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くもりのち、はれ異伝ー約束の夜へ-  作者: 夏みかん
第5話
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運命の彼方へ(6)

金と銀の閃光が交差する。金色の光は太めの槍、銀色の光は細めの棒だ。轟音を唸らせ、風を舞い上がらせて回転するその金色の槍に触れるだけで銀色の棒は簡単に弾かれてしまうほどのその重量差はいかんともしがたいものだった。ミストルテインの槍と呼ばれるその金色の槍の総重量は1トンにも及ぶが、如意棒と呼んでいるその銀色の棒は10キロ程度の軽さでしかない。その重さ1トンの槍をまるで棒切れか何かのように軽々と振り回すその持ち主である大場の怪力はもはや人間を超越しているのだった。正確に言えばそれは怪力ではなく、その右手が生み出す特殊な重力波により持つ物全ての重さをゼロにできる変異能力のせいである。それが大場の強さであり、ミストルテインの槍を持つ彼が『四天王』としての地位を得ている象徴でもある。


「そんなちんけな棒なんざへし折ってやるぜ」


奇抜なヘアースタイルの大場は槍の切っ先を如意棒の持ち主である誠の方へと向けるとそのまま無造作に槍を投擲する。自らが持つ最大の武器を簡単に手放すとは一体どういうわけかと思いつつ凄まじい速さで迫るその槍をかわすと体を回転させる反動を利用して如意棒を勢いよく伸ばす誠。誠の後方で砂塵を巻き上げながら豪快にコンクリートの地面に突き刺さる槍を見つつ、時速60キロのスピードで迫るその棒を避ける仕草も見せない大場は直線的に迫るその棒が見えているのか、その先端に向けて右手を差し出した。伸びた棒の先端がその右手の骨を砕く勢いでぶつかった瞬間、誠は手ごたえが全く無いことに少なからず動揺してしまった。本来であれば掌の骨を砕くことすら簡単にできてしまうその一撃は重力をゼロに出来る作用によってその衝撃すらゼロに変換されてしまったのだ。すかさず如意棒を元の長さである2メートルほどに縮めた誠は駆け寄ってくる大場に向けて棒を回転させながら牽制するような動きをとる。だが大場はそんなことなどお構いなしに突っ込んでくると誠が突き出した一撃を逆立ちするような格好でかわしながら天高く空中に舞い上がった。いくら重力をゼロに出来るからとはいえ逆立ちした手の勢いだけでゆうに5メートルは舞い上がるなど想像もできない誠はすぐさま棒を空中にいる大場に向かって突き出すが、大場は逆にその棒の先に右手をつくとそこを軸に地面に向かって急降下した。そのまま地面に突き刺さっているミストルテインの槍の柄に右手を添えれば衝撃や反動も無くぴたりと槍の柄の上に右腕だけで逆立ちをするような格好を取っているではないか。そして造作もなく地面に着地した大場は軽々と槍を引き抜くと驚く顔をしている誠に向かってにんまりと微笑むのだった。


「へへっ!びびったか?」

「あぁ」


ニヘラと笑う大場に対し、誠の表情は険しい。そんな誠を見下すような笑みを浮かべた大場が一気に間合いを詰めると金色の槍を突き出してくる。その槍を弾こうと如意棒を叩きつける誠だったが、相手は1トンにもなる超重量の槍、逆に手のしびれを感じてしまい棒を落とさないようにするのが精一杯であった。


「くそっ!」


叫ぶと同時に横に飛ぶ誠の左わき腹をかすめた槍を今度はそのまま横薙ぎに振るう。1トンの打撃を腹部に受けた誠は骨が折れるのを感じながらも棒を軸にくるりと身を翻して大場からかなりの間合いを空けた。内臓のどこかも傷めたらしく、血反吐を吐いて片膝をつく。その隙を大場が逃すはずもなく一気に攻勢に転じたその槍をかわしながらも、やはりわき腹に受けたダメージのせいかその動きは徐々に鈍っていった。迎え撃つ如意棒すら凄まじい衝撃と共に弾かれてしまっては打つ手は無い。しびれる手、痛むわき腹、奪われていくスタミナ。それらが一つに重なった時、誠の動きが一瞬だけ止まってしまった。


「死ねっ!」


大場の声にハッとなったのはほんの一瞬の刹那でしかなかった。だがその一瞬で誠の右のわき腹はえぐられるようにして肉を裂かれ、鮮血を噴いた。鋭い痛みに耐える誠は渾身の力で如意棒を伸ばして間合いを取ろうとするが、その棒に槍を叩きつけて誠を地面に落とした大場は血を流しながらもんどりうって土にまみれる誠を見て凄惨な笑みを浮かべるのだった。左のわき腹は骨を折られ、右のわき腹は肉をえぐられて血を流す。内臓にもダメージを受けた誠は起き上がる力も出せずに近づいてくる大場の靴をかすむ目で見ることしかできない状態にあった。こうまで実力差があるとは予想もしなかったと思う誠は自分の非力さを悔やんだが、今更どうすることもできない。


「くそ・・・・あの右手と槍さえ引き離せれば・・・・」


そうは思ってももはや体がいうことを聞かない。右手に握られた如意棒に力を込めるが、もはや振りかざす力も残っていなかった。


「頭を潰されるのがいいか?それとも串刺しがいいか?」


目の前に金色の先端が突きつけられる。どちらの選択もごめんだと思いつつも絶体絶命のこの窮地から逃れる術を模索するのが精一杯だ。


「思い残すことだらけだろうが、調子に乗った挙句の結果だよ」


そう言ってケラケラ笑う大場に対して激しい怒りが込み上げてくる。だが、それ以上どうこうしようという気にはならず、今大場が言った言葉を頭の中で反復することしかできなかった。


『思い残すことか・・・彼女とデートがしたかったなぁ』


好きなのかもしれないと思う圭子のことを頭に思い浮かべる。月に数回程度のメールのやりとりしかしていない関係、ついこの間、勇気を出して電話をしたのが一番の成果か。何か惹きつけられるものを感じていたが、それが何かもわからぬままこれで永遠の別れが訪れる。


『こいつをぶっ倒せば、それもわかるんだけど』


そう思いつつヘラヘラと笑う大場を見上げる。そんな視線を受けた大場は笑みをかき消すとひったくるようにして如意棒を掴みあげた。


「なんでこんな棒が伸び縮みすんだ?」


2メートルほどの長さの如意棒を左手でもてあそぶようにしている大場を見上げていた誠はぼんやりとした意識の中であることに気付いた。


『両手がふさがっている・・・まてよ・・・右手だけがあの槍を操れるなら、右手が使えなくなったら?』


そう思った矢先、急速に覚醒する意識に呼応して以前に哲生が教えてくれた言葉を思い出した。それは『気硬化』を習った際に雑学として聞かされた言葉であった。


『気は内部に働くもの、つまりは意識の持ちようだ。集中力が高かれば苦痛も疲れも感じない』


その言葉に、誠は全神経を大場へ食らわす一撃のみに集中させた。そして倒れたまま体をブレイクダンスするかのように背中で回転し、その反動で右足を蹴りつけた。思わぬ反撃にバランスを崩しかけた大場はとっさに槍を地面に突き刺してバランスを保ち、そんな大場の隙をついて如意棒を取返した誠は痛みを意識的に押さえ込みながら5メートルの間合いをあけてたたずんだ。


「集中しろ・・・そして勝つことだけを考えるんだ」


一瞬圭子の顔を頭に浮かべた誠はかすかな笑みを口元に浮かべた。態勢を整えた大場はその笑みに憤怒の形相を見せながら槍を構えると勢いよく突進してくる。


「テメェはバラバラになるぐらい串刺し決定だぁ!」

「集中・・・・集中しろ、痛みを超えて、ただ、あいつを倒す!」


血を流す右わき腹、骨の折れた左わき腹の痛みは増せど消えることは無い。だが、誠はただ大場の動きにだけ集中し、全神経を研ぎ澄ます。そして突き出されてきた槍をかわし、そのまま横薙ぎに叩き込んできた一撃すらも如意棒で迎え撃つ。


「バカめが!同じ事を何度も!」


大場にしてみれば軽い如意棒を弾くことも攻撃のうちだ。棒さえ弾けばいつでも串刺しが可能なのだから。そう思った矢先、大場は右の二の腕に鋭い痛みを感じて表情をしかめた。なんと誠は弾かれた反動を利用して迎え撃った方向とは逆の部分を大場の右腕にたたきつけたのだ。棒の中心を握る誠はその片方で迎撃し、弾かれた拍子にその反動を利用して反対側の先端で攻撃をしたのだ。突きをかわし、打撃を受けてその反動を利用した攻撃を繰り返す。相手の攻撃にのみ集中しているため、痛みは全く感じないし、なにより痛みを意識することがないために怪我すら負っていないように体が動くのだ。


『勝つんだ・・・勝って彼女とデートするんだ!』


他の誰かに言わせればそれは不純な動機なのかもしれない。だが、今の誠にはその動機が無限の力を与えてくれる。そう、これもまた『無我の領域』に達しているのだ。突きをかわされ、打撃も反撃の材料にされている大場は徐々に焦りと怒りに攻撃が雑になっていった。執拗に右腕ばかりを狙われているのはわかっているのだが、右腕でしか槍を操れないためにどうやってもそこにダメージを受けてしまうのだ。直線的な槍の動きに対して棒は回転を利用した円運動で攻めて来る。徐々に苛立ちも最高潮に達してきた大場だが、かなりの重傷を負っている誠が何故こうまで動けるのかが不思議でならなかった。攻撃を受け流しつつ相手の右腕に攻撃を仕掛けるという動作は痛めているわき腹にかなりの負担がかかっているはずだ。現に誠の傷は痛みと熱とでかなりひどい状態にある。それでも勝利への執念、圭子への想いなどがその痛みを凌駕しているのだった。


「生意気なんだよ!」


自身の苛立ちを誠にぶつける大場の一撃が誠の頬をかすめる。だが冷静にその一撃を見切った誠はかすかに頭を揺らせてその一撃をかわすと如意棒を振りかざした。その動きを見た大場はとっさに右腕をかばうようにして槍を振るうが、誠の狙いは右腕ではなく左腕に移行していたせいで無防備な左手の甲に如意棒が突き刺さった。骨の砕ける感触に絶叫した大場だが、これ以上のダメージを受けないためにもそれを堪えて渾身の突きを放つ。だが、誠が待っていたのはこの瞬間だった。襲い掛かる槍にタイミング良く如意棒に飛び乗るとそこから天高く舞い上がる。


「バカが!串刺しだぁ!」


そう叫んで構えを取る大場が見たものは、薄い笑みを浮かべた誠の表情だ。誠は空中で如意棒を超高速回転させるとまるで自分の姿を消すかのようにしてその後ろに身を隠した。大場からは扇風機の如き動きをしている如意棒しか見えないが、ターゲットがそこにいることがわかれば十分だ。突きの間合いに入った刹那、棒を回転させている手の部分、ちょうど円の中心部分に向かって槍を突き出し、如意棒を弾き飛ばして誠を串刺しにしようと渾身の一撃を放つ。勝利を確信していた顔が青ざめたのはその直後だ。身を捻ってその一撃をかわしつつ回転を止めた如意棒を突き出した誠の一撃は大場の右肩を直撃、その衝撃に槍を落としかけた右手の指に半回転させた如意棒が叩きつけられてぐにゃりとあらぬ方向へとへし折られてしまった。獣のごとく叫ぶ大場が槍を持てる唯一の右手を殺されては1トンもあるその超重量の槍を受け止められる術は無い。倒れるミストルテインの槍は土煙を巻き上げて地面にめり込んでしまった。両手を封じられた大場は目の前に着地した誠が如意棒を回転させている姿に戦慄し、無意識的に後退りしてしまっていた。


「奥義、『えん』」


そうつぶやいた直後、左右交互に側頭部を殴りつけ、そこからさらに如意棒を回転させて大場のみぞおちに強烈な突きを叩き込んだ。頭に受けた打撃で意識が朦朧となったそこへ放たれたみぞおちへの一撃は大場を失神させるには十分すぎる威力を持っていた。


「本当は首に叩き込むんだけどね・・・お前の命を背負い込めるほど度量がないもんで」


そう言いながら地面にへたりこんだ誠は勝ったという安堵感から集中力が途切れたせいで激しい痛みが全身を襲う苦痛にさいなまれつつも周囲を見渡せば、血を流して倒れている十牙に寄り添う茂樹、倒れてはいるものの意識はある純をかばうようにして戦うミレニアムのメンバーの姿が確認できる。どうやら純と十牙も勝利したようでホッとするが、離れた場所では周人と『キング』がにらみ合い、さらにかなり離れた場所では哲生と大野木が戦っている姿が見える。誠はその2つの戦いを交互に見ていたが、どうやらかなり苦戦していると見える哲生の戦いへと集中していった。そんな誠を取り巻き、守るようにして戦うミレニアムのメンバー数人がやってきたのを見てもなお哲生の様子を見たままの誠は苦々しい表情を崩すことはなかった。


どんなに意表をつこうとも、どんなにトリッキーな動きを見せようとも相手に攻撃が当たることはなかった。全ての攻撃が受け止められるかかわされてしまい、逆に反撃を受けてしまっていた。今、哲生が相手にしている男は『キング四天王』最強の男であり、その強さの秘密は『2秒先の未来が見える』という変異能力のせいだ。葵がくれたメモに書かれていたその能力はただ単に相手の動きを読み取る力が人よりもずば抜けているせいだと思っていた。だが、今こうして実際に戦ってみるとそれが間違いだということをまざまざと認識させられていた。動きを読んでいるのではなく、まさに行動を先読みしているのだ。哲生が蹴りを繰り出そうとしている場所に先に腕を出してブロックしたり、蹴りがいつ、どの場所に来るかが分かっているかのように動き、反撃を仕掛けてくるのだ。これではいかにフェイントをかけようにもそのフェイントすら事前にバレてしまっていてはその意味が無い。常に劣勢を強いられながらも相手の攻撃を受け流しているのはさすがだが、このままでは勝機はない。一旦間合いを置いた哲生だが、どうしていいかもわからずにただ目の前の敵である大野木を睨むことしかできなかった。


「ククッ。さすがに強いなぁ、『魔術師マジシャン』・・・その名の通りの攻撃だが、オレには通用しねぇ」


時折前を行くバイクのライトが大野木の耳にある赤い3連ピアスを妖しく輝かせている。2月というのにタンクトップ姿の大野木はギチギチに張り巡らせた筋肉の鎧を誇らしげに露出しながら180センチはある巨体から哲生を見下ろすようにして一歩踏み出した。哲生は下がることはしなかったものの、その威圧感に押されていた。攻撃を当てる光明はおろか相手からの攻撃を受けないようにするのが精一杯の状況下ではそれも仕方が無い。


「見たところ、お前と『魔獣』以外は勝ったようだが・・・まぁ、オレと『キング』が残っていればどうとでもなる。お前の仲間は勝ったとはいえ死にかけだしな」


目の前にいる敵を無視して周囲を見渡す大野木は腕を組みながら実に堂々とした様子だ。この隙だらけの状況にあっても攻撃を仕掛けない、仕掛けられない哲生は背中を伝う汗を感じながらもどうすれば大野木を倒せるのかを必死で頭の中で思案する。しかし、やはりというか答えは見つからず、哲生は休むことなくただがむしゃらに攻撃するしかないと意思を固めた。


「予想外によくやる。大場や御手洗みたらい、西原が倒されるなんてな」

「お前も俺にぶっ倒されて、『キング』もシューに倒される」

「面白い冗談だが、まずは勝機を見出してからそう言いな・・・ミレニアムの連中を皆殺しにするウォーミングアップも終わったし、お前には早々と退場願おうか」

「俺はウォーミングアップのためのパートナーかよ・・・」


いつもの哲生並みの軽口をたたく大野木にその哲生は返す言葉にも力が無い。それは何も相手との力量差を感じたからだけではなく、心の奥底に引っかかっているもののせいでもあるのだが哲生はそれに気付いていなかった。それが哲生の中に微妙な乱れを生み出している最たる原因なのだが、哲生は考えるより先に動くことにした。無意識下で放つ攻撃ならば読まれはしないと踏んだのだ。しかし、その考えもあっけなく覆された。右足を振り上げて左側頭部を狙う刹那、大野木は既に右側に移動してその動きを封じる。とっさにその動作を中断して左拳を振るおうとするが、顎を狙っていたのが分かるのか先に右手で顎の付近をかばうようにしているではないか。哲生はそのまま拳を振りつつ奇襲の一撃を股間に向かって放つが、簡単に足でブロックされた挙句に腹部に強烈な一撃をもらって吹き飛ぶ。内臓に直接響くその一撃を受けておおげさに吹き飛んで見せたが、それは打撃の威力を殺すために自分からわざと大きく飛び退いたにすぎない。


「おうおう、もう終わりか?」


ズシズシという音を響かせているように見える大きな歩幅で迫る大野木は歯をむき出して笑っている。


「くそ・・・うっとーしいぜ」


気硬化で打撃の威力は殺したとはいえ、いくらかのダメージは受けている。それでも哲生は右腕を振る動作に紛れて左足で腹部を蹴ろうと狙いを定めた。


「右手をフェイントで左の蹴りを腹部へ」


モーションを起こした刹那、目の前の大野木がそう言い放つ。見事なまでに攻撃を言い当てた大野木に動揺した哲生は岩のような拳を顔面に受けて再度吹き飛んだ。今度は気硬化すらできずに本気で飛ばされて地面を転がり、口の中を切り、鼻血も流して身悶えるしかない。そんな哲生が尚も必死で立ち上がろうとする中、大野木は下から哲生の腹部を豪快に蹴り上げ、そこからさらに顔面を蹴りつけようと足を振り上げた。だがその蹴りは即座に軌道を変えて哲生の腹部を直撃した。とっさに顔面をブロックしようとしたその動きを先読みしての攻撃個所の変更だ。哲生は腹を押さえながらうめき声を上げ、顔中にシワを寄せて苦痛に耐えている。


「俺は2秒先の未来が映像となって頭の中に浮かぶ・・・これは格闘家はおろか、すべての武術家にとって最高の能力だ。攻撃される場所、ブロックするタイミングも分かれば対応の仕方も簡単だからな。もっとも、そんなことなどお構いなしに攻撃してきた『キング』だけは例外だったがな」


勝ち誇った口調でそう自らの能力を自慢する大野木はいまだに倒れたままの哲生の首を掴んで強引にその体を持ち上げた。ただでさえ息苦しいというのに首を掴まれて宙に浮かせられては息もできない。苦悶の表情を浮かべる哲生は敗北を噛み締めつつも非力な自分を呪うことしかできなかった。


「死ねや」


首を離した刹那、巨大な拳がハンマーのごとく振り下ろされ、哲生の腹部に直撃した。3度目のその打撃は2度の打撃の比ではなく、口から内臓全てを吐き出しそうになるほどに強烈であり、哲生の意識をあっけないほどに奪い去っていた。土にまみれて地面に倒れる哲生は完全に気を失い、口と鼻から血を流した人形のようになっていた。大野木はそんな哲生にとどめをさすべく、ゆっくりと近づいていくのだった。


『なんでお前と観覧車なんだよ・・・』


夕日が綺麗な窓の外に見える景色は夜の闇から身を守るための明かりを灯し始めた町並み、そして輪郭を夕日によってオレンジに輝かせている山だ。幻想的にその縁をオレンジに発光させた雲もまたその雄大な景色に色を添えているようだった。だがせっかくのその綺麗な景気も一緒に見ている女性がミカでは半減だ。どうして観覧車にミカと一緒に乗っているのかが理解できない哲生だったが、それを深く考えることは無かった。


『死なないって言ったのに・・・』


悲しげな表情をしたミカの言葉に哲生は苦い表情をしつつもその顔を見やった。悲しげな表情を浮かべているミカを見て心が痛むが、だからといって返事を返すことはなかった。


『しゅうちゃんを助けてあげて。怪我しないように、死なないように』

『無理だよ・・・相手が悪すぎる』

『ホントに?てっちゃん、まだ本気じゃないじゃん』


どこかで聞いたような台詞の後、ミカは真剣な顔つきでそう言った。


『本気さ、本気で勝てなかったんだ・・・仕方ないんだ』

『ずっとそうやって言い訳するの?』

『言い訳じゃない!』

『そっか、じゃ、納得してるんだね?』


そう言われて口篭もる哲生は何も言い返せなくなって黙りこむしかなかった。納得はしていない。だが今回ばかりは相手が悪い。世界最強の『キング』を相手にして周人が勝てる見込みもなければ自分も大野木に敗北だ。結局は勝った他の仲間も死ぬだろう。だが、それは納得できない。そのジレンマに耐え切れず、哲生はオレンジに支配された外の景色へと顔を向けた。絶対的な威圧感、存在感、恐怖感を持った『キング』に笑いながら向かっていった周人の顔が何気なく浮かんでくる。自分が心から恐怖した相手に笑って立ち向かえる周人に驚きつつ、ああなりたいと思った自分がいた。だが、『キング』より実力が劣る大野木にさえ歯が立たなかったのだ、それはもう絶対に無理な話だ。


『てっちゃんは強いよ・・・すごく強いんだ。だって、てっちゃんはまだ本気じゃないもん』

『バカヤロウ!俺は本気で・・・』


哲生はミカの言葉に反論しながらそのミカの方に顔を向けて目を見開いた。さっきまでそこに座っていたのは確かにミカだった。なにより、今の言葉はミカの声だった。だが、今、目の前に座っている少女はミカではない。


『ありがとう・・・佐々木くん、ありがとうね』


麦わら帽子に白いワンピース、ショートカットの髪型。そこに座っている少女はまぎれもなく礒崎恵里。周人の彼女だった今は亡き少女。笑顔が似合う、何より周人とお似合いだった少女の姿だ。


『恵里ちゃん・・・・なんで君が・・・・』

『ありがとう、ありがとうね・・・ホントにありがとう』


何度も何度も礼を言う恵里は小さく微笑むばかりだった。哲生はその笑顔とお礼の言葉に胸が痛むのを感じていた。


『もう十分だって言うのか?俺は負けたのに・・・君の仇を討つ手伝いもできなかったのに・・・君の彼氏の負けすら認めてしまった俺なのに・・・それでも君は礼を言ってくれるのか?』


膝の上に置いた拳を力いっぱい握りしめる。胸が締め付けられ、知らないうちに涙が溢れてくる。恵里は何も言わず、ただ小さな微笑を浮かべて慈愛に満ちた目で哲生を見つめているだけだった。


『シューがなんでああも戦えてたか分かったような気がする・・・』


徐々に自分への怒りがこみ上げてくる。この天使のような少女の命を自らの欲望のために奪い去り、何の罪にも問われなかった悪の存在『キング』。その『キング』を倒すことだけを目標に戦ってきた周人が何故短期間でああまで強くなったかのかがようやく理解できた。この天使のような少女を守れなかった自責の念、その命を奪い去った『キング』への怒りと憎しみがそうだと思っていた。だが、本当の理由はこの少女のことが本当に好きだったからだ。ただ純粋に好きだった、愛していたからこそ、あそこまで強くなれたのだ。それが周人の中にあった『正の気』であり、茂樹との戦いで昇華された『負の気』に上乗せされて『無我の領域』に達したのだ。純が、十牙が、誠が『四天王』に勝てたのもその理由だろう。誰かを好きになったからこその真の力の目覚め。それは人としての最高の心。


『俺にはそれがなかったのか・・・それが足りなかったのか・・・』


つぶやく哲生は目の前で微笑む恵里に微笑で応える。


『どうやら礼を言われるのはまだ早いらしい。好きな子がいない俺だけど、強くなれる理由ができたよ。君に本当の意味でのお礼を言われたい。君に軽蔑されたくないからね』


いつもの口調でそう言って笑う哲生は観覧車の座席から立ち上がった。夕闇が迫りつつある景色を目に、哲生の決意が力を呼び覚ましていく。


『ミカとも約束しちまったしな』

『そうだよぉ!忘れないでよねぇ』


そのおっとりした口調と言葉にあわてた様子で前を向けば、そこにいたはずの恵里は元のミカへと戻ってしまっていた。哲生は苦笑しながら頭をぽりぽりと掻くと心の中で恵里に礼を言った。


『わかってるよ』


哲生の言葉を聞きながらゆっくりとミカが立ち上がる。すぐ目の前に立つミカの潤んだ瞳にドキドキしつつも平静を装う哲生はそっと目を閉じたミカに吸い寄せられるようにして何のためらいも無くその唇に自分の唇を重ねるのだった。


仰向けで白目を剥いていた哲生の瞳に光が戻る。ぼやける視界に見えているのは靴の裏だろうか。その巨大な足が勢いよく顔面に迫る刹那、哲生は考えるより先に体が行動していた。間一髪の所で身をよじり、ごろごろと地面を転がってその一撃を避ければさっきまで頭があった場所には踏み込まれた足が地面にめり込む勢いで突き刺さっている。哲生はようやくはっきりしてきた意識を総動員して立ち上がると、痛む腹部に気を集中させて苦手としている癒しの気功で治療を施していった。大野木はそんな哲生を信じられないといった表情で見ているだけで何の動きも見せていない。実際に大野木は戸惑っていた。その理由は2つである。まず一つは完全に気を失っていた哲生がわずか5秒足らずの間に意識を取り戻したという事実。そしてもう一つは哲生の頭を踏み潰そうとしたさっきの一撃を避ける映像が頭に浮かばなかったことだ。自らの意思で2秒先が見える能力を発揮できるのだが、相手が死ぬまでは、戦いが完全に終わるまではそれを解くことはしない。現に今でも発動しているのだ。なのに何故それが見えなかったのかが謎なのである。たしかに哲生の頭を踏み潰すビジョンは見えていた。考えられないことなのだが、哲生はそのビジョンを見せていたわずかの間に意識を取り戻し、攻撃を避けたということになる。だがしかし、それならば避けるビジョンもまた見えるはずだ。矛盾を抱えつつ哲生を睨む大野木は、だが、フラフラの相手に勝利の確信は微塵も揺るがせず、一歩詰め寄った。

「予想外なヤツだ・・・だが、結果はわかっている」

「あぁ、俺の勝ちだろう?」


哲生は笑いながらそう言った。今自分が言った言葉に自信すらみなぎっていることがわかるほど、哲生はやる気満々の顔をしていた。


「死にかけていたくせに生意気な・・・お前が死ぬビジョンが少し先に延びただけだというのに」

「アホめ・・・2秒先だかなんだか知らないけどさ、先は見えないから楽しんだぜ?」


そう言って構えを取る哲生からはさっきまでにはなかった気が満ちていく。それは怒気であり、闘気であり、殺気でもある。そしてそれらが合わさり、強烈な鬼気の風となって大野木まで吹きすさぶ勢いを持って膨れ上がった。


「心はくう・・・その身は鉄・・・・」

静かにそう言って胸の前で両手を合わせた哲生の全身にまとわりつくようにぼんやりと金色の光が見えている。


「さすがは『魔術師マジシャン』・・・・なかなかのマジックだぜ」

「ハトは出せないけどな」


ニヒルに笑う哲生に悪鬼のごとき形相で迫る大野木。その頭の中に正面から回し蹴りを放つ哲生の動きが先読みできる。やはりさっきのは何かの間違いだと思う大野木は予知映像が見せた通りに目の前を高速で通り過ぎていく哲生の右足を見てから相手の顔面に拳をめりこませようと一歩踏み出した。その直後、突然右のこめかみに鋭い痛みが走り、大野木はその衝撃に脳を揺さぶられたせいで大きくバランスを崩してしまい、哲生の顔にパンチを当てることができなかった。何が起こったか理解できていないが想像はつく。おそらく通り過ぎた哲生の右足が振り切ることなく途中でバックしてきたのだろう。そのためにかかとがこめかみに炸裂したのだろうが、何故その予知ができなかったのかが謎だ。


「くそ、なんなんだ」


苛立ちを押さえきれずにそう口にした大野木に対し、哲生は口の端を吊り上げて笑みを浮かべた。


手品マジックはこれからが本番だぜ」


その場でトントンと垂直に飛び跳ねるようにしている哲生は大野木に向かって右手の指を折り曲げ、かかってこいとの意思を示す。いまだかつてない屈辱感に怒りを爆発させた大野木だったが、下から蹴り上げた足を下ろさずに脳天にかかとを叩き込もうとする哲生の動きを冷静に予知していた。そしてその予知映像通り、ジャンプしていた哲生の右足が下から顎を狙って舞い上がる。大野木はその蹴りを余裕をもって見切り、この後天から降ってくるかかとに対して右腕を上げて迎撃に出る。そして予知通りその蹴りをブロックした刹那、下から顎を蹴り上げられてうめき声を上げ、今受け止めた哲生の右足が喉を直撃したためにそのうめき声も途中で途切れた。今のは軸足にしていた左足が跳ね上がってきて顎を直撃したわけだが、やはり予知映像は見えなかったし、最初の予知映像の中にもそれは入っていなかった。グラグラする意識の中、相手の拳が腹部にめり込む映像が見えた大野木は無意識的にそこをブロックしにいくが、哲生の拳は途中で止まり、替わりに強烈な蹴りがわき腹に直撃した。


「そんなバカな・・・予知が、予知が外れるなんて・・・」

「俺にも天使が力を貸してくれたからさ・・・巨乳の天使もな」


苦笑混じりにそういう哲生に対し、激しく動揺する大野木の敗北はこの時既に決まっていたのかもしれない。2秒というタイムラグ、そこに予知の落とし穴が存在していた。確かに予知映像は2秒先を大野木に伝え、大野木はその2秒という時間を有効に使って防御と攻撃を繰り出していた。実際哲生にもそれは有効だった。だが、その2秒から次の2秒先の間に哲生の動きが変化していたためにそれが映像として頭の中に浮かぶまで空白の時間が生まれてしまっていたのだ。今までの相手であれば最初の攻撃を受け流し、次の反撃で勝負は着いていた。現に哲生は意識を失ったほどだ。だが、死の縁から蘇った哲生は実にリズミカルに、かつ自由自在、変幻自在に攻撃が変化していたためにそれが追いつかなくなっていた。へたに変異能力に頼らず、自分の目で動きを見ていればもっと臨機応変に対応できていたはずだ。だが、その力に絶対的信頼と自信を持っていたためにそれが出来ず、こうまで簡単にやられてしまっていたということに気付くことはない。より力に頼ろうとする大野木にもはやその強さは感じられず、哲生は勝利を確信した。哲生は大野木の体を駆け上がり、頭上に舞い上がる。その速さに付いていけないのは予知映像であり、大野木自身の反射神経だ。目では哲生を追っていた大野木は目を見開いて2秒先を見るが、見えるのは暗闇ばかりである。もはやどうしていいかわからない大野木は怯えた目をするのが精一杯であり、頭上から舞い降りる膝を見ても腕を動かすことをしなかった。次の瞬間、哲生の右膝が脳天を直撃し、大野木は意識を失った。予知能力は生きていたのだ。そう、さっき見せていた暗闇は自身の意識が消えていたことを示していたのだから。そして哲生はまだ空中にいた。重力に引かれて落下しつつ、既に意識のない大野木の両側頭部を挟むように両足で蹴りを見舞い、肩を利用して宙返りしながら胸元に強烈な蹴りを叩き込んだ。みぞおちに叩き込まれたその一撃に巨木のような大野木の体がゆっくりと倒れ込んでいく。そのまま地響きを立てて大の字に倒れた大野木は一瞬ビクッと痙攣したあと、白目を剥いたまま動かなくなった。


「佐々木流合気柔術、奥義、そら


着地を綺麗に決めながらもうめくようにそう言った哲生はお腹を押さえるようにしながら両膝をついた。『無我の領域』による気の高まりは外気、つまりは自然が発する気を取り込んで自らの力に変えていた。その効果が腹部に受けたダメージすら癒してくれていたのだが、それが解けたと同時に癒しの効果も消滅してしまい激しい痛みが襲ってきていたのだ。


「恵里ちゃん・・・これで胸張って君からのお礼を受けられるよ。っつーかさ、礼を言うのは俺の方か」


座り込み、脱力しきりにそう言う哲生は苦痛の中に笑みを浮かべる。死の縁、あの世への一歩手前だったのか、恵里と出会ったあの観覧車の中でお礼を言われなければその力に目覚めることはなかっただろう。


「俺はもういいから、シューに力を貸してやってくれ・・・君の力があれば、あいつは誰にも負けないだろうから」


そうつぶやきながら周人の方へと顔を向ける。そんな哲生の前に立った茂樹は襲ってくるチンピラたちから哲生を守るようにしてそれらを蹴散らしながら同じように周人の方へと視線を向けるのだった。

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