池波志穂の挑戦
今日はバレンタインデー。私も今年こそはと思って手作りチョコを用意した。
友人であるアキちゃん(西片亜紀)とヒロちゃん(山瀬宏美)、ヨウちゃん(由岐陽子)には自分に好きな人がいると言う話はしていない。
この面子はあまり恋バナで話が咲くことがないのだ。皆それぞれ自分がやりたいことに夢中で男の子のことにあまり関心がないみたいだった。でもその割に他人のことには敏感で、どのクラスの女の子が誰某君に関心がある様だとか、誰と誰が付き合ってるとか誰と誰は別れそうだとか実に詳しく知っている。もちろん、こういう話は私が振らないと教えてくれない。私が聞いて初めて答えてくれるのだ。私がうとすぎるらしいんだけど。
私がチョコを渡そうと思っているのは同じクラスの長柄君。1年の時も同じクラスであまり話したことはなかったんだけど、気になる男の子ではあった。それが好きと言う感情に変わったのは2年になって、アキちゃん達といるようになって長柄君と話す機会が増えた所為でもある。
ああ、どうやって渡そう。ずっとそればかり考えて午前中は過ぎてしまった。
「池ちゃん、お昼〜」
ヒロちゃんがいつものように私を呼んでくれる。
いつものようにアキちゃんの席に集まってお昼御飯を食べておえた。
おもむろにあきちゃんが大きめのタッパーを取り出した。
毎年アキちゃんが用意してくれるヴァレンタインのお菓子だ。家庭科部でヴァレンタインのチョコを作るそのついでだとか言ってたけどアキちゃんの作るお菓子は美味しいから毎年楽しみ。
アキちゃんが今年用意してくれたのはガトーショコラ。ワクワクしながらヒロちゃんと一緒に手に取る。ヨウちゃんは風邪をひいたらしくお休みで、今頃きっと悔しがっているだろうなと思う。明日きたら食べられなかったことを盛大に嘆かれるのかな?
ふと視線を感じてその方に目を向けた。
蛇に睨まれたかえるってこのことを言うのだろうか?
日生君がこちらを睨んでいた。はっきり言って凄く綺麗な顔だちをしているから睨まれると恐さが倍増する。訝ったアキちゃんがどうしたと聞いてきたのでただ目線でひたすら後ろを見て欲しいと訴える。とてもじゃないけど言葉はでない、恐すぎて。
アキちゃんが後ろを向くとようやく日生君の視線が外れる。思わず深く息を吐いてしまう。
「「はああ」」
ユニゾンになったため息に、ヒロちゃんと顔を見合わせアハハと乾いたため息をお互いに漏らした。そして長柄君がこっちににっこり笑いながら来るのを見て思わず心臓が大きく跳ねた。
長柄君がアキちゃんのすぐ横に椅子を引っ張ってきて座る。少しばかり心が痛い。長柄君はアキちゃんと仲がとても良い。私もアキちゃんみたいに気さくに話し掛けられればもっと仲良く成れるんだろうか?ぼんやりと思っていたが又視線に気付きそちらへ目をやってしまった。
ああ私の愚か者!
夜叉のような形相の日生君を見てしまった。
もう恐すぎて目を離すことができない。綺麗な人が怒るとこんなにも凄まじいんだと頭の片隅が現実逃避を始めている。
椅子をひく大きな音がして日生君が教室を出て行った。ようやく金縛りが解けた。
「「こ、こわかった〜」」
またヒロちゃんとかぶってしまう。どうやらヒロちゃんも見てはいけないものを見てしまったようだった。
日生君に背を向けていた二人は不思議そうに首をかしげている。アキちゃんはのんびりと日生君が不機嫌だったかと聞いてくる。
「「あれは不機嫌なんてもんじゃない!」」
思わずヒロちゃんと二人叫んでしまった。本当に恐かったのだ、あの日生君は。何故怒っているのか皆目わからないけど、でもその怒りの凄まじさだけはびしびしと伝わってきたのだ。
長柄君もとぼけたことを言ってくる。
それにアキちゃんが突っ込んで、話は長柄君のチョコ問題に移ってしまった。
長柄君が誰からもチョコレートをもらっていないと聞き、思わず私はチョコレートを手渡してしまった。
長柄君の手が私の手ごとチョコレートの箱を掴んだのでもう頭は真っ白だった。
恐怖と狂喜の間を行ったり来たりしていた私の心臓はもう持たないかもしれない。
アキちゃんにからかわれてようやく思考がもどって来そうになったが長柄君の嬉しそうな顔を見てまた舞い上がってしまう。
長柄君が自分の席にもどった後、さんざん二人にからかわれた。そして、自分の恋心がとっくの昔に二人にばれていたのがわかってかなり恥ずかしかった。多分ヨウちゃんにもばれているのだろう。私ってそんなに顔に出やすいんだろうか?でも三人ともかなり鋭い方だからなあ。
私は舞い上がったまま2月14日の挑戦を無事終えたのだった。




