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冒険者と奴隷少女の日常  作者: 超青鳥
日常パート
142/262

5

ゆっくりと戸を開き、先程までいた広間に戻る。

こちらに振り向く2人の顔。


「本当に乗せて行ったんですか?」

「ああ。意外と快適そうだった。少し笑われたけどな」

顔を歪めて見せるレイスの隣、ミリアが不満そうに口を開く。


「あのね、先生。私はちょっとどうかと思うよ?」

「……泊めるのとどっちが良かった?」

「え。あぁ……」

少し考え込むような顔をしているミリアに言葉を続ける。


「夕飯、出してもらうか?」

「さっき頼んじゃった。今日は遅くなるって言ってあるから大丈夫」

「お前、そんな事ちゃんと話すんだな」

「話すよ。話すようになった、っていうのが正しいかも。また素行が、とか言われるからね」

「あぁ……」

思い出し笑いを浮かべながら、彼女たちの正面に座り込んだ。



「それでね。そのついでに少し話したよ」

「話した?何を?」

「あの人達。ベルタさんとアンナさんはオレンブルク出身だって」

オレンブルク。北の隣国。

先般歩き回る死体を片付けに向かった国境の町の先。

また小競り合いでもしているのか。

それともあれ以前の事だったのか。

そんな事を聞いても何の意味もないが。


「ベルタさんは分かった。アンナさんってどっちだっけ?」

「赤髪の人だよ。エステラは、スノアなんだってさ」

「スノアか。西だな……」

別に方位などどうでもいい。

それは相槌代わりみたいなものだ。

スノア。

以前、一度行ってみようかなどと話していた、レイスの出身地。

視線を向けた先のレイスはテーブルに視線を落としている。





俺は。

奴隷という存在が許せない、などという綺麗事を述べるつもりなどない。

それは目の前で俯く彼女を最初に見た時、守ってやりたいと思ったのとは少し話が違う。

彼女はその中であって更に暗い底で、全てを諦めているように見えた。

あの時はそこに手を伸ばしただけ……だったと思う。


奴隷と呼ばれる存在。

彼らは、彼女らは。

労働力として、家具として、玩具として、その為の商品として。

……或いは、それなりの教育を受けた使用人として。

その存在を前提として生活が成り立っているのであれば、それを否定することなどできない。

もし俺がそんな事を喚いて回っても何も変わる事などないだろう。

それこそアレンの所のように彼らを最低限保護してやる方が現実的だ。


仮に。

彼らが自由の身になったとして、その彼らをすんなりと受け入れる者は少ない。

逃亡奴隷を匿ったとなれば重罪であり、その身柄を保証する人間が居たとしても残念ながらまっとうな職につける者は僅かだろう。

それ以外の者を雇用する選択肢があるのだ、わざわざそれを選択する必要がない。

冒険者や傭兵に身を落とした者が、まっとうな職に就ける事が少ないのと似たようなものだ。


ただ、その境遇には同情もする。

恐らく彼らの大半に、その当人の落ち度がある者は少ない。

強いて言えば、そういった事にならないように立ち回れなかったことが落ち度なのだろう。

具体的に言えば。

逃げ切る。戦って勝利する。もしくは、命を落とす。

とはいえ、そんな思い切った事が出来ない人間が多い事くらい俺にだってわかる。



……いずれにせよ。

じきに料理を運んでくるであろう彼らに高尚な態度を取るつもりもなく。


目の前で顔を伏せるレイスと、その肩に手をやり小さな声で何か話しかけるミリア。

2人とうまくやってくれればそれでいい。


そのうちに故郷に帰りたいとでも言い出すならばそれでも構わない。

少なくとも。今はその程度の考えでいい筈だろう。


俺が言葉を掛ける前にその視線を上げたレイスと、それを見て軽く安堵のような息を吐くミリア。

彼女たちの目の前に料理が運ばれてくるのを眺めながら、そんな事を考えていた。



レイスの前に並べられた、焼いた肉の料理の皿に手を伸ばす。

……いつものように。

見慣れた料理と比べて少し丁寧な盛り付けのそれに何度かナイフを入れ、その皿を戻す。

それに律儀に礼を言うレイス。

その様を眺めるミリアが、何か納得するような、微笑ましいとでも言うような、そんな顔をしていた。

視線の端で今その皿を持ってきた赤髪が振り返り、厨房へと去っていくのが見えた。




少し心配をしていた食事は口に合わないような事もなく。

さっさと食べ終えた俺は、話しながら未だゆっくりとそれを口に運ぶ2人の姿を眺めていた。


「あぁ、これおいしい」

「これは玉ねぎで作ったソースだね。ちょっと塩気が強いかなぁ」

「玉ねぎなんだ……。私はこれくらいでいいなぁ」

言い方は悪いが。

俺と暮らすようになった後も雑な料理が多かったレイスに、流石に色々と知っているミリアが説明している。


「あれ、それ食べないの?」

「私さぁ、あんまり芋って好きじゃないんだよね。ぱさぱさするんだよ」

「じゃあ貰っていい?」

「……代わりにそっちの肉、貰っていい?」

「……ええぇぇ?」

まぁ、楽しそうだ。

今の所、2人の関係についての懸念もなく。

その皿が空になるまで、そんな姿を眺めていた。




空の皿を下げ、代わりに暖かい飲み物を持ってきたベルタに礼を言いつつ、それに口を付ける。

大きく伸びをしながら欠伸をするミリア。


「じゃあそろそろ今日は帰ろうかな」

「ああ。遅くなるって言ってもあまり遅いのもな」

「そうだね。っていうかお父さんみたいだねぇ……」

どこかでも言われたようなそんな言葉に、苦笑いを浮かべながら立ち上がる。


「じゃあ送って行こう」

「え。大丈夫だよ?すぐそこだからね」

「あの酔っ払いは送って行って、お前を一人で帰らせるわけにもいかないだろ」

「なんというか。比較されるのが腹立たしいよ」

「……そうか」

そうは言いつつも笑顔で立ち上がるミリア。


「あ、ちょっと待ってて」

そう言って厨房の方へ走って行く背中を眺め、レイスの方へ振り返る。


「少し疲れたな」

「そうですね。スライさんもオルビアさんも来てくれて。……グラニスさんは見えませんでしたね」

少し悲しそうな顔をするレイス。


「……日にち間違えてるんじゃないのか?」

「ああ……」

あながち否定できないその推測に顔を歪める。

そこへ、本当にちょっとで用を済ませたらしいミリアが戻ってきた。


「夕飯の感想を言ってきた。……あれ。どうしたの?」

「引っ越しして疲れたな、って話をしていた。じゃあいくぞ」

「大した荷物なかったじゃん……。 ああレイス、またね」

小さく手を振るミリアを連れ、再び家を出た。

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