09:ドキドキ★初めての謁見の巻
五日目の朝を迎えた。かつて読んだ異世界転移モノのラノベを思い起こし、私は元の世界に戻るのは無理なんじゃないかと推測した。妹の貸してくれたやつは一冊で完結だったけど、弟のはシリーズで未完ばかりだった。それでもあの男主人公たちに帰る気は一ミリもないだろう。
こちらとて皆さんよくしてくださるので問題ない、と言っても今の所ユリアさん、アルトさん、ハロルドさん以外とは交流がない。そのハロルドさんも初日にちょっと喋っただけだ。喋ったというか、自己紹介をしたというか。
部屋からはまだ出た事がない。言葉がわからない以上出たところでどうしようもないので、しばらくは引きこもっていようと思う。それ以前に外出ならぬ外室する許可が下りるかどうか。
『おはようございます。本日は朝食後に陛下との謁見がございます』
着替えて寝室を出ると、朝食の用意をしていたユリアさんになにか言われた。なんだか不服そうだ。ごめんなさい、すぐ自立します。
『マリナ様のドレスは一から仕立てさせたかったのですけど……流石に間に合いませんから、わたくしのを直させましたの。お気に召しますと幸いですわ』
今度はお得意の天使のスマイルなので、私もへらっと笑い返しておく。もしかしたらなにか愚痴りたい気分だったのかも。言葉が通じないから存分に憂さ晴らししてほしい。
朝食後、一息ついた頃にユリアさんが湯浴みセットを持ち出してきた。湯殿に移動するとユリアさんが服のボタンに手をかけるので、慌てて残りを自分で外す。
なにかのスイッチが入ってしまったのか、物凄く丁寧に全身を洗われ、最後にいい匂いのする油でマッサージまでされてしまった。いまさら羞恥なんて感じないですよ。ユリアさんはこの世界でのママだもん! それはともかく香油って高級品じゃなかったっけ……。
そうして呆然としている私を放ってひとりテンション高めなユリアさんは、いかにもドレスといった豪勢な服を取り出してきた。私が今まで着ていたものが普段着に見える勢いだ。
『やはり緑が映えますわ。わたくしは緑があまり似合いませんので持っていませんでしたから、白のドレスをベースにさせました。少し古い型でしたけれど、この出来栄えなら問題ありませんわね』
え、これ私が着るの?
次に取り出したのは、いつも着けているコルセットもどきに似ている別のなにか……本物のコルセットだ。
『慣れが全てですのよ』
「まじか……」
『それにマリナ様は細くていらっしゃるので、あまり締めなくても映えそうですわ』
食後の腹にはなかなかキツい。逆流性食道炎にならないのかな?
白の生地をベースに宝石やら緑色の繊細なレースやらが縫い付けられ、どこかに引っ掛けたらと思うと物凄く緊張する。胸元にもふんだんにレースが使われているおかげで胸は隠れる。自慢できるほどのものではないので有り難い。デコルテは広く開いているけれど、まだ許容範囲だ。映画で見るドレスってもっと露出度高いもん。
肩は隠れないけれど二の腕の半分ほどまで届きそうな長い手袋が渡された。
胸まである髪はまとめ上げられ、可能な限り高く結い上げられる。髪にもキラキラの飾りを付けられて……なんだか頭のバランスが取りにくい。チューリップ盛られたり小麦粉振りかけられるよりは断然マシなのでいいけどね。向こうの世界では絶対体験できなかったし。
私を着付けて髪の毛を結う間、ユリアさんはご機嫌だった。化粧もこころなしかいつもより気合が入っている。
ユリアさんの手渡してくれた鏡に写っていたのは別人だった。こちらの鏡はどういう製法なのか知らないけど、多分ガラスにメッキしてあるのだと思う。現代の鏡とほぼ変わりない。
姿見がないのが不便だけれど、ユリアさんのコーディネートは信用しているので多分大丈夫。
「≪ありがとうございます≫」
『昼間は軽めが良いですし、これ以上ではやりすぎでしょうね。夜会に出る際には思う存分着飾れますのに』
またご機嫌斜めになったのでハラハラだ。女の人の機嫌を取るのが難しいのは異世界でも同じだね! 私も女だけど。
しばらくすると扉を叩く音がした。昨日はアルトさんだったけど今日は誰だろう。
『迎えが来たみたいですわね。マリナ様、参りますわよ』
「え?」
私も行くのですか?
扉の両隣に立っていた騎士さんに会釈する。たった今戸を叩いたと思わしき人物、すなわち正面に立っていたのは、ハロルドさん並の大男だった。
『近衛騎士団にて団長を務めております、カルザ・オストヴァルトです。本日は副団長のヒドメタソンが送迎を務めさせていただく予定でしたが、代理で参りました。以後お見知りおきを』
『あらノックス卿。マリナ様はこちらの言葉にまだ慣れていらっしゃらないのですよ。既にお話しましたでしょう? そんなに長々と挨拶しては、どれが名前か分からなくて混乱してしまわれるわ』
『その呼び方はやめて下さい、殿下……レディ・シミズ、失礼しました。カルザ・オストヴァルトと申します』
ユリアさんこの人とも仲いいんだな。何者なんだ。
ところでこの人はなんと呼べばいい? ユリアさんに何か言われて言い直したよね、名前。
「えっと……」
『まだ長いですわよ』
ユリアさんは短くなにか言ったあと、私に向き直った。
『マリナ様、ノックス卿とお呼びなさって。ノックス卿。ああ、爵位を継ぐ前にナイトの称号も賜っていらしたわね』
「あの……?」
『……カルザと』
「ではカルザさんと呼ばせていただきますね?」
反応を伺う。問題なし、か?
「私は清水茉莉那と言います。まりなと呼んでくださって構いません。≪よろしくお願いします≫」
日本語でしか挨拶できないのが申し訳ない。アルトさんやハロルドさんの時はパニクっていたので、初めてまともに挨拶ができたのではなかろうか。
すっ、と右手が差し出されたので私も握り返して挨拶を……。
おや? カルザさんのようすが……!
『あの……』
何か間違えたのか?
『これはマリナ様の世界の文化のようですわね。マリナ様、これはエスコートと言って、このように……』
ユリアさんが私の左手を取って本来あるべき位置に置いてくれた。あ、これエスコートじゃん。手を取らなかったら男性側に恥をかかせてしまうアレじゃん。
手は一応取った、よ。
「すみません、次から気をつけます」
とりあえず頭は下げておく。
『文化に差異があることを念頭に置いておけなかったのは、わたくしの方ですわ。気を取り直してくださいまし』
ようやく移動することになった。どこに行くんだろう。礼儀作法習ってないけど大丈夫なのかな。ユリアさんが付いてきてくれていることだけが心の支えである。
城の中は物珍しいモノで一杯だけれど、あまりキョロキョロするとはしたないかな、なんて今更なことを考え、ひたすら足を動かす。裾が長いから歩きにくいんだよね。必然的に左手に体重が掛かる。
カルザさんはびくともしない。
辿り着いた先には両側を騎士さんで固められた扉があった。騎士さん大体どこにでもいるよね。
この扉は私の部屋のそれより幅が広いし、縦にも長い。侍女さんかメイドさんか知らないけれど、女の人が開けてくれたのでお礼を言う。重そうなのに、すごいな。
ところで嫌な予感がするんだけど、あの一段どころかニ段ほど高くなっているところに座っていらっしゃるのって……。
『失礼します』
カルザさんの手が離れていく。ユリアさんが右か左か、斜め後ろにいるんだろうけど振り向くわけにもいかず。
『陛下、異世界の方をお連れしました』
カルザさんは跪いて、何か言った。
……跪いた!?
ではやはりこの人はめちゃめちゃ偉い人……国王陛下だとか皇帝陛下だとか、そういう人になるのか。だってカルザさんでさえ身分高そうだもん。
ユリアさんの機嫌の落差が激しかったのはそういうことか。謁見は確かに緊張する。
ところで言葉が通じないプラス礼儀作法分からないんだけど、本当に大丈夫なのか?
『ご苦労であった』
カルザさんが立った。国王さんの顔が私の方を向く。
『シミズ・マリナ』
「は、はい」
私の名前、もう国王さんにまで伝わってるんだ。今まで公的な場で目上の人に名前を呼ばれたのなんて卒業式くらいだったから、緊張で声が上ずる。団体でなら受賞したことあるんだけどな。それも小規模のロボコンだぜ。
そもそも国王陛下と一般人では格が違う。緊張のあまり手袋の中が蒸れてくる。やっべ、下手なことして不興を買ったらどうしよう。一文無しで野に放り出されるエンドは回避したい。
あーもうやだやだ、どうしよう……。