街の状況を把握します。
ーーー数日後、ホロビタの街近辺。
「……本当に、復興しているのですね」
高台から街並みを見下ろしたオーディアは、その光景に目を細めた。
壊滅した状態でしか見たことがなかったけれど、領主館に向かって真っ直ぐ伸びる大通りは、瓦礫や倒壊した建物の破片がない状態だとかなり広く見える。
比率としては石造りの建物が多いことは把握していた。
大きな国と違い、結界で魔物の侵入を防げないことや兵士なども多くは配せないことから、快適さより壊れにくさを重視しているのだろう。
双子と、教会で合流したマムを連れてホロビタの街に向かったオーディアは、イロカと合流した。
【不死兵団】に属した従軍時代に、逸れた相手とどう落ち合うか習っており、お互いにその方法を知っている。
今回は元々、『ホロビタの街の状況を確認する』という前提があっての追跡なので、イロカは相手の目的地を確認した時点で張り込みに移行し、二日以内に合流できなければ帰還する手筈だった。
待ち合わせ場所の条件は三つ。
道沿いで人目につかないこと。
街の入り口が視認出来ること。
本部の位置と待機場所を直線で繋いだ際、東西南北の極力近いポイントであること、だ。
この場合の『本部』は、オーディア達が暮らす教会である。
ホロビタの街からは、南北にそれぞれ街に通じる道が伸びており、フーインの町はその南西側に存在している。
つまりイロカが居た場所は、ホロビタの街の南西側で入り口が見え、茂みで身を隠せる位置……今いる高台の上、という訳である。
合流して情報を交換したところ、どうやら旅人は街中で宿を取ったらしい。
「位置は?」
「街の地図はあるゅ☆」
イロカが差し出してきたそれを見て、オーディアは首を傾げた。
「どこで手に入れたのです?」
「街に入って案内図を買ったゅ☆」
「……あまり、独断で危険な真似をしないで下さい」
「皆親切だったゅ? それなりに普通の街だったゅ☆」
「単独行動で万一があれば、皆が悲しむと言っているのです」
肩を竦めるイロカから地図を受け取り、オーディアは街図を眺めながら説明を受けた。
街の南西側、領主の館から一番遠い位置にフリジィオのお墓を含む街の墓地があり、イロカが言う旅人が入った宿は大通りの中ほどだそうだ。
宿の前、大通りの中央から少し入口寄りの場所は広場になっており、真ん中に鐘を打つ為の塔が立っているらしい。
頭の中にある廃墟の景色と照らし合わせながら、オーディアは情報を頭の中に叩き込んだ。
「先ほど言っていた『それなりに普通』というのは、どういう意味でしょう?」」
その問いかけに、イロカはパチリと片目を閉じた。
「ーーー住んでるのは全部、傀儡の魔術で操られた人形だゅ☆」
「……『魔性』の仕業であることはほぼ確定、と」
「だゅ! 人と変わらずに受け答えするゅ☆」
傀儡の魔術は人間にも扱えるが、優れた人形師であっても、一度に操れるのは10体に足りない程度。
数が増えれば増えるほど、1体の操作精度は下がる。
人知を超えた知覚がなければ、人と変わらない精度で受け答えする傀儡人形を無数に操ることは不可能なのだ。
「貴女が街に入ったことで、こちらの動きがバレたのでは?」
「あの旅人の行き先を見失うのと、どっちが良かったゅ?人 それに他にも、街中には事情を知らない来訪者がいるゅ! 大丈夫だゅ☆」
ゴソゴソと持ってきた荷物を探りながら、イロカが答えた。
相変わらず楽観的な意見だが、最初に述べたことについては一理ある。
「どうなさいます? マム」
情報交換を終えて、オーディアはマム・サンチに問いかけた。
流石に【清めのお香】は燻らせていないが、代わりに棒のように長い包みを持っている。
「街を作った犯人は、ほぼ領主で確定だろう。殺す前に、事情は本人に吐かせりゃいい。……ガキを連れ出しに来たのが女吸血鬼だってんなら、無関係でもないだろうしね」
ミルのことを口にする時、傷のついた顔を歪めながら、マムはそう吐き捨てた。
マムは、子どもに触れられない。
彼女の夫であった義賊……【勇者小隊】の斥候を務めた男は、滞在していた街を襲撃して来た『魔性』の指揮する魔物に襲われそうになった子どもを助けようとして、彼女の目の前でバラバラに吹き飛んだ。
『襲われていた子ども』自体が、厄介な義賊スカウタを始末する為に、魔物側の仕掛けた罠だったのである。
指揮をとっていた『魔性』は、至近距離に近づいたスカウタを部下の魔物ごと、子どもに仕掛けた爆発魔導具で吹き飛ばした。
それ以来、マムは子どもに近づけなくなった。
クーロとシロンくらいの年齢や近しさでもまだ抵抗があるらしく、同時に『容赦』することも出来なくなってしまったらしい。
聖女に対する『最前線では、他人を救おうとして自分も死ぬくらいなら、自分の回復と敵の殲滅を優先しろ』という鉄則は、マムが定めたものだ。
その為、治癒の力を基本的には他人に使わなければならない【聖女部隊】は、戦闘能力があっても後方に配置されていた。
この鉄則は、少なくともオーディアにとっては正解かどうか、分からない。
定められた後にその鉄則を破ったのは、たった一度だけ。
フリギィオら【勇者小隊】と共に魔神討伐戦に参戦し、自分以外が戦闘不能になった時だ。
たった一人しか治癒出来ない状況で、自分ではなくフリギィオの治癒を優先した。
それで無事に魔神は討伐したが、代わりに動くことが出来なくなり、彼が死んでしまったのだ。
が、もし自分の全身の打撲などを回復していたら、魔神を討伐出来たかどうかは分からず、諸共死んでいた可能性もあった。
『他人を救おうとして自分も死ぬくらいなら』という面で考えれば、オーディアは生き残ったので選択は正しかっただろう。
だが、結果だけ見れば、マムが夫を失ったのと同じように、オーディアもフリギィオを失っている。
所詮は結果論なのかもしれない、とは思うけれど、マムの気持ちも分からないではなかった。
心の傷は、他人にどうこう言われても、頭で理解していても、なかなか癒えるものではないのである。
マムは、今後の方針を口にした。
「領主は吸血鬼である可能性が高い。あのガキは運良く爆発しなかったが、ガキの母親がどこに居るか、もしどっかにいるなら『魔性』なのかどうか、辺りを確かめてから最後にどうするかを決める」
この場で指揮官になるのはマムである為、誰も逆らわなかった。
「最終判断はともかくとして、当面の行動はどうなさいますか?」
「既にイロカが、街中の状況は確かめたんだろう? 街を作った『魔性』が吸血鬼の真祖なら、そもそも第一級殲滅対象だろうが」
マムは渋面を浮かべながら、街の方向に顔を向ける。
「何人の眷属を作ったのかは分からないが、これ以上人に吸血鬼を感染させる前に、真祖を見つけ出して始末する。以上だ」
『イエス、マム』
オーディアらは口を揃えてそう答え、殲滅戦の準備に取り掛かった。




