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冒険者と奴隷少女の日常  作者: 超青鳥
行く果てを語る上での蛇足 その5
105/262

8

俺達は予定通りの作業を始めた。



兵達の中から弓の使い手を集める。

見える範囲の不死者へ割り当てを決め、一気に矢を放つ。

余計な散歩人が出てくる前に腕力がある人員が門を閉じた。

幸い、この門はうまくいった。

矢を十数本消費しただけで閉鎖を終え、次に向かう。



出入り口、と言う程度の小さな門に到着した。門扉がない為、十数人を残し次に向かう。

ここに残る人員の中には弓使いを2人と僧侶を1人配置し、残りは前衛だ。

彼らはあくまで封鎖する事が目的である。

大人数と対峙する可能性は無いと考えているが、交代を考えればこの程度の人数は必要だろう。

危険を感じたら逃げるよう伝えた上で次に向かう。





……結局。

各所を閉鎖して回った結果、残る人数は50人程度となった。

そしてその中の大きな門を1つ選んで主戦場に設定する。


ここからは少人数の部隊で進入、片づけを行う。

2組が同時に進入し、これを3交代で行い、進入していない物はここで門番となる。

本音を言えば同時に進行できる組数がもう少し欲しかったが、期間がかかる事が折り込み済なのを考えれば十分だろう。


外周をさんざうろついた結果分かった事。

こちらが余程目立つ行動を取らない限り、町の中への影響は少ないようだ。

特に物音にはひどく鈍く、目視で確認できるような距離でもそこそこ近い位置に行かないとこちらを認識しない。

気にしていないのか見えていないのかは分からないが。



そして夕暮れが迫る中、様子見として6人が侵入する。










絶叫する女の頭に、肩の後ろから引き抜いた剣を叩きつける。

手を広げたままで崩れ落ちる姿を確認もせずに振り返った。

横から迫る男に左の拳を叩き込み、その顔が再びこちらに向き直る所へ今度は右の拳を叩き込む。

全体重を乗せた鉄の塊はその頭を打ち抜き完全に破壊した。

跪いたままの女の頭に足を掛けて剣を引き抜きながら辺りを見渡す。

クレイルが肥満体の男の首を跳ね飛ばしている。


別の不死者を正規兵が棒状の武器ポールウェポンで殴り伏せようとしていた。

その棒の先端についている斧の部分が頭にめり込む。

しかし角度が悪かったのか、未だ暴れる男がその棒を掴んだ。

低い悲鳴をあげて逆に振り回される兵士。

助けに入るために走り出した所で、男の頭が氷の槍で吹き飛ぶ。

振り返ると、いつものようにレイスが無表情に右手を下ろす所だった。

その隣でスライが真っ赤に輝く火球を頭上に掲げている。



再び振り返る通りの先。

十数人の不死者がこちらにむかって鈍い動きで走ってくる。

この距離ならばいい頃合だろう。


「よし、逃げるぞ!」

こちらを見て頷き、踵を返すクレイル。

転倒していた兵に手を貸して立ち上がらせ、走りながら叫ぶ。


「スライ!いいぞ!」

「いつまでも待たせるんじゃねぇっての!」

威勢のいい台詞を吐きながら放たれる火球が、走ってくる不死者の群れに吸い込まれていく。

直後、石畳に窪みを作りながら火柱を上げる爆発が、彼らをただの肉片に変えた。








俺達が主戦場と決めた門を固める正規軍の兵達。

その少し先で、仮の1班として俺達は戦っていた。


ヒルダは別の班に回って貰う事にしている。

彼女の観察眼と腕を信じ、各班の戦力の見極めをして欲しかったからだ。

同様にスライとクレイルにも次からは別の班に入って貰うつもりだ。


ライネは恐らくこの集団の中で一番その癒しの能力が高いと判断し、控えとして門に残ってもらう事にしている。

負傷しても、辿り着いた時に生きてさえいればその命は繋がるだろう。


そして。

何を言われてもこれは譲る気が無い。

レイスは俺と同じ班だ。










門を守る兵達とラヴァルの視線を感じながら一度大きく息を吐く。


「もう少し進む。日が暮れたら今日は終わりにしよう」

それに頷く彼らとゆっくりとその通りを進む。


時折と言うほどには間も空けず、左右の建物からのろのろと出てくる不死者。

それを2,3人までは前衛が片付け、それを超えるとレイスが氷の矢を放つ。

先程のように纏まった数が居る場合には距離をとって魔法で吹き飛ばす。

極めて効率よく掃除を行っていた。


通りの左右に立ち並ぶ家の裏側にも、当然建物が立っている。

一本道であまり奥へと進むのは危険だろう。

道が交わるところで右へ曲がり、一本裏手の通りで折り返す。



狭い道幅、その奥に十人程度の不死者が見えた。

再び火球が叩き込まれ、爆発音と周辺の家屋の窓が割れる音が響く。

早足にその破壊の跡を進む先、再び数人が出てくるのを見て走り出した。


こちらを見て絶叫するその恐怖を貼り付けたままの顔。

走りながら、体重を乗せた右拳を叩き込む。

ひっくり返るそいつの処理を後回しにし、向かいの家から出てきた老人の頭に再び肩から引き抜かれた剣をめり込ませる。

振り向く先でクレイルが事も無げに別の男の首を刎ね、俺が殴り倒した不死者が立ち上がろうとする所を棒状の武器が叩き潰す。


見渡す範囲に動くものがない事を確かめ、再び歩き出した。




さして危なげなく門近くまで裏道を進み、再び元の通りに戻った。

一度見えなくなった俺達が、目と鼻の先から再び現れたのを見る門からの視線。

どうだ、という事でもないがある程度実力は見せられただろうか。


仰ぐ空は暗くなり始めている。

今日はここで一度終わりにして戻る事にした。




ラヴァルが可笑しそうに声をかけてくる。

「なんだお前達だけでも十分なんじゃないのか?」

「冗談言わないで下さい。ここで戻る場所を確保して貰っているからです。協力無しであんな好き放題はできない」

「そうか。模範的な回答だな」

そう言って大きく笑う。

本気で言った事だったので少し気に入らなかったが。


「続きは明日にします。野営の準備、それと夜間の見張りを決めましょう」

「そうだな。それも任せよう」

その言葉に少しうんざりしながらも大雑把な指示を出す。

しかし正しい訓練を受けた正規兵達は、そんな指示でも適当に動きはじめてくれる。

胸を撫で下ろしながら彼らの作業を少し手伝う事にした。





篝火を多めに焚き、野営の準備をする。

町の入り口で野営など滅多に無い事だ。


見張りはこちらが大所帯な事もあって人数を多めに裂いている。

結果から言うと夜間襲撃を受ける事は無かった。

やはり彼らは人間のような生活をしているのか。

まさか家のベッドで横たわってなどはいないと思うが。



簡単な食事を取り、見張り以外の人間は戦場ながら適当にその時間を過ごしている。

あまり褒められた事ではないが…やはり何となく仲間内で集まってしまう。

正規兵達の中に入って行き無理に話し込んでもいいが、残念ながら俺はそういった事はあまり得意ではない。

恐らくそういった事が得意であろうスライがここで座っている時点で、交流など程遠い雰囲気だった。


「さっき俺らが片付けたのがまぁ30人だとすんだろ?同じ事何日続けるんだ?」

「知らん。まぁそれなりに長いだろうな。概ね片付けた所でやり口も変えないといけない」

「隣国の連中は?」

「同じような行動を取っている筈だ。もっと上手いやり口があるなら明日にでも伝令が来るだろ」


「ああぁ。俺、浴場行きてぇんだけど…」

「1人で行って来いよ。どっかにあるだろ」

町の中を指差す俺にスライが顔を歪ませる。


「ひでぇな」

「…悪かった」

いつも通りのどうしようもないやり取りに皆が苦笑いを浮かべている。


やはりいつものようにおどけたような仕草のヒルダが言う。

「しかしあいつらには同情するよ」

「あぁ、殺された挙句あんな風に歩き回っているんじゃな」

「そうじゃないよ。運が悪いんだか知らないけど、あんたとやりあった奴らがだよ」

「何でだよ。誰でも一緒だろ?」

「あんたと戦ってる奴らは痛そうなんだよ。ぶん殴られてその後で頭叩き割られたりさ」

その言葉に考え込む。

確かに一撃で首を刎ねたりはせず、一手挟む事が多い。


「なんていうか。癖なんだよな…」

顔を歪めながら回答を出す俺に、ヒルダは呆れたような表情をしている。


「いやいや、別にそんな真面目に考えなくていいってば。とりあえずあの時、あんたに追っかけまわされなくて良かったよ」

再びおどけたような表情をする彼女に、実際には追いかけていた事を心の中で毒づく。

その事実を知るレイスとスライが噴き出し、それを見るヒルダとライネが怪訝な顔をしていた。

もう1人、詳細を知っている筈のクレイルは先日のように大口を開けて眠っている。




その眠っているクレイルの後ろからラヴァルがやってきた。


「少しいいか?」

「お疲れ様です。何かありましたか?」

一応立ち上がろうとする俺を手で制し、輪の中に自然に入ってくる。


「いやな、お前の事はミネルヴから聞いた事と昨日から見ている事しか分からない。少し話をさせて貰えないか?」

「喜んで。…場所を変えましょうか」

再び立ち上がろうとする俺をやはり手で制し、俺の隣でレイスが座っているその反対に腰を下ろす。


「腕が確かなのは聞いていた通りで安心した。いい仲間に恵まれているのも見て分かった」

それを聞いたスライが得意げな顔をしてこちらを見ている。

その視線を無視してラヴァルに答える。


「みな冒険者の仲間です。ギルドでのランクも高い。…俺とこいつ以外は」

ラヴァルの視線がレイスに移る。


「魔術士か。腕は良さそうに見えるが?」

「彼女はまだ発展途上です。頼りにしていますが、まだ伸びるでしょう」

言いながら振り返ると、見慣れた右目が嬉しそうに微笑みながらこちらを見上げていた。




「ところであまり聞くのもなんだが。そっちが愛人か?」

再びラヴァルの方へ振り向く。

多分、口が開いていたと思う。


「それは一体どういう意味ですか?」

俺の搾り出すような声。

スライの笑い声が聞こえる。

視線の端でヒルダが目を爛々とさせているのが見えた。

その隣、ライネは眉間に皺を寄せている。


「女を囲うのに今回の仕事を請けたと聞いていたからな。どんな下衆かと思って来てみればそういう雰囲気でもない。……おい、もうその顔をやめてくれ」

ラヴァルが笑いながら俺の顔から目を背ける。


…あの女。

気を取り直してスライの方に振り返る。

「おいスライ。本当お前の連れ、何て事してくれてるんだよ…」

「お前…」

スライの出自が秘密なのを忘れて余計な事を口走ってしまった。


「なんだそっちはミネルヴ様の友人か?お前、本当に何者だ?」

ラヴァルの驚くような声。


「いや、昔の学友との事です。よくは知りませんが」

慌てて適当な事を言う俺、そしてスライが天を仰いでいる。

…あんな顔をしているのを初めて見たが、そんなに嫌なのだろうか。



そこへ。

余計な事を言う奴が、余計な口を挟む。

「リューンさん、それじゃあの子はどうするんですか?」

いつから起きている。

そしてもうその話は終わっていた筈なのだが。

しかも隣にレイスが居る。


「…なんだ?本当だったのか?」

もう良くわからないといった顔で老騎士が再びこちらに視線をやるが、

俺はクレイルに黙れという視線を送るのに忙しい。

ひとしきりそれを終えた後でレイスの方を振り向くと、彼女は微笑んだまま俯いている。

もう、その薄い微笑の意味も何となく分かっていた。



「違います。…そういうのじゃありません」

振り返って言い切る俺にラヴァルが噴き出す。


「本当、おもしろいなお前は。いい仲間もいるようだ。心配する事もなかったか」

嵐のように場を掻き回した老騎士が立ち上がる。


「邪魔したな。明日も頼むぞ?」

今度こそ立ち上がり、頭を下げた。


「…はい。よろしくお願いします」

その言葉に再び笑いながらラヴァルは去って行った。


その視線の下で心なしか少しすまなそうな顔をしているクレイル。

もう何も言うまい。





再び座り込む。


「寝るか…」

「あぁそうだな」

「明日も早いからね」

「そうですね」


別に答えも同意も求めてはいないが、いい頃合だろう。

皆、ほぼ座っていた配置のままで皆、横になり始める。

この中から見張りを出さなくていいのは、少し不安ではあるが快適だった。



右隣で横になったレイスの横顔を見詰めていた。

仰向けになった彼女の髪は顔から滑り落ち、傷で塞がれた左目があらわになっている。

何となく寝付けずに見詰める視線の先、彼女の顔がこちらに振り向く。

見られていると思っていなかったのだろう、一瞬びくりと体を震わせた彼女の顔が微笑んだ。


その目に薄く涙が残っている。

横になったまま右手を伸ばし、その涙を拭う。

戻ろうとする手を彼女が掴み、それを胸に抱き寄せた。

言葉を交わすでもなく握り締める彼女の細い指を、強く握り返した。


本当は、心底彼女と話し込みたかった。

彼女の心の奥底の気持ちを全て知りたかった。

しかし今はそんな事をするべき時ではないだろう。

「これを終えたらちゃんと話してくれるか?」

囁くような小さな問いかけに彼女が頷く。



彼女と出会ってからの出来事を色々と思い出していた。

しかしそれはそう長い時間でも無く。

俺たちは暫くの後、手を握りあったまま眠っていた。


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