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第15話「ブラコンお市の恋②」

 まるで少女マンガみたいに、たくさんの星がまたたき夢見るような瞳で、にっこり笑うエリザベス。

 俺との事で? 悩んで表れていたらしい『やつれ』は、すっかり消えている。


「ん? エリザベス、私との純愛って何だ?」


 俺はわざと、とぼけて聞く。

 すると、


「あら、今更ですわ! わたくしが、いつもお兄様に申し上げている通りです」


 即座に、お約束とも言える答えが返って来た。


 やはり、アーサーから聞いている通りだ。

 この子は兄貴に『ぞっこん』。

 完全にブラコンなんだ。

 それも超が付く。

 だからアーサーも、妹が目の中に入れても痛くないほど可愛がっていた。

 美しさだけではなく、気持ちまで向けられていたら、当たり前だろう。


「…………」


 でもいくら可愛いといっても、エリザベスは実の妹なのだ。

 万が一、結ばれでもしたら……許されざる『禁断の関係』となってしまう。


 俺が、何とも言えない微妙な表情で見つめると、


「うふふ……」


 と、エリザベスは意味ありげに笑う。

 この笑顔、凄く艶めかしい。

 たった12歳なのに、まるで大人の女だ。

 

 それに少し変だ。

 アーサーから俺への『変貌』について、エリザベスは何の突っ込みもして来ない。

 大人しくて優しい兄貴に、ぞっこんラブの筈なのに。

 

 何故、なんだろう?

 気が付いていないわけどない。


 ……まあ、元気が出たのは良い。

 俺と話が出来る状態になったのだから。


 エリザベスには、伝えるべき大事な件がいくつかある。

 でも、このままの状況では話を開始出来ない。


 だから俺は、侍女へ声を掛ける。


「……おい、ブレンダ」


「は、はい?」


「お前達なぁ、何か、話がややこしくなりそうだから、一番奥の部屋へ行ってくれ」


 侍女のブレンダ他数名に下がるように言ったが、身の回りの世話は勿論、万が一の時は『盾』になるべく覚悟を決めているらしい。


 エリザベスのそばを離れるわけにはいかない……

 と、ブレンダを筆頭に、俺に対し、切なそうな眼差しを送って来る。


「し、しかし! アーサー様」


 だが、エリザベスも笑顔のまま、俺同様、侍女へ命ずる。


「ブレンダ、お兄様の仰る通りにして! 私が良いというまで奥の部屋へ控えなさい。もし盗み聞きなどしたら……許しません!」


「は、はい……」


 こうして……

 退去を命じられた侍女達は大人しく、話し声が聞こえない一番奥の部屋へ引き下がったのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 侍女達が消え、俺とふたりっきりになったエリザベスは艶然と笑う。


「ではお兄様、じっくりと、お話ししましょう」


「よし! 順を追って話すぞ」


 と、俺が真剣な表情になって言ったが……

 エリザベスは、相変わらず含み笑いをしている。


「うふふ」


 ならば、「少しは驚かせてやれ!」と、俺は単刀直入に。


「エリザベス、驚くなよ? 俺はさっき宰相をぶっとばした。牢屋にもぶち込んだ」


「あら」


 エリザベスは目を丸くしたが……全然驚いてはいない。

 それどころか、またも笑っている。

 とても面白そうに……


 意外ではあったが、まあ仕方がない。

 俺は話を進めるしかない。


「前々から調べていたが、オライリーにはいろいろ裏がある。マッケンジーに家探しをさせているから、悪事の証拠がたくさん出て来る筈だ」


「ですね、うふふ」


「ほう、驚かないのだな」


「はい! 確たる証拠さえ掴めれば、あのような薄汚い毒虫は我が国に不要です。手さえあれば、私がとっくに粛正していましたわ」


「ふむ……奴は薄汚い毒虫か。ちなみに宰相の後任はマッケンジーだ」


「はい! 賢明なご判断です。クラーク爺やなら適任でしょう」


「だな! その足ですぐ俺はオヤジ殿へ会いに行った」


「成る程、父上のご様子は?」


「まあいつもと変わらない。それで俺はズバリ、オヤジ殿へ王位を譲れと迫った」


「へぇ! それで譲って頂けましたか?」


 大きな声をあげたエリザベス。

 驚くというよりは、嬉しそうな表情で。


 じゃあ、愛する妹の期待に応えて、朗報を伝えてやる。


「ああ、内々でな。正式な発表はこれからだが、この国は今後俺が仕切る」


「それはよろしゅうございました」


 俺が王になると聞いて、満面の笑みを浮かべたエリザベスであったが……

 急に、真顔へと戻る。


「ですが……」


「ですが?」


「はい! もしお兄様が王になられるのなら、私との駆け落ちは……なしになりそうですね?」


 私との駆け落ち?

 とんでもない事を「しれっ」と言う子だ。

 そう思いながら、俺も「しれっ」と受け流す。


「ああ、オヤジ殿の前で、偉そうに啖呵たんかを切った。国を任せろ……とな」


 俺が王になる……という事実。

 そこから、エリザベスはある推測をしたようだ。


「では私もお兄様の便利な『駒』として、どこかの国へお嫁に出しますか?」


 おお、エリザベスの奴、相変わらず「しれっ」と凄い事を聞いて来る。

 確かに日本でも西洋でも、男性優位の中世社会では、女性は政略結婚の道具として使われていた。


 そして、この中世西洋風異世界も例外ではない。

 今頃、夫である俺の帰りをひたすら待っているだろう、俺の嫁。

 隣国アヴァロン魔法王国王女イシュタルも、ズバリそうだ。


 しかし俺は首を横に振った。


「いや、俺はそこいらの王とは違う。妹のお前が望まない結婚はさせないさ」


「それは本当でございますか?」


 エリザベスを、道具として使わない事を告げると、彼女はとても嬉しそうになった。

 今迄の大人っぽい笑みではなく、無邪気な12歳相応の笑顔だ。


「ああ、本当だ。創世神様に誓おう! 俺と同じでお前は若輩。更に女だが、充分政務を行える。一緒にアルカディア王国を盛り立てて行こう」


「ありがとうございます! このエリザベス、お兄様のご期待に応えるよう、粉骨砕身致します。でも……」


「でも?」


「はい! お兄様、ひとつ懸念がございます」


「懸念だと?」


「はい! 今日来たあの女は獅子身中の虫ですわ……故国へ帰さないのですね?」


 唇を「きゅ」と噛み締め、エリザベスが憎しみを籠めて言う『今日来たあの女』とは……

 輿入れして来たアヴァロン王女イシュタルだ。

 エリザベスから見ると、『憎き恋敵』らしい。


「ああ、悔しいが、帰すわけにはいかない。何故なら我がアルカディアは小国だ。先日締結したアヴァロンとの軍事同盟は貴重なもの。ガルドルド帝国へ対抗する為にパワーバランスを考えなくてはならないからな」


「仰った事には充分納得しますが、残念です……お兄様。私は……絶対に諦めません!」


 諦めないと言い切るエリザベスの目は真剣だ。

 単にブラコンの域を超えていて、俺は圧倒されてしまう。


「お、おお……」


「誰が何と言おうと! 私とお兄様は結ばれる運命なのです! いいえ! 絶対に変える事の出来ない創世神様が定めた宿命なのです!」


 エリザベスは自信たっぷりにそう言うと、またも嫣然と笑い、俺に抱きついて来たのであった。

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