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冒険者と奴隷少女の日常  作者: 超青鳥
2人の日常02
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2人の日常18

数日後。


俺は剣士の訓練場で土の上に立っていた。

目の前で珍しく真剣な顔を見せるセイム。

その手に握られた鈍らが翻り、俺の握る鈍らとぶつかる。

にぶい音を立てるそれを力を込めて押し返し、今度はこちらから力任せに振り下ろす。

受け止めきれなかったそれを眼前に見詰める彼の悔しそうな顔に、交代するよう告げた。



グラニスは申し出を快く受け入れてくれた。

今この瞬間も、彼女は恐らく何らかの魔術に神経を集中させているのだろう。



そして暇になった俺は、剣士の養成所で臨時の指導者として遊ばせて貰っている。

適度に体を動かせて安全、暇が潰せる、その上……金もかからない。

情けない話ではあるが十分だった。

今日の訓練を終え帰っていく若者たちの背中を眺めながら、片付けに向かう講師のランジとも別れる。

その姿を確認し、こちらへ歩み寄る二人の人影。


「もういい?」

「ああ。2人なら回るだろ。来い」

以前と同じように剣士の訓練が終わった後、セイムとロランに素手での戦い方を教えていた。

その以前と比べれば彼ら2人の実力はそれなりに上昇傾向にあると言えるが……まだまだだろう。

2人をあしらいながら迎えが現れるのを待つ。




大した時間でもなく視界の端にグラニスが現れたのを確認し、そこで訓練を終えた。

悪態を垂れるセイムと、頭を下げて簡単な感謝を述べるロラン。


その悪態を垂れるほうは、あれから顔を合わせていない姉についての話をする事はない。

先日の何とも言えない俺の対応に気を使っているのだろうか。

そしてこちらからそこに触れる事もなく。

その2人を見送り、今度はグラニスに礼を述べる。


「リューン、そんな事は別に構わない。私は知り得る全てを教えたいと思っていたからな」

グラニスが苦笑いするレイスを穏やかな表情で眺めながら続ける。


「所で。以前南の方で、などという話があったのを覚えているか?」

「ありましたね。込み入った話でなければ興味はありますが行くのはちょっと」

「落ち着きつつある、と言う話だから気にする事は無い。実はな――」



南東の国境付近にある山岳地帯。

ここ最近、その付近で小型の飛龍ワイバーンが大量に発生しているのだと言う。

御伽噺の中でしか見た事もないドラゴンの眷属であるとされる2足の羽根つきトカゲ。

以前より山岳地帯でその姿は見受けられたが、近づかなければ何という事もなかった。

それがどうも数を増やしている。


隣国マルト王国まで入り込んでいるその山々。

そこから飛来する飛龍に、近隣を通過する商隊、更に近辺の村でまで被害が出ている。

被害の状況から察するに、恐らくは数が増えたための食物不足であろうと言われているが、やはり実際の理由は分かっていない。


グレトナが以前言っていたのはこれの事だったらしい。

マルト聖王国、そしてクラスト王国双方の正規軍が今もその山岳地帯で戦っている。

空を飛ぶ相手に苦戦してはいるものの、しかしその旗色は決して悪くないという。




「グラニスさん、隣国のグレトナという騎士がそちらに向かっている筈です。細かい事は分かりませんが……あれが現地に着けば恐らく問題なく沈静化させるでしょう」

「お前がそこまで言うその男、以前も話を聞いたが見てみたいものだな」

「じきにこちらに出向いてくる事もあるかもしれません。その折には声を掛けますよ」

「そうか。しかし先日の件と言い、ここの所おかしな話が多いな。何もなければいいのだが」

「そうですね。これで当面は落ち着けると思っていた所なので」

……ある意味では全く落ち着いてなどいないのだが。



そんな話をしながらグラニスとも別れ、かつての毎日と同じように宿への道を2人で歩く。

ただ懐かしく感じるばかりだった道のりは、再び新しい記憶で塗り替えられていた。


「リューン様。やはり私、飛ぶのは向いていなかったみたいです」

「……向いている奴ってのがいるのも信じられないけどな」

「グラニスさんも会った事は無い、と言っていました。でも。空を自由に飛べたら素敵ですね」

「俺はおっかないだけだと思うんだよな……」

その力の抜けた言葉を楽しそうに笑うレイスを眺めながら歩く。




彼女は、先日の話の後も時折考え込んでいる事がある。

考えてみるとは言ったがやはり以前のようにすぐに結論を出せない俺に、今までと同じように接しているのは気遣いなのだろうか。

それとも、彼女の発言通りそれが終わる事を前提にした、今だけの行動なのだろうか。


いつものように彼女に食事を押し出しながらそんな事を考えていた。




彼女の気遣いに甘える訳でもないのだが。

今までと変わらない、何の変哲もない毎日を養成所と散歩、それと寝過ごした気だるい昼過ぎのベッドで過ごしていた。

時折、やっと家の骨組を為しつつある新しい住処を眺めに行っては、まだかかりそうだ、などと言いながら宿に戻る。

そんな折の事。



特に予定もない日だった。

珍しく早起きした俺達が朝食を腹に収めている食堂。

そこに珍しい客が現れた。


客の少ない朝の食堂に響くブーツの音。

その足音が、俺達のテーブルの横で止まる。

若干の眠気を込めた視線を上げた先、そこには中性的な顔の少年兵が立っていた。

忘れようもないその意志の強さを内包した柔らかい表情。


「リューンさん。お久しぶりです」

「おま、ビュート、何してるんだこんな所で……」

そう言いながら、辺りを念の為に見渡す。

現在は良好な関係とは言え、彼はあくまで別の国の正規軍に所属する身だ。

それがこんな所に現れていいのだろうか。


「手紙を届ける途中でこちらに寄りました。大丈夫、ちゃんと根回し済みですよ」

辺りを見渡す俺を少し可笑しそうに笑うビュート。

そしてその様を、意味が分からないと言ったような顔で見つめるレイス。


「……そうか。レイス、前に話したビュートだ。あっちにいた時に世話になった」

そして再び穏やかに微笑む少年兵に顔を向ける。

「ビュート、どこまで聞いてるかは知らないが連れのレイスだ。良くしてやってくれ」

柔和な表情を崩さず頭を下げる少年兵と、明らかに慌てた様子で頭を下げるレイス。


「聞いていた場所に向かったんですが家がなくて」

「何だか知らないが、どうもまだ先になるらしい。悪かったな。探しただろ?」

「えぇ少し。それであちこちで聞きながらここへ来たんですが、実はグレトナさんから祝いの言葉でも伝えてこいって言われていたんです」

「あぁ、まだ……早いかもしれない。移ってからなら何か歓迎もできたんだが」


「いえ、それには及びません。夕方には発ちますし、折角なので立ち寄ったくらいの話なんです。それに、このまま色々と落ち着けば次はゆっくり来られると思います」

「それが普通なくらいになるといいんだけどな」



「リューン様。あの。私、今日は本を読もうと思っていたので、折角なので少しお話でもされては?」

「あぁ……そうか。ビュート。時間あるか?」

「はい。というよりも申し訳ないです。何か予定があったのでは?」

「いや、たまの客にくらいは付き合うさ。レイス悪いな、少し出てくる」

その言葉に穏やかに頷く彼女を残し、俺達は宿を出た。






行き来の激しい往来。

久々に顔を合わせる少年兵を引き連れて歩く。


「最近はどうだ? レイピアは?」

「ええ、実はそのお話もしたいと思っていたんですよ。……それなりに上達しました。リューンさんのお蔭ですね」

「俺は関係ないだろ。そろそろ本当に突き殺されちまうな」

「そんな事ありません。僕なんてまだまだですよ」


「そういやグレトナはまだ南の方か?」

「……はい」

「あんまり話すなって言われてるんだろ? だが流石に俺も少しは聞いた。空飛ぶ大トカゲだってな」

「そんなにかわいい物じゃなかったですけどね」


「お前は?」

「僕も指揮者として現地にいたんですがグレトナさんと交代です。獲物の相性も悪すぎてどうも……」

「そりゃそうかもな」

彼が振るうレイピアを思い出す。

その一突きは人間相手であればこそ必殺の威力を発揮するだろう。

しかしそれが大型の魔物相手となれば頼りない事この上ない。

ある意味、当然の判断だろう。



「騎士にはなれそうか?」

「どうでしょう。皮肉ですね、嫌だと言っていたリューンさんが先にそうなってしまうなんて」

「なんだか悪いな。ただの偶然で、正直戸惑ってるくらいだ」

「そんな事ありませんよ。それに偶然でもいいじゃないですか。でもなんとなく、あなたを見ていると遅かれ早かれそういう話はあったと思います」

そう言いつつも少し悔しそうな顔をして見せるビュート。

それに何とも言えない笑顔を返す。


だらだらと話しながら歩む足は、何となく町外れに向かっていた。

もう遠くに訓練場が見える辺りになっている。


「なぁビュート。レイピアは?」

「見て貰えますか? 宿、すぐそこなんです」

「昼までなら多分、場所借りられるぞ?」

「……すぐ取ってきます」

振り向き走り去る彼の後ろ姿。

相変わらず生真面目なその背中を、苦笑いしながら眺めていた。



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