第32話 暗殺者と後輩
詰め込まれていた銀髪が解かれる。透き通った肌、薄桃色の唇に見透かすような碧眼。
流暢な日本語からの西洋人形のような可憐な少女。見慣れているはずなのに、この瞬間だけはつい見入ってしまう。
(……さすがは伊咲)
動揺する博希に対して、伊咲は眉一つ動かさずに見据えている。
その姿は仕事に励む時の彼女そのものであった。遊びに来ているんじゃなくて、仕事として彼女は来訪している。浮かれポンチな俺とは違うというわけだ。休み過ぎた弊害か。
「初めまして、私は真白。先週から博希の世話になっている。で、博希……こちらの方は?」
「ああ彼女の名前は伊咲璃奈。会社の後輩だ。伊咲からもなんか一言二言頼むわ」
「分かりました先輩。自分の名は伊咲璃奈。倉持先輩とは、くんずほぐれつの仲です。どうぞよろしくお願いします、真白さん」
ドスの利いた「…………はぁ?」という低音に合わせて真白のこめかみに青筋が入る。
「語弊がありそうな言い方をするな。手取り足取り……いやそれもあれか? 元は教育係と追随者で、今では信頼できる同僚ってとこか?」
「せ、先輩……自分のことをそこまで大切に想ってくださっていたのですね。自分、倉持先輩と一緒に働けて幸せです!」
「……チッ……ねぇ博希。処していい? いいよね、処しても?」
可愛いお口から盛大に破裂音が奏でられる。暗殺者である彼女は基本的に感情を表に出すことはない。その感情のせいで予期せぬ出来事に見舞われる可能性があるからだ。フードを脱いで顔をさらけ出してもそれは変わらない。そのことは先の買い出しやらで経験済みだ。にもかかわらず、真白が初対面の相手に感情をあらわにしている。
俺や刺賀姉弟の前以外でこんなに感情豊かな真白が見れるとは思わなかった。もしかしたら、この二人ってかなり相性がいいんじゃないか。
「言い訳あるかい。伊咲も伊咲で煽るようなことはするな、難しい年頃なんだから……」
「はい、すいません。先輩と会うのが五日ぶりでしたので、ついはしゃいでしまいました」
「非を認めて謝れる、そこは偉いんだけどな」
「ああ……あああああ! やっぱ倉持先輩しか勝たんっ!!」
「……チィチッ……絶対処す……」
ただ会うたびに毎回この調子だと、真白のお口がどんどん悪くなる。その点だけは留意しておかないと。あと、伊咲のキャラ崩壊が止まらないんだけど、本当にこの五日間なにがあったんだよ。
伊咲の来訪により会社の内情をより詳しく知ることができた。
月曜日の午前中上司が電話応対をした、その刹那から別会社かと思うほど上司を筆頭に仕事に対する意識が変化していた。変革といっても差し控えないほど劇的に様変わりした。
仕事量を半分以下にしても、社員の全員が定時退社できるようになっていた。しかも休日出勤も今後必要ないというお達しまで下ったというのだ。我が社は一夜にして、ブラック企業からホワイト企業に一変した。その主な要因は至ってシンプル、ただ単に仕事を分配して行うようにしただけである。
話を簡潔にまとめると、サボっていた子がちゃんと働くようになった。
ひとりはみんなのために、みんなはひとりのために。
つまりはそういうこと。
七日ぶりに出勤した時、普通に会社を間違ったのかと錯覚を覚えるほど、雰囲気が異なっていた。陰鬱な空気が漂っていたはずのオフィスも快活な澄んだ空気へと入れ換わり、誰もが晴れやかな顔で業務に勤しんでいた。
事前に伊咲の口から聞かされてはいたけど、実際に味わう景色は格別だった。この時ばかりは、辞めなくて良かった、耐え続けた甲斐があったと痛感した。
めでたし、めでたし――。
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