2人の日常26
結局。
一度宿に戻ったのは夜遅くなってからだった。
まだ何か言いたげなミリアを置いて走り出した後、富裕層の集まる区画を抜け売春宿などが立ち並ぶ通りに出る。
相変わらず咆哮を上げる大トカゲはすぐに見つかった。
夕暮れ時だった為、これから朝のような時間を迎えるそういった店の周りには、そういった職業に係わる人間が多数出歩いていた。
餌場として悪くない場所だったのだろう。
辺りに散らばる、口から溢れたのであろう腕や足。
それを取り囲む軽装の男達。
たまたまそういった類の使い手が外していたらしく、そもそも大型の武器を使用しない者が多いアレンの配下達には相性が最悪だった。
その当人までもが出張りその注意を引きつけ、ヒルダを含む弓の使い手が屋根の上からそれを射る。
恐らくヒルダの物であろうその正確な狙いの矢は、既にその片目を潰していた。
が、それに逆上したのか被害を広げるそれの頭に、幾分かは使い慣れた大斧を叩き込んでその停滞した場を終わらせた。
言い方は悪いが、囮も多く隙も多かったので比較的楽に事を終えたと言えるだろう。
苦々しげな顔のアレンと辺りを眺めながら、2,3の言葉を交わす頃。
荒い息を吐きながらやっと追いついたレイス。
「悪いな、次行くぞ」
「……はい」
膝に手をつきながら、申し訳なさそうになんとか返事をする彼女に斧を差し出す。
意味が分からないと言うような顔で、それを抱きかかえるように握る彼女を抱え上げた。
「ちょ、ちょっと……」
「多分この方が早い。次はすぐそこらしい」
「ええぇぇ……」
悲鳴に近い抗議の声をその場に残し、再び走り出した。
「ちょっとちょっと!」
「なんだ?」
「多分、もう急がなくて大丈夫。声も聞こえない」
着いてくるヒルダの声に足をゆるめる。
「上から見えたのか?」
「さっきの火柱は見えた。あれ、スライでしょ」
「絶対そうだろ」
「それに、さっき屋根の上で聞いてたけどもうあれの叫び声とか聞こえなかったから」
「おろして下さいよぉ……」
そのやり取りに、諦めて黙っていたらしいレイスが再び声を上げた。
姿勢を下げ、やたらと軽いその体を下ろしてやる。
「悪かった。焦り過ぎたな」
「もう……」
少し赤い顔の彼女から斧を受け取り、再び肩に担いだ。
結果から言うとヒルダの言っていた事は間違っておらず。
大通りに降りた1匹は甚大な被害を出しながらもこちらは早急に対応できた憲兵に足を止められ、増援で駆け付けた冒険者の集団に袋叩きにされて屠られたらしい。
その近くに降りた残る1匹。
やはりそれなりの被害を出しながらも、たまたま近くを通り歩いていたスライの魔法でばらばらにされたらしいのだが。
人ごみを押しのけて進んだ先。
憲兵に両肩を掴まれているスライが叫んでいた。
「離せこの野郎!」
「ふざけるな!これだけ被害出してそのまま帰れるわけないだろうが!」
「うるっせぇ、だったら放っときゃよかったか!?」
「そういう問題じゃないだろうが!」
そのやり取りを眺め苦笑いを浮かべるヒルダ。
笑っている場合ではないだろう……いや。やはり放っておこうかとも思うが。
とは言え、彼にはだいぶ世話になっている。
辺りを見渡した。
確かに、数軒の家屋が明らかな被害を受けている。
勿論トカゲとは別、そのトカゲを一撃で屠る火球の巻き添えの被害を、だ。
「おい、離してやってくれ……」
「リューン!いい所に来た、こいつらになんか言ってやってくれよ!あのまま放っておいたらどんだけ……」
「なんだお前。こいつの仲間か!」
「違う」
「うわ、即答しやがった……」
「……。」
少し悲しそうなスライから目を背ける。
「仲間じゃないが。」
念のため前置きしつつ。
「こいつの言う通りだろ。片付けなかったらあんたら到着する前に何人死んだと思う?」
「だからと言って」
「ギルドから依頼も出ている。言いたくなるのは分かるが、依頼に係わる文句はギルドに言え」
「依頼?どういう事だ?」
「さっき出した。至急だったからな。そういう場合、受注は後でも受け付けてる」
「そんな事……」
今の段階では俺には何の後ろ盾もなく。
むしろ後からやってきた、大斧なんぞを担いだ怪しい奴という視線を感じていた。
結局解決にはならない所へ救いの手が差し伸べられる。
「その人の言う通りだ。被害はうちの方で面倒を見よう」
振り向いた先に、初老の温厚そうな男性が立っている。
誰だ?どこかで見た気もするが。
「リューンさん、話は聞いています。今回は納めるので以降お手柔らかにお願いしますね」
必死に考え、その人物をやっと思い出す。
ギルドでキマムなどと話をしていた折、机が立ち並ぶ一番奥でいつも暇そうに座っていた男性だった。
その言葉から察するに。
恐らく打診などを受けており、以降の俺の立場なども知っているのだろう。
そして使いに出したシャルトルはその役目を果たしてくれたという事だ。
「こちらこそ。あっちも火消をお願いしたい」
大通りの方を指さす。
恐らくあちらのほうでも、町の中を受け持っている憲兵達と、対応した冒険者たちの間で混乱が生じている筈だ。
「仕方ないでしょう。こんな事は少なくとも今までは無かった。何しろ空から来られては」
そう言いながら男性は、この場にいる衛兵の長と思しき人間と話し込む。
暫くの後、スライは不満顔ながらも解放された。
「仲間だと思っていたのに……」
「さっきのは仕方ないだろ」
「なぁレイスちゃん、あいつがこんなひどい奴だとは思わなかった」
「そっちに振るなよ……」
困った顔をしているレイスに、さも悲しそうな声をかけるスライ。
「一応今すぐ依頼出してきた方がいいんじゃないか?」
「そうだよな。あぁ、今日は少し豪華な夕飯つくる予定だったのによぉ……」
肩を落とし、とぼとぼと歩き出すスライ。
自分もその手続きをするべく、それについていく。
大通りの方で対応した者や、憲兵の役職者などでごった返すギルド。
今の立場で変に口を出す訳でもなく、あくまで依頼を受ける一人として列に並ぶ。
やっと回ってきた順番で最初の1匹についての説明を求められた。
憲兵達に囲まれてひたすら質問攻めにあったが、現地で恐らくはミリアが詳細に説明をしてくれていたらしくそう時間はかからなかった。
1から説明するよりは、と言う程度であったが。
説明を終え、2人ともぐったりとしながら宿へと戻る道を歩く。
何と言うか。いや、迷う事などないだろう。
疲れた。
これが一番正しい感想の筈だ。
「でも、報酬出るんですよね?よかったです」
やはり少し疲れた顔のレイス。
「あぁ、でもスライの弁償を見込むだろうからそういい金額じゃないだろうな」
「スライさん、泣きそうでしたよ?」
「あいつはあれでいいんだよ。……一応、今度謝っとこう」
疲れ顔ながらも笑う彼女と静かな食堂を通り抜ける。
ふぅ、とため息をつきながらベッドに腰掛けるレイスが、同じように椅子に座ろうとする俺を止めた。
「リューン様。きっと待ってますよ?」
「……分かってるって」
今いち親近感の湧かない斧を壁に立てかける。
「あぁ、着替えた方がいいかもしれませんね」
「えぇ?いや、いいだろ格好なんて……」
「駄目ですよ。そこ、血ついてるじゃないですか」
返り血だろう、どす黒い染みが出来ているシャツを着替えた。
それを眺めながら穏やかに微笑えむ彼女。
色々と思う所はあるが。
……いや、違う。
さんざ考え込んだが、もう決めた。
その髪を少し強く撫でる。
目を伏せ、ただそうされる彼女に笑って見せた。
「行ってくる。寝てていいぞ」
「……はい。そうします」
後ろ手に戸を閉め、俺は再び夜の通りに出た。




