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くもりのち、はれ異伝ー約束の夜へ-  作者: 夏みかん
第5話
31/33

運命の彼方へ(7)

4人の魔女たちにすれば目の前に展開されている光景は悪夢と言うしかない。最強と言われた『キング四天王』は全員『魔獣四天王』に敗れ去り、その醜態をさらすように地面に倒れ伏していた。確かに今までにも苦戦を強いられた戦いをしたこともあった。だが、変異能力と武器、技をもってそれらを回避してきた歴戦の猛者どもは今日、ついにその無敗の神話に別れを告げたのだ。マフィアやヤクザ、テロリストとも五分に渡り合い、勝ってきた4人は敗れ、残ったのは真に最強の座についている『キング』を残すのみとなってしまった。傷つきながらも勝利を収めた『魔獣四天王』のダメージも大きいために彼らを倒そうとする者たちは皆ミレニアムによってさえぎられ、蹴散らされている。当初は余裕をもって戦いを見ていた緑は2月という時期の夜にあって全身に汗をかいている自分を認識していなかった。2秒先を予知でき、『キング』に次ぐ地位を持っていた自分の彼氏である大野木すら倒されてしまったという現実を受け入れられないのか、ただ呆然と倒れている自分の彼氏の姿を見やることしかできなかった。


「残ったのは『キング』だけね」


冷たい声色でそうつぶやいた葵は無表情のまま『キング』と戦っている周人の姿を見つめていた。


「そうね・・・でも、勝てる見込みはないわ。残念ながらね」


口元のほくろに触れながらそう言う千江美は自分の彼氏である大場の姿を侮蔑の視線で見やりながら小さなため息をついた。もはや愛情もなく、こうなることを願っていただけに何の感情も湧いてこない。


「勝つわ」


その言葉に顔色を青に変えていた桜がピクリと反応し、千江美は驚いた顔を向ける。緑はゆっくりした動きでその言葉を発した葵の方へと首を向けると冷たい視線を投げかけた。


「えらく自信たっぷりだけど、ありえないから」


腕組みしてそう言い放つ緑だったが、逆に葵の鋭い視線を受けてわずかながらたじろいでしまった。今までに見せたことのないその目に、緑だけではなく千江美や桜もまた驚きを隠せない。


「彼ならできる。彼にしかできない。彼の愛情が本物なら、絶対に負けないわ」

「愛情で勝てるならとっくに誰かが『キング』を倒してるわ」

「彼らは同じ旗の下でここまで来た。本当に心を1つにしてね。そんな連中が他にいた?四天王を前に1対1で倒した人間がいた?誰かのためにベストを尽くして勝った人がいた?いないわ・・・だから勝つの、奇蹟を起こして」


理由は滅茶苦茶である。だが、その言葉に宿った強い意志は緑を黙らせるのには十分だった。現に『四天王』は1対1で戦った挙句に全員倒され、『魔獣四天王』は重傷ながら全員が生きているのだ。それは奇蹟に他ならない。


「勝つわ。彼の後ろに天使がいるから」


葵は苦戦を強いられていながらも果敢に戦いを続ける周人を見つめていた。あの人が自分の彼氏だったならばどんなに幸せな時間を過ごせただろうと思える。『キング』に遭遇しても、彼ならば自分を守ろうと最善を尽くしてくれただろう。自分が汚された時も、きっと優しく心からのケアをしてくれただろうと思う。葵は恵里への小さな嫉妬を胸に、ただ周人の勝利を願い続けた。そしてそんな葵の心情を察した千江美は小さく微笑むと戸惑う緑と桜に意味ありげな視線を投げた後、同じように運命の死闘を繰り広げている周人の方へと顔をめぐらすのだった。


その存在は世界最強。『王』の異名は伊達ではなく、まさに王者の風格を持った男である。裏社会において他国のマフィアや組織より賭けられた賞金は10億に達するというその超人は1人で百人に相当する戦闘能力の持ち主であり、人が持つ喜怒哀楽の『喜』しか持ち合わせていない特異な人間でもある。また、人間が持つあらゆる能力を100%引き出すことができる変異種であり、パワー、スピード、反射神経等全てが常人を遥かに超えた能力を有していることでも有名だった。14歳の時に親を殺し、裏社会に名乗りをあげた。以来自分の力のみで日本の裏社会に君臨し、殺し屋やテロリスト、マフィアとも争ってすべて勝利してきていた。そして20歳の時に代議士である猪狩惣一郎いかりそういちろうの目に留まり、彼は名実共に日本の裏社会を仕切る存在となって同じく変異能力を有した4人の部下を得てその体制を整えていった。都市の取り締まりや風俗、麻薬の流通からヤクザの管理までを行い、好き勝手に暴れるのではなく政府が用意した相手、つまりは政府を脅かす存在と争い、叩き伏せてきたのだった。その見返りとして彼が起こす全ての犯罪は無効とされ、何の罪にも問われないという特権を得たのだ。よって殺人、強姦、脅迫その他全ての犯罪行為は彼には適応しなくなったというわけだ。だが思うこと全てが喜びでしかないはずなのに心から喜べることはなくなりつつあった。それこそ人気絶頂のアイドルや女優すら好きなように抱いてきた。金には困らず、喧嘩も自由にやってきた。それはそれで楽しいのだが、心から楽しいかと問われればそれはノーだ。そして27歳の今、彼は心から喜べそうな噂を聞いた。『ヤンキー狩りと呼ばれている男がキングを探して暴れている』というものだ。最初は気にもしなかった。そういう連中は過去何人もいたが、皆期待を裏切る者ばかりであったからだ。だがその『ヤンキー狩り』と呼ばれている男は期待通りの男なのではないかと思えたのは、やれば勝てるがあえて戦う理由もないために対決することはなく、それなりに強いと認めていた『金色の狼』千早茂樹を自分の力のみで倒したと聞いた時だった。自分が認めた五大都市を仕切るチームを壊滅させ、七武装セブンアームズの大半を粉砕して茂樹すら倒したと聞けば血が騒ぐ。そしてわざわざ場所を指定してやってここで対峙したその男、『魔獣』と名を変えた少年を前にした時、その予感が外れではなかったと確信できたのは半年ほど前に拳を交えた際に強いかもしれないと思えた相手と同一人物だったからであった。現に今、拳を交えてみてわかるのだが実際に自分の期待通りの強さを持っている。『キング』と呼ばれて長い自分がこうまで戦っていて楽しいと思える相手はいなかった。『キング』に手加減という言葉は無く、いつでも全力で戦う中で相手はほんの数秒で死ぬか気絶してしまうのにこの相手はそれがない。既に戦い始めて3分が経過しているが、いまだにダメージを与えるに至っていないのだ。『キング』は歓喜の中にいた。そしてまた、相対する『魔獣』もまた歓喜の中にいるのだった。


恵里を失ってからこの時だけを夢見て生きてきたと言ってもいいだろう。ここに辿り着くまでに三桁に至るヤンキーたちを蹴散らし、五大都市を仕切る者たちや七武装といった強敵たちとも戦ってきた。特に七武装最強の神崎京、今助っ人に来てくれたミレニアムを束ねる茂樹の強さはけた違いのものだった。そしてそれらの戦いを潜り抜け、勝利し、『無我の領域』にまで達した自分であればあるいは五分に戦えるのではないかと思っていた。しかし現実はそう甘くは無かった。パワー、スピード、テクニック、どれをとってもその差は歴然であり、周人は常に劣勢となっていた。その強引なまでの戦い方は茂樹を上回り、残虐さは神崎をも超える。過去最高のスピードをもって放った蹴りをブロックすることなくその鎧のごとき鋼の筋肉で受け止めた『キング』は空気の摩擦など吹き飛ばす勢いで鋼鉄でできたような拳を繰り出してくる。余裕などなく反射神経を研ぎ澄ませてそれをかわすも、風圧で顔が歪むほどだ。確かに相手の攻撃は全てかわしているが、こちらの攻撃はヒットすれどの何のダメージにもなっていないのがわかる。一旦後ろへ下がった周人は硬く冷たいものが背中に触れる感触を認識しながらも決してそちらを振り向くことはしなかった。一瞬たりとも相手から視線を逸らせばそれは間違いなく致命傷となる。今戦っている相手はそういう男であり、祖父の鳳命ほうめいが言った世界最強という言葉の意味を十分に理解できる存在なのだ。どうやら背中に触れているのは鉄でできたコンテナのようだった。2メートルは超す巨体ながら風のごとき俊敏さを持つ『キング』はもうすぐ目の前だ。避ける道は左右どちらかしかない今の状況だが、大きく両手を広げるようにして迫って来るこの状況ではへたに回避しようとすれば捕まってしまう可能性もある。と、『キング』は両腕を広げるようにしたまま巨大な足を突き出してきた。横に逃げれば捕まると判断した周人は左足で地面を蹴って宙に舞い上がると、コンテナを蹴りつけて『キング』のいる前方へと進んだ。蹴りつけられたコンテナが轟音を立ててグニャリと簡単に歪むのを見ることなく周人は即座に回し蹴りを放って顔面を狙いにいった。そして綺麗な蹴りが左側頭部に直撃し、すぐさま右の側頭部にも炸裂する。頭部を挟み込む形で蹴りつけたにも関わらず、『キング』は笑みすら浮かべて空中の周人を掴みにかかるが、周人は『キング』の肩を蹴って背後に着地を決めていた。そしてすぐさま振り返り、奥義『天龍昇』を放つべく大きく右足を踏み込んだ瞬間、同じタイミングで振り向いた『キング』もまた同様に大きく右足を踏み出した。2人が同時に右足を地面にめり込ませる勢いで叩きつけたのだが、そのまま天龍昇を放ちにいこうとした周人の頭の中で警鐘がかき鳴らされた。ひどくいやな予感がその動作を鈍らせる。恍惚に似た笑みを浮かべる『キング』の表情にそれが間違いでなかったと気付いた周人は拳ではなく掌が腹部に迫るのを見た瞬間ありったけの気を腹部に集中させて気硬化をしてみせた。『キング』の右の掌が周人の腹部に触れた刹那、踏み込んだ右足と全身から螺旋状に駆け上る気がその掌を通して爆発したかのように周人の腹部を中心に全身へと広がっていく。大げさではなく、本当にそこが爆発したかのように吹き飛ぶ周人は全身が砕けるような衝撃に耐えつつも地面を転がりながらしっかり受身を取っていた。渾身の気硬化をしたにもかかわらず骨が何本か折れたようだ。吐血する周人は意識がはっきりしていることに幸運を感じつつも地響きを立てて迫る『キング』を睨みつけた。大きく振りかざす腕は丸太よりも太く感じる。風を唸らせて襲いくる拳をかわしつつ、周人はタイミングを合わせることのみに集中した。反撃のチャンスは一度だ。そう思い、左右の拳をかわした刹那、右の足が跳ね上がり、ほぼ同時に左の足も跳ね上がった。目に見えないほどの左右同時の蹴りがわき腹に炸裂したと思った瞬間、周人は目の前に迫る拳に目を見開いた。確実にわき腹を捉えた奥義『亀岩砕きがんさい』は何のダメ-ジにもならず、迫る拳に対して相手のわき腹に当てた右足を軸に足首を捻りながら自身も回転する。その成果として耳をかすめて通り過ぎた拳にホッとしたのもつかの間、大きな左手が周人の左足を掴むと強引に周人を逆さ吊りにしながら勢いをつけて地面にたたきつけようとする。茂樹の時よりもパワーもスピードもけた違いなために今回はたたきつけられれば致命傷になるだろう。そう思ったのと体が反応したのはほぼ同時か、周人は空いた右足を『キング』の左肩付け根に突き刺し、打撃をもって反撃をした。腕の力の源は肩口の腱にある。そこに衝撃を受ければ必ず握力や腕力は落ちるものなのだ。それは『キング』とて例外ではなく、おかげであと少しで地面に激突という状態だったが今の攻撃で『キング』の左手が緩み、とっさに左足を抜き去った周人は見事なまでの受身を取りつつ地面を転がって大きく間合いを開けたのだった。


「強いなぁ・・・ホント、強い。俺の必殺技を受けてみせた度量、今のテクニック、『四天王』すら遥かに超えた力量だ」


嬉しそうにそう言う『キング』はケラケラと笑いながら腕組みをしてみせた。一方の周人はその言葉を頭の中で反復しながら肩で息をしつつどうすればこの化け物にダメージを与えられるかを必死で考える。茂樹をも超える筋肉をもっているこの男には左右連続の天龍昇でも通用しないだろう。


「単発の技を2つ重ねて一点に集中させれば、あるいは・・・」


そう考えた周人は息を整えつつ全身から鬼気をみなぎらせていく。


「ほぉ。まだそんな力があるのか?スゲーな、お前・・・過去最強だぁ!」


大げさに両手を広げてそう言う『キング』は心底嬉しそうに笑っている。どんな武器を持った人間でも倒してきた。刀も槍も当てられることなく叩きのめし、拳銃すらその鋼の筋肉の前に効果を失うほどだった。殴りつけた相手はすぐに死ぬか気を失うほどの致命傷を受けていく。だがこの男は重圧拳と呼ばれる秘技を使っても尚立ち上がってくるのだ。壮絶に笑う『キング』に舌打ちする周人はレベルの違いを痛感しながらただ勝利だけを目指して気を込める。


「恵里・・・力を貸してくれ」


つぶやいた周人が一気に駆ける。迎え撃つ『キング』が動かないのは好都合だ。周人は相手の拳の間合いに入ったことを認識しつつ、スピードを殺さずに大きく右足を踏み出すと勢いよく地面に叩きつける。そして曲げた人差し指と中指をやや突き出した状態の拳をした両手を突き出して『雷閃光』を放つべく『キング』のわき腹に手を触れようとしたのだが、その左手を信じられないスピードで叩き落す『キング』の右手に舌打ちをしつつ、踏み込んだ勢いを殺さずにその右足を軸にその場で右腕を大きく振りかぶるようにして背後から拳を回す感じで『キング』のみぞおちにその拳を叩き込んだ。全身の全ての気をつぎ込んだ右拳が相手に突き刺さるズドンという衝撃が右腕を通して伝わり、その破壊力が完璧に相手に叩き込まれたことを証明していた。だが、『キング』はそんな衝撃などものともせずに周人の左腕を掴むと肘を支点に関節を極めた瞬間、そのまま強引に骨をへし折った。ありえぬ方向に曲がる自分の左腕を見つつ鋭い痛みが全身を駆け抜けるのを感じた周人は叩き込んだ右拳を顎にぶち当てて見せるが、逆に顔面を殴られて吹き飛び、ゴロゴロと地面を転がって土まみれになってしまった。幸い顔を逸らしたのでかすっただけだが、その衝撃は凄まじい。『キング』は1トン近い打撃を受けたみぞおちをさするようにするのみで何のダメージすら受けていないのかケロッとした様子で倒れている周人を見やるのだった。


奥義である『亀岩砕』、『雷閃光』、そして『天龍昇』も通用しなかった。目の前には雑草が申し訳程度のみ生えている土が見えている。口の中には赤錆びた鉄のような血の味がし、骨折している左腕と腹部がひどく痛む。殴られた顔は骨に異常はなさそうだが腫れていることがわかる周人はまだここで倒れるわけにはいかないと渾身の力を振り絞って立ち上がるが、もはや肉体的には限界に達しつつあることを自覚していた。だが、まだ精神は、心は折れていない。


「スゲーな、お前・・・俺とここまで戦えたヤツなんざ今までいなかったぜ?なんか嬉しいよなぁ、こう潰しがいがあるヤツと戦えるってのは」


嬉々としてそう言う『キング』を睨む周人だが、こうまで技が通用せず、しかも微塵のダメージすら与えることができない自分に歯がゆむ。あの茂樹と戦った時でさえこうまでひどいことはなかった。


「勝てねぇ・・・こいつには誰も勝つことなんてできはしねぇ。けど、負けたくない・・・たとえ勝てないまでも、恵里が感じた恐怖と痛みを、せめて一撃、こいつに叩きこむまでは」


満身創痍の周人の頭の中に鳳命の言葉が浮かんでくる。確かにあと5年修行をすればもう少しまともな戦いにはなったかもしれない。だが、今はそんな泣き言を言っている場合ではない。動かぬ左腕をだらりと下げたままの周人の姿を見やる『キング』は周人の目に宿る強い光が失われていないことにニヤリと笑う。やはりこの男は今まで出会った中でも1番強いとわかるその光に嬉しさを隠せないのだ。『キング』は周人に大股でズカズカと歩み寄る。対する周人は右手だけで構えを取り、反撃のチャンスをうかがいつつ鬼気を放出するのだった。この期に及んでもまだこれほどの鬼気が発せられるのかと誰もが思う中、『キング』は周人を掴みに両手を突き出してきた。周人はギリギリまでその手を引き付け、一瞬のタイミングでそれをかわすと背後へと回り込んだ。そして右手に気を込めつつ右のわき腹に拳を叩きこんだ瞬間、えぐるようにして拳を捻りそのまま肘を叩き込む。さらに同じ個所に右回し蹴りを打ち込む動作に入った刹那、強烈な打撃を右肩に受けて大きく吹き飛ばされてしまった。何とか倒れることは免れたものの、土煙をあげつつ地面を滑る周人は今の衝撃で右腕がしびれてしまったことに舌打ちしながら『キング』の姿を追う。どうやら振り向きざまに右手の甲による打撃を叩きつけてきたような態勢を取っていることからして今の衝撃がそのせいだと理解できた。『キング』は周人を見て壮絶な笑みを浮かべると地響きを立てて迫り来る。とりあえず右手もしばらくは使えない周人はハンマーのような拳や大木のような足から身を守ることに集中し、反撃の時をじっと待つのだった。


痛む傷を感じつつも無意識的に身を起こしたのは血まみれの十牙だけではなかった。同じく重傷の誠も純も、そして比較的傷の浅い哲生もまた座り込むようにして周人の戦いを見ているのだった。どんなに攻めようが全くダメージにならず、逆に傷ばかりが増えていく。左手は死んでいる上にどうやら右手も使えないようだ。それを考えれば周人はよく相手の攻撃をしのいでいると言えよう。いや、あの『キング』を相手によくここまで戦えているといったほうがいいのか。


「化け物なんてレベルじゃないな。雷閃光、亀岩砕、龍天昇・・・奥義もまったく通用しないなんて・・・シュー、お前に勝ち目はないよ・・・・どうする?」


今の周人ははっきり言って過去最強であり、あの茂樹と戦った時よりも強いと言えるレベルに達している。その周人が手も足もでない相手など、おそらくこの『キング』以外にいるとは思えない。自分ならすでに殺されていると思うのは哲生だけではなく、その場にいてこの戦いを見ている全ての者たちに共通する思いであった。


「恵里ちゃん・・・頼む、あいつを守ってやってくれ」


心からそれを望む哲生は徐々に動きの鈍っていく周人に焦りを募らせつつ、いざとなれば加勢すべく力を蓄えるのだった。


「よくやったけど、もう時間の問題ね」


緑は感情のこもらぬ声でそう言うと汗ばむ手の感触にも気付かずただその戦いに見入っていた。桜はその言葉にうなずきながらも心のどこかで周人を応援している自分に気が付いていない。千江美は苦々しい表情をしたままただ黙って戦いの行く末を見逃すまいとまばたきも惜しんでそれに集中していた。


「まだ負けたわけじゃないわ」


その意外な言葉を吐いた葵の方を横目で見やった緑は鋭い目つきをしつつそのまま葵の視界を防ぐように目の前に立った。背の高さは同じぐらいだが、その目つきの鋭さから緑が上から見下ろすような感じに見えてしまう。


「あんた、いやに『魔獣』の肩を持つけど、何?あいつに惚れてんの?」


厳しい言葉、口調に桜はおろか千江美もまた体ごと2人の方へと注目する。全ての事情を知っている千江美だが、それは葵の問題であるためにあえて口を挟まない。逆に葵がどう出るかのみに注目していた。


「私は昔、『キング』に犯され、復讐を誓った女。彼と同じくね」


あまりに突然の告白に緑は驚きを隠せず、桜は動揺し、そして千江美はあまりにストレートに告白した葵を葵らしいと思い苦笑した。


「だから彼にその代行を依頼したの・・・これが最後のチャンスだから」


相変わらず無表情のままそう言う葵を睨み返す緑は復讐の機会を狙っていた素振りすら感じなかった葵の今までの言動に閉口しつつもこの裏切り行為をどうするかを頭の中にめぐらせる。


「彼が死ねば毒でも盛って刺し違えるわ。そういう覚悟で今ここにいるの。私は、私の人生をむちゃくちゃにしたあいつが許せない。でも私では勝てっこないから、だから少しでも可能性の高い彼に賭けたの」


周人にとってもこれが最後のチャンスならば葵にとっても最後のチャンスだ。無感情に見えた葵だったが、周人1人に全てのリスクを背負わせるほど冷酷ではなかった。だからこそ出来うる限りの情報を流し、ここまで連れてきたと言えよう。現に今、周人は限りなく死に近い場所まで追い込まれてしまっている。それでもなお奇蹟を信じて今、その戦い振りを見届けているのだ。


「だから彼が死ぬまで、負けるまであきらめない」


周人同様強い光を瞳に宿らせた葵の視線を受けた緑はそれ以上何も言えずに黙り込んでしまった。


「見届けましょう・・・私たちにとってもこの戦いは人生を左右するわ。『キング』が勝っても負けても、影響が出るでしょうからね」


そう言いながらそっと緑の肩に手を置いたのは千江美だった。そんな千江美を見て小さなため息をついた緑は一瞬だけ葵を睨むようにしてからその横に立って周人と『キング』の戦いに目をやった。千江美はただ小さな微笑みを葵に向け、どうしたものかと落ち着きのない桜の肩をそっと抱きながら死闘を繰り広げている2人の方に顔を向けるのだった。


全ての攻撃をかわしている周人の動きはまさに神のごとき動きだろう。受け止めれば確実にダメージを受けるか、へたをすれば骨折だ。そんな怒涛の攻撃から身をかわしつづけている周人は確かに強い。純に匹敵するスピード、そして比類なきパワーを誇る『キング』の猛攻を両腕がつかえない状態でこうまでしのいでいるのだ。そんな周人はようやく右腕の痺れが抜けてきたことに反撃の糸口を掴もうとするがやはりスタミナの消費はいかんともしがたく、避ける動作もやや鈍りつつあった。そしてそんな動きを『キング』が逃すはずもない。空気の壁すら引き裂く拳が顔をかすめて通り過ぎたその直後、巨大な足が周人の胸元を捉えた。瞬きするより早いタイミングで気硬化を行なった周人だったがその一撃に遥か遠くまで吹き飛ばされてしまった。地面を転がることは避けられたが靴が地面を削るようにして着地をしながらさらに右手も添えてブレーキをかける。5メートル以上離れたところでようやく止まったが、蹴りのダメージに片膝をついて血を吐いてしまった。立ち上がろうにも力が入らない。そんな周人はすぐ目の前に迫った巨大な拳を避けようと身をよじり、折れて使い物にならなくなっている左肩でそれを受け流すが続けざまに襲ってくる拳に再度顔面をかするように殴られて大きく吹き飛び、ついに地面に倒れこんでしまった。朦朧とする意識を奮い立たせようとするが体がいうことをきかない。立ち上がろうとする努力はすれども虚しいほどに体は動かなかった。邪悪なる気が接近してくるのを感じるが、このままでは確実に死が訪れるだろう。まだ何もできていない自分に腹が立つ周人は全身の痛みを力に変えてでも立ち上がろうと必死にもがく。そして足音が3メートルほどの場所まで近づいてきた時、その音が止まった。顔だけを上げてその足音の主を見れば右側を向いたままその歩みを止めているではないか。


「べつに5人まとめて来てもいいぜ・・・死にかけを何匹殺しても楽しくはないけどな」


髪の毛の1本もないスキンヘッドを自分でペチペチ叩きながらそう言う『キング』の言葉にその視線の先へと顔を向ければ、止血された太ももを赤く染めた十牙が阿修羅の切っ先を『キング』に向け、如意棒を支えに震える足を奮い立たせて立つ誠、そして立っているのがやっとと分かるフラフラの純の姿が見えた。さらには気も揺らいだ哲生もまた明滅する金色の光を放つ拳を構えて立っているではないか。


「そう簡単にそいつは殺させねぇぞ、ハゲ」

「まだ戦えるよ、俺たちは」

「最後の底力は残してあるからな・・・」


十牙の、誠の、純の言葉は周人にも聞こえていた。


「悪あがきは得意なんでな」


そう言って笑う哲生の横に茂樹も立つ。


「俺もだ」


5人のその言葉を聞いた『キング』は大声をあげて笑った。それは今の言葉を馬鹿にした笑いではない。楽しくて仕方がないといった風な無邪気な笑い声だった。そして周人は今の言葉に深い感謝の気持ちと共に力が回復していくのを感じる。自分は一人ではないと、一人ではここまで辿り着けなかったという思いが力となって湧き上がってきた。『キング』は生まれてこの方感じたことのない妙な感じに眉をひそめ、その原因となるべき人物がいる方向へと顔を向ける。頭から、鼻から、口から血を流している男が左腕を下げた状態で立っているのがそこに見える。もはや立っているのがやっとと分かるその男から感じる感情が何かはわからないが、喜ばしいというべき感情ではないのは確かだ。しかしながら言い知れない不快感を感じたのはほんの一瞬でしかなく、立ち上がった周人に歓喜する感情がそれをあっさりとかき消してしまった。何故ならば、満身創痍の相手から感じる鬼気は衰えこそすれまだ健在だからだ。そんな周人が哲生たちの方を見て薄く笑った。その笑みを見た5人は助太刀をするかどうか迷った挙句、その笑みの意味するところを感じ取って見守る事にしたのだった。


「死にぞこないだが、お前は本当に強かった。けど、次で終わりだ」


不敵に微笑む『キング』を睨む周人だったが、どう考えてもあと一撃が限界だろう。その『一撃』は攻撃する力であり、相手から受ける攻撃も意味している。つまりはあと一度攻撃する力しか残っておらず、あと一撃受ければ死を意味するということだ。もはや全てが限界に達する中、周人は自分が今、恐ろしいほどに冷静であることに不思議な充実感を得ていた。


「なんだろう・・・この充実感は。それに全てと同化したしたようなこの感じ・・・風の呼吸、土の息吹、空気の流れ・・・雲の音・・・それだけじゃない、『キング』の呼吸までが手に取るように分かる」


自然と一体になったような不思議な感覚に身をゆだねる。目を閉じ、風を顔に感じながらその呼吸のようなものまでが読み取れていた。


「一撃、ただ一撃でいいんだ・・・あいつを恐怖させる一撃さえ撃てたら、それでオレの勝ちだ」


死すら怖くない。いや、むしろ死など覚悟の上でここまで来た。周人はゆっくりと目を開く。ただひたすらに気を溜め込みながら、『キング』にのみ全神経を研ぎ澄まし、集中させていった。その『キング』が駆ける。そして必殺の一撃の間合いに入った『キング』は大きく右足を踏み出すと土を撒き散らして凄まじい勢いで地面に突き立てる。その勢いと全身のバネを利用した必殺の重圧拳が周人の心臓を狙い猛烈な勢いで突き出された。そして、周人はその動きがまるでスローモーションのように見えている自分に驚きつつも、今ある全ての力を総動員してその右手を低い態勢でかわしつつ『キング』の懐に飛び込んだ。その動きは動体視力も超人レベルな『キング』ですらやっと捉えられるほどの動き。それはまさに稲妻のごとき動き。


「お願い!『キング』を倒してっ!」


無意識的にそう叫んだ葵の言葉に振り返る者はいなかった。そしてまた、今の周人の動きを捉えられた者も哲生たち5人以外にいなかった。いや、実際完璧に捉えられた者などいはしない。感覚的にそうだとしか認識できないほど、その動きは神速の域に達していた。


右腕を突き出した態勢は全てを注ぎ込んだ証でもある。胸元に引き寄せている左腕すらも右腕を活かすための材料となっていた。いまだかつてこの渾身の一撃をかわした者など存在しない。だが、目の前に立っていた瀕死の少年がそれをやってのけたのだ。そしてその少年は自分の身体に密着しそうなほど近くにいて鋭い目を自分の顔に向けている。その瞳に宿った強烈な光は生まれてから今まで感じたことのない感情、逃げ出したくなるような苦い感覚、『恐怖』を生み出しており、『キング』はそれを全身で感じていた。すぐさま左手で突き放すよう脳が指令を出すその前に少年は動いていた。地面を蹴り上げる右足からは大地の息吹を、それと同時に折り曲げる左足には風の息吹を取り込みつつ、気が嵐となって身体の中を駆け上る。その気の嵐がただ一点、右拳に上昇していくのを感じた刹那、周人は光の中にいた。ほんの一瞬だけいた光の中で見たものは、愛しき人の笑顔。どんなに望みながらも今はもう見ることは叶わない、この先もありえないそのとびっきり愛らしく、魅力的な笑顔を見ていた。


「恵里・・・っ!」


心で絶叫した周人の右足が地を蹴った。何の変哲も無く、ただ力いっぱい地を蹴っただけだ。それと同時に右腕が伸び、『キング』の顎を捉える。右足と右腕が一直線で結ばれた瞬間、身体の中を駆け上がる気流の嵐が右拳から解き放たれた。その瞬間、『キング』の顔が恐怖で満たされ、反撃の腕も止まってしまった。それと同時に顎から受けた想像を絶する衝撃と共に熱い何かが脳天までを駆け上り、そこからそれらが飛び出るような感覚を自覚した刹那、『キング』の中で何かが音を立てて崩れ去った。2メートルはある巨体が地面から30センチは浮き上がるという事実がその一撃の凄まじさを表しているといえよう。やがて密着していた周人の右拳が『キング』の顎から離れはじめ、2人は別々の方向へと身を躍らせていく。片や口から血泡を噴きつつ背中から地面に。片や右腕から血を噴き出しながら左から地面へと。轟音を立てて背中から倒れこんだ『キング』。左肩から地面にたたきつけられた周人。2人とも全く動かない。


「黄金の龍・・・」


倒れる親友の姿を見ながら、哲生は小刻みに震えていた。その一撃が放たれたと同時に彼は見ていたのだ。周人の右腕から駆け上がった金色の龍が『キング』の頭から飛び出して天に昇るのを。戦闘を繰り広げていた全ての人間がその動きを止めていた。時間が意味をなさないほど、この埋立地の時間は止まっているかのように。しかし、やがて時が動き出す。聞こえてくるのは声、しかも笑い声だ。大きな声で笑うその主は大の字に倒れたままの『キング』だった。あの神の攻撃とすら思えた一撃も効果がなかったのか、誰もがそう思った刹那、ピクリと動いた周人が全ての気力を振り絞って立ち上がるのをどよめきが迎える。大きく肩で息をしながら両腕を垂れ下げたままの周人はフラフラながらも立ち上がり、疲れた顔をしながら大笑いをしている『キング』へと視線を落とした。


「木戸の負けだ・・・よくやったがな」


茂樹のつぶやきを聞いた十牙と誠が苦々しい表情を作る。純は悔しさを表現するかのように拳を握りしめていた。もはや立っているのが精一杯の周人に勝ち目はない。いや、あの一撃を受けて笑える『キング』が怪物すぎるのだ。絶望感が周囲を包んでいる中、哲生は奇妙なことに気付いて意識を集中させていく。


「なんだこれ・・・気を感じない・・・生気を感じないなんて」


『キング』を見つめたまま呆けたようにそうつぶやく哲生の言葉を聞いた全員が一斉に『キング』へと視線を向けた。相変わらず大声で笑っているが、その声はさっきまでの声ではなく、赤ん坊が笑っているかのような声に聞こえる。茂樹が『キング』へと近づくのを合図に哲生たちや魔女たちもそこへ向かう。そして『キング』を見下ろせば、口から血を混じらせた涎を垂らしつつ焦点の合わない目で笑いつづける姿がそこにあった。


「恐怖が精神を破壊したのか、あるいはさっきの一撃が脳を破壊したのか」


つぶやく哲生の言葉のどちらが正しいかはわからないが、もはやそこにいるのは『王』ではなかった。


「勝ったぞ!シュー、お前の勝ちだ!」


嬉々としてそう叫びながら周人の方を振り向いた刹那、ゆっくりと前のめりに倒れていく友の姿に目を見開く。目を閉じて脱力したまま倒れていく周人を支えられるほど機敏に動けない自分を呪いつつ手を差し伸べたのは哲生であり、純であり、十牙であり、誠だった。だがどの手も間に合わないどころか届かない。そんな手の横をすり抜けるようにして顔から地面に倒れ落ちる周人の体を抱きとめる者がいた。少しタイミングが遅かったせいでその勢いを殺せずに尻餅をつきながらも懸命に周人の体をかばうようにして支えたその人物は葵であった。葵は周人を仰向けにすると優しい動きでそっと膝枕をしてあげた。相変わらずの無表情だが、その雰囲気にいつもの刺々しさは消え失せている。誰よりも早く周人を受け止めた葵に戸惑う緑と桜だったが、千江美だけは小さく微笑むと自分の右足を見てそれを苦笑へと変化させた。何故ならば自分もまた周人を抱きとめようと一歩踏み出していたからだ。顔は腫れ、左腕は黒く変色して垂れ下がり、右腕はさっきの一撃の衝撃に耐え切れずに毛細血管が破裂して皮膚すら裂いて血を噴き出させている。そんな周人を見つめていた葵はゆっくりと閉じられていた目が開くのを見てもなお無表情を貫いているのだった。


視界が白くぼやけて見える。それは体がひどくだるいせいだと思いつつ、何か柔らかいものの上に頭を乗せている感覚だけが妙にはっきりしていた。やがてぼやけていた視界が晴れ始め、自分の顔を覗き込むようにしている誰かがいる。そしてはっきりとその人物の顔が見えた瞬間、周人はかすかに口元を動かして小さな笑みを形作るのだった。


自分を見ている周人の口元にかすかな笑みが浮かんでいる。それでも葵は表情もなく、ただじっと周人の顔を見つめていた。


「恵里・・・・・遅くなって、ゴメンな?」


かすれるようにそう言う周人は葵を見て恵里と言った。その言葉に誠は驚き、純は周人もまた脳を損傷したのかと不安になる。十牙はわけもかわらず呆然とし、魔女たちも怪訝な顔をするしかなかった。


「記憶の混濁だ・・・意識が朦朧として記憶が滅茶苦茶になってるんだ」


哲生はそうであって欲しいという願いを込めてそう説明した。今、周人はあの約束の夜へと立ち戻っているのだ。恵里に遅れた詫びを言うために急いでいたあの時へと。だが、すぐに正気に戻るだろう、哲生はそう考えていた。そしてそれは千江美も同じである。何故ならば周人が恵里だと思っている相手が葵だからだ。無感情の葵を恵里と見ているが、葵がまともな返事を返せるとは思えない。


「怒ってるよな・・・・約束・・・・破って・・・」


かすれ声で途切れ途切れにそう言う周人。誰もが葵の返事に注目する中、千江美たち魔女は信じられないといった表情をしてそれを見ていた茂樹を怪訝にさせた。そして魔女たちが見ている葵の方へと目をやれば、葵は優しい笑みを浮かべてそっと周人の頬に手を添えているではないか。


「怒ってないわよ。遅れたけど、ほんのちょっとだし、大丈夫だよ」


慈愛と優しさに満ちた表情と口調の葵を見ていた哲生はそこに恵里を重ねていた。確かに背丈も同じぐらいでショートカットだ。でも顔はまるで違う。だが、そうしたのはその口調があまりにも恵里に似ていたからだ。まるで葵の姿を借りて恵里が舞い降りたかのように。


「そうか・・・・・ありがとう・・・・・でも、ごめんな?」

「いいよ、もう・・・許してるから」


周人は頬に触れている手の温もり以外に熱いものが顔に当たるのを感じていた。それが『恵里となっている葵』の流す涙だとはわかっていないが、妙な心地良さを感じていた。周人は口元に淡い微笑を浮かべてみせる。そしてまた葵も笑みを浮かべた。そのまましばらく黙って見つめ合っていたのだが、徐々に周人は目を閉じると意識を失ったのか力なく横たえるのみとなってしまった。まさか死んだのかという感じで十牙が哲生を見やるが、哲生はかすかな笑みを浮かべて首を横に振る。周人の生気は十分に感じられており、生きていることがはっきり分かるからだ。葵は周人の顔に自分の顔を近づけるようにして泣いていた。今まで死んでいた感情が一気に蘇ってきたかのように、ひたすらに泣いた。


「お礼を言うのはこっちよ・・・・ありがとう・・・・・本当に、ありがとう」


その葵の言葉に、死線をさまよった際に聞いた恵里の言葉を重ねる哲生はさっき思ったことがまんざらでたらめでもないと悟り、微笑を浮かべた。やはり恵里は舞い降りていたのだ。葵という体を借りてちゃんと周人の仇討ちを見届け、お礼を言うために。


『四天王』そして『キング』を失った一団はその絶対的旗印を失って完全に瓦解し、統率力を失って敗走を始めていた。だがそんな連中も大きなサイレンと共にやってきた大規模な警官隊によって取り囲まれてしまい、埋立地から出られなくなっていた。上空にはヘリが舞い、スピーカーを通して投降しろとの呼びかけが続いている。もはや敵はなくなったと判断した茂樹はミレニアムに集まるよう通達を出すと先陣を切ってやって来る3台のパトカーへと目をやった。きらめく赤いパトライトをまぶしげに見つめている魔女たちも動く気配を見せていない。いまだに周人を抱いたままの葵はゆっくりと顔を上げ、パトカーから降りてくる人物に目を細めた。


「一応全員を拘束するが・・・怪我人は救急車だ。すぐにくるからな」


葵に抱かれている周人を見てからそう言った秋田はてきぱきと指示を出しつつ残った勢力の掃討に力を注いだ。そして倒れたままの『四天王』、笑いもおさまり天空の闇に光を灯す月を焦点の定まらない目で見つめている『キング』を運ばせると魔女たちの前に立った。


「君たちには聞きたいことが山ほどある、一緒に来てもらうよ」


その言葉に素直にうなずいた4人はもはや『キングの王国』もこれまでと悟り、残念なような安心したような複雑な心境に陥るのだった。


「ありがとう。本当にありがとう」


見た目もボロボロで傷だらけの4人と、葵に抱かれて眠る周人に向かって深々と頭下げてそう礼を言う秋田に晴れ晴れとした笑顔を見せる4人。やがてやってきた救急車に乗せられる周人を最後まで見送った葵を乗せたパトカーが行く。茂樹もまたパトカーに乗せられながら去りゆく救急車のテールランプを見つつ晴れ晴れとした気持ちに満足するのだった。そして隣に座る芳樹の方を見やった。


「今後はお前がチームをまとめろ。俺はもうやりたいことは全部やった」

「兄貴・・・けど・・・」

「いいんだ。頼んだぜ、2代目」


そう言って弟を見つめる兄に応えるように力強くうなずいた芳樹は茂樹の精神をそのままにチームをまとめ上げる決意を胸に抱く。そしていつかは周人のように強くなりたいと心の底から願い、自分に誓うのだった。

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