10:サイレント・パートナー
とりあえず周りを見習って頭を下げる私に、声がかかった。
『面をあげよ』
ごめんなさい! こっちの言葉がまだわからないんです! とりあえず顔を上げてみる。
うん、機嫌が悪くはなさそう。
『僭越ながら陛下、彼女にはこちらの言葉は殆ど通じません』
『あー、そうであったな』
カルザさんの言葉に、何か納得したかのように顎に手をやる国王陛下。
『陛下、マリナ様は斯く斯く然々、数日共に過ごしただけでも素晴らしい才能を秘めていることを、ひしひしと感じますので――』
『お前、昨日からそればっかりだよな……』
『今この場で具体的な内容を申し上げますと結構な時間を取ってしまいますので、こちらの書状をお読みくださいませ』
ユリアさんが何かを手渡した。ユリアさんのハイスペック具合がおかしい。要人(推測)と仲いいだけじゃなくて、国王陛下に向かって普通に発言できるとか、ちょっと意味分かんないです。
『今この場でできる限り簡潔に具体的な理由を言ったほうが、その後の対応が早いぞ』
『……そちらに認められているのはインゴノール伯爵と共に確認した事実でございます。第一に、母国語以外の言語を習得している模様であるため、こちらの言語も比較的速やかに習得できそうであること。第二にこれ以上城内で存在を隠し通すことは難しいこと。そして第三、彼女のいた世界の文明レベルによっては、彼女の存在そのものが知的財産になるため外部との接触は必要最低限にすべきであること』
『それで?』
『以前にも申し上げましたが箝口令にも限界があります。マリナ様の身元と有用性は、過去のいとしごが遺した書物の解読ができていることから、ある程度立証されるでしょう。いとしごと同じ世界から来たのですから。それに加えて異世界の技術を蓄積しているとなると、他国はなんとしてでも得たいでしょうね。「うっかり」遭遇した第三者に、間違った情報を与えられてはたまりません』
『お前の領地に連れて行く理由としては弱いな』
これはどうも真剣なやり取りが交わされている。ユリアさんがいつになく真剣な顔をしているし、周りの人たちも神妙な面持ちで見守っているのだ。
ついでに何度か私の名前が聞こえたため、私の処遇について話し合っているものと思われる……ぐぬぬ。
『貴族に下手に力をつけさせるわけにはいかないと仰っていたのは、陛下ではありませんか。マリナ様の存在を明らかにすれば、大半の貴族は取り入ろうとするでしょうね』
『連れて行ったとして、護衛はどうするつもりだ? お前の説明からすると、異世界の知的財産の流出は相当まずいのだろう』
『私は王族ですので近衛騎士を幾人かお借りしますね、というかお借りも何も、王族なのでその権利が十分ありますから』
『そうだな……ああそうだ、前に言ってた継承権放棄の手続きは、早急に進めるよう指示しておいた。だが厳しすぎて完了できなかったみたいだぞ』
『なんですって? 宰相、何があったのです』
ユリアさんが、左の壁際に控えていたひょろひょろの男の人に、少し問い詰めるような口調で何か聞いている。
『何もありませんでしたよ。そりゃだって、他に王位を継承できるのが殿下しかいらっしゃらないのですから、賛同する者があるわけありませんよ……陛下よりも殿下のほうが、経営や外交の知識を蓄えていらっしゃいますし、貴族や国民からの人気も陛下並みですからね。下手に殿下の王位継承権放棄の発表をすると、なにかあったのかと勘ぐられて色々面倒なことになりかねません』
この間私にできるのは、固有名詞を聞き取ることだけだった。フェニル、ナフチルという単語はよく耳にする。フェニルはユリアさんに、ナフチルは国王陛下に使われることが多い気がするので、そういう敬称なのだろう。ユリアさんはただのお嬢様ではなさそうだし。
それにしてもこの国めちゃくちゃ化学してるな。関係ないけど、多分。
『仕方がありませんわね。それで話を戻しますけれど、私の領地にマリナ様を連れて行くことに関しては、メリットしかありませんのよ』
ドヤ顔ユリアさん。まじで何の話をしてるんだ。
『侯爵とは辺境伯と同義だろう。イソパラノル領が侵攻されかけた記録はないが……それでも異世界人を連れて行くのは危険ではないか? いくら人気のある王女、などとはいえ、爵位を継いだばかりで実績もないのでは領民の協力も得にくいだろうな』
『ご安心を、陛下。女である私が侯爵位を継ぐことに反発があっては適いませんから、前侯爵には本人の合意のもと、新たに設置した役職に就いていただきました。それにより領地経営権は表向き前侯爵が所有しています。よって私は爵位を継いだばかりですが、領地経営は円滑に進むものと予測しています。それに他国からの侵攻があったならば、すなわち情報漏えいが疑われますわね』
『たしかにイソパラノル領が接しているのは、友好国だな。我がヴィンディッシュ=ヴォルフェンビュッテル家から王女が嫁いだこともあるし、迎え入れたこともある。確かに余程のことが無い限りは攻めてくることはないだろう』
『一番警戒すべきは間者にございます。私付きの護衛もついてくるでしょう、てきとうに理由をつけて増やしてくださいまし』
『うっかり遭遇した第三者に、というのは、それは逆に、我々に都合のいいように情報操作すればいいというふうにも聞こえましたが』
『あながち間違ってはいませんわね。というのもが外聞が悪いので、言葉を選ぶ必要がございますが……』
私はすっかりこの場に飽きてしまっていた。だってこれ、私いらなくない? いらないよね?
いい加減立ちっぱなしも疲れたので、こっそり抜け出してしまおうと画策する。今喋っているのはユリアさんと国王陛下、それから左の壁際のひょろひょろの人だけ。そのユリアさんも今は私の前に立っている。
カルザさんはあれからずっと右側の壁に沿って立っている。他にも護衛と見受けられる数名の騎士さん。この人たちと意思疎通できたらいいんだけど、無理なので諦めよう。潔く回れ右。
扉の方に向かってとことこ歩いていると、カルザさんが来た。
『陛下、殿下ともに悪気はないのですよ。あなたの為を思ってのことですが……さすがに今回はいけませんね』
すっと右手が差し出されたので、今度は間違えずに左手を乗せる。
その日の夕食はカルザさんが持ってきてくれてめちゃくちゃ恐縮した。食後にアルトさんも来て、三人でお茶をしているときにようやくユリアさんは戻ってきたのであった。
『マリナ様、大変申し訳ございません!』
「気にしてないですよ、頭を上げて下さい」
『殿下もマリナさんの淹れたお茶、いかがです?』
『インゴノール伯爵……何をさせてるんですか。それともノックス公爵の仕業ですの?』
『淑女がお茶を淹れることはおかしくないでしょう』
『マリナ様がお茶を淹れるときは、わたくしが教えて差し上げようと思っていましたのに……』
喜怒哀楽の激しいその姿を見て、ユリアさんという人がますますわからなくなる。
私は紅茶に関しては素人だから、自分で淹れたそれはいつもと違い美味しくなかった……いや、香りからしてだめだったかな。
カップを傾けて、いびつな三日月を飲み干した。




