表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冒険者と奴隷少女の日常  作者: 超青鳥
行く果てを語る上での蛇足 その5
117/262

20

2国の兵達が坐する夕食前の時間。


明日ここを発つ俺達は、逆にここに残るクレイルを囲んでいた。

思えばここ暫く、殆どの行動を共にしていた。

仮にパドルアに戻る事となっても、彼の存在に違和感は感じない筈だ。


少し寂しい彼は口数が多い。

……余計な発言も。

「リューンさん、結局あの子はなんだったんですか?」

「グラニスさんの知り合いだ。そんな事よりも――」

恐らく気にするであろうレイスの方を見ずに答え、話の腰を折った。

その後もスライに絡む彼を面白がってヒルダが囃し立て、結局クレイルが馬鹿にされるという事を何度も繰り返している。

苦笑いしながら、もう大丈夫だろうと振り返る視線の先。

レイスは皿の上をじっと見つめていた。


「どうした?口に合わないならスライに文句言ってくるぞ?」

その言葉に、レイスは慌てて顔を上げ笑って見せる。


先日からずっと悩んでいた風だったが、この所ではそんな事を考えている余裕もなかった。

それが終わった今、再びそこに没入しているのだろう。


「お前が話したい時に話せばいい。あまり気に病まないでくれ」

「……はい。すみません」

再びこちらに顔を向ける彼女の微笑は、先日から時折見せる何かを内包した物のままだった。






夕食を終え、明日の移動に皆が備えている頃。

俺には大した荷物もなく、手持無沙汰な時間にただ天井を眺める。


……グレトナには暫く会う事もないだろう。

先程の流れもあり、少し話そうと考え部屋を出た。




長い廊下を歩く。

窓の外、少し遠くでレイスとライネが何か話し込んでいるのが見えた。

声をかけようかと考え、彼女が見せていた微笑を思い出してそれを思い留まる。

俺以外の誰かに相談したい事もあるだろう。

それが何かは分からないが、何れにせよライネは強い良心を根底に持った回答をする筈だ。

そこに割って入る必要はないだろう。


俺はそこから視線を外し、予定通りマルト王国の兵達が集まっている区画へ向かった。




「よう、今度は一人か?」

「さっきは悪かった。あまり気にもしていなかったが……すまない」

「別に謝るような事じゃないだろ。でも、お前はもう少し気を付けた方がいい。なんというか。今後も体よく利用されそうだ」

「阿呆だと言われているような物だな」


「そうだな」

「……否定しろよ」

俺の不満げな顔に、嬉しそうに笑い声を上げている。


「だが、これでお前も騎士様だな。俺と一緒じゃねぇか」

「一緒じゃないだろ。地方都市の小貴族だ。それに職位とか、そんな物はどうでもいい」

「お前なぁ。それを懸命に欲しがる奴だっているんだからな?」

その言葉に、一人の少年兵を思い出す。


「グレトナ。あいつ、ビュートはどうしてるんだ?ここには同行していないようだが」

「あいつは今、南の方だ。色々あってな」

「色々?」

「まぁ、聞くな。面倒くさいぞ?」

先程のミネルヴとのやり取りとも何か関係があるのだろうか。

とはいえ彼の、巻き込むなと言う発言を無碍にするべきでもないだろう。


「あいつ元気か?手紙の一つも寄越さないからな」

「手紙出したって言ってたぞ?届かなかったのかよ。しょうがねぇなぁ」

「本当かよ。悪い事をしたな。無視しているみたいだ」

「そうは思わんだろ。頑張ってるぞ。お前が要らないっていう騎士を目指してな」

流石にばつが悪く、苦笑いを浮かべる。


「悪かったって。でも、元気にしているならいいんだ。会ったら宜しく伝えてくれ」

「お前の所で養ってやれよ、騎士様」

「ふざけんな。当人だって納得しないだろ」

「まぁそうだろうな」


ひとしきりの沈黙。


「なぁリューン。あまり余計な事に首を突っ込むな。早死にするぞ」

「そう心掛けてるんだけどな。今回も運が良かった」

「本当だ。あの時いたのが俺じゃなかったらあの場で死んでいたかもしれねぇぞ?」

「否定できないよな。あれも安全だって言うから着いて行った筈だった」


「貴族だの騎士だのっていう奴をあまり信用しない方がいい。自分の目的の為に犠牲を出す事に躊躇がない奴らばかりだ。……本当に気をつけろ」

「わかった。とりあえず自分を疑う事から始めるか」

「なんだそりゃ。哲学者かよ」

グレトナが思い切り顔を歪めている。

哲学者に何か嫌な思い出でもあるのだろうか。


視線を巡らす。

概ね、マルトの軍は明日の出発の準備も終えているようだ。


再び視線を戻した先、隣国の騎士が差し出す右手を握り返した。

「じゃあな、たまには遊びに来いよ」

言いながら笑顔を見せるグレトナ。

それに答えるように笑って見せた。

「ああ、じゃあな。お前こそ遊びに来てくれよ。多分、退屈している筈だ」

「パドルアか。面倒くせぇな」

「おいおい……ひどいな」

また楽しそうに笑って見せるグレトナと別れ、再び俺は1人となった。





今晩までの自室を目指して歩く。

窓の外。

レイスとライネはまだ話し込んでいる。

俯いたレイスの右手、それをライネが両手で握っているのが見えた。


少し考え込み、しかし結論が変わる訳もなく。

軽く溜息をつきながら視線を外す。

そのまま、自室へと足を動かした。





床に無造作に並べられた、使い慣れた武器と革鎧を眺めた。


色々な事があったが、明日にはここを発つ。

今回の件にも思う所が多々あった。

目の前で命を落とした者たち。

彼らの顔を思い出し、しかしすぐにそれについて考え込むのをやめた。

過ぎた事に思案しても、今からそれを変えることはできない。

まして死んだ者が帰ることなど。


少し陰鬱な気持ちを内包したまま、早々とベッドで天井を眺める作業に切り替える。

大した時間もかけず、俺はその作業半ばにして眠っていた。






翌朝。


クレイルを除く俺達5人は、建物の外で落ち合っていた。

もう工兵の部隊は町に出ている。


先程出発したマルト王国の兵達。

ミネルヴやラヴァルが儀礼的な挨拶を行い、それを遠目に眺めていた。

門を出る際に振り返ったグレトナと目が合った。

笑ってみせるそれに、こちらも軽く手をあげて見せる。

多分。こんな感じでいい筈だ。

満足そうに振り返ったグレトナの背中は他の兵達に交じりすぐに見えなくなり、その兵達の背中も町の中へ消えて行った。





続いて出発する俺たちを、ラヴァルとミネルヴ、そして警護に出ていない正規兵達が見送ってくれた。


「ラヴァルさん、お世話になりました。またどこかで」

「私と会うという事は戦だろう?こんな事、ないに越した事はないな」

その物言いに苦笑を浮かべた。

「それでも、もしパドルアに寄る事があれば言って下さい。大した歓迎はできませんが」

「わかった。たまには用もなく王都を出るのも悪くないかもしれないな……」

少し疲れたような笑顔を浮かべるラヴァルと握手を交わす。



やはり少し寂しそうなクレイル。

「またパドルアに寄ってくれよ。結局、剣の勝負もついてないしな」

「覚えていてくれたんですか。……今度は刀身握るのは無しですよ?」

「わかったって。あとお前、余計な事口走るのやめろよな。そのうち絶対にひどい目にあうぞ?」

「あぁ……。気を付けます」

どこか更に寂しげな空気を醸し出すその肩を強く叩く。

「頑張れよな」

「リューンさんこそ、色々と大変そうですが頑張って下さい」

「……お前、わざとだろ」

楽しそうに笑う彼とも握手を交わす。



振り向く先、ミネルヴがスライと言葉を交わしている。

ひたすら穏やかなミネルヴの表情と、あまりそういったものを表に出さないスライの少し心配するような表情が印象的だった。

こちらの視線に気づいて話を切り上げるミネルヴとも簡単なあいさつを交わした。




俺達はパドルアへの帰途に着いた。

来る折とはまるで違う、全く急ぐ必要がない道のり。

共に帰る馬たちの表情も幾分か穏やかに見える。


街を出て振り返る城壁。

全ての人間が消失した街、ウルム。

隣接する2国との国境の町。

この街が再び交易で賑わうのはいつの日かわからないが、次は死人以外が闊歩するこの街を見てみたいと思う。


腕の中のレイスは昨日から言葉少なだが、やはり感慨はあるのだろう。

馬の足を止めて振り返った際、眺める視線は俺と同じ方角だった。


願わくば。

これから先も、彼女の視線が俺と同じ方角を指してくれる事を。

できる事ならば永遠に。


彼女の視線が城壁から外れるのを待ち、再び振り返る。

少し先に進んだ皆の、何をしているというような顔。

軽く馬の腹を蹴り、それを追いかけた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ