
「流行り病で死にました。いつも私に優しくしてくれて、寝る前に少し神様に祈るような。なんて言えばいいのか……綺麗な考え方をする人でしたね」
「……悪かった」
無表情に宙を眺めながらその人物について簡潔に語るレイス。
ある意味では当たり前だった。
彼女の昔の待遇を考えれば、同じ待遇の周りの人間が幸せになる姿を眺めるような事など。
「いえ、私こそ余計な話でした。でもあの3人は幸運な部類だと思います。あなたは……あんな事はしない」
「あんな事って所はあまり聞きたくないけどな。取り敢えずは普通にやってもらえればいいし、それ以上を求めるつもりもない。少し落ち着いたら何か要求が無いか聞こうかとは思うけど」
その言葉に、ほらね、とでも言いたげに微笑んで見せた。
「それに。幸運なのは私もですよ?」
「……そう言って貰えるのは光栄だな」
彼女は軽く微笑みながらそのまま後ろに倒れ込んだ。
振り返る先、もう一人分くらいの長さが余ったベッドを視界の端に追いやりながら、体を返す。
「なんだか。少し久し振りな気がする」
「……そうですか?」
微笑みながら手を広げる彼女の服に手を掛けた。
結局俺達は。
その広さなどどうでもいい事がわかり、事更にその無駄さ加減を認識しつつ。
昨晩と同じように大した広さを要する事もなく。
やたらと長く感じるここでの1日目を、やっと終えた。
本当に長かった。




