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「ああ。それが表向きの情報だということもな」
「は?」
王太子殿下の間抜けな声が、やけに会場に響く。
表向きの情報。ハルはそう言った。
表があれば、必ず裏もある。
「その表向きの情報は、マリアント公爵家にもう一人子が存在することを知られないようにするために流した嘘の情報だ」
「う、嘘だと……?」
「そうだ。本当は公爵家には女児が存在していた。だが生まれてまもない頃に誘拐されてしまってね。公爵家の令嬢が誘拐されたなんて、あまりにも衝撃すぎるだろう?だから公にはしなかった。この真実を知っているのは皇族と公爵家のごく一部だけだ」
そういえば以前、図書室でも同じようなことを言っていた。
けれど私の髪と瞳の色は、『祝福の一族』の特徴とは違う。
「でもそれなら髪と瞳の色はどう説明するのですか!一族の証は、輝く銀の髪と新緑の瞳のはず!だけどその女はくすんだ灰色の髪に暗い緑の瞳だ!」
王太子殿下も私と同じことを思ったのか、そう声を上げた。
たしかにその通りだ。この大きな矛盾。
それを説明できない限り、誰も納得しないだろう。
「まぁこれは実際に見てもらうしかないか」
そう言うと、ハルは私を見た。
「レイ。あの時に渡したペンダントは今も身に付けているよね?」
「え、ええ」
あの日ハルからもらったペンダント。
たしかに身に付けてはいるが、ペンダントは常に服で見えなかったし、今もドレスの下だ。
それなのにハルはどうして私が今でも身に付けていると確信しているのか。
「それじゃあそのペンダントを外してくれないか?」
「……分かったわ」
私はハルに言われたとおり、首に掛けていたペンダントを外す。
もしかしたらこのペンダントに何かあるのかもしれない。
「その、これ……」
だから外したペンダントをハルに渡そうと顔を上げると、急に会場が騒がしくなった。
「えっ!?」
「う、嘘……」
「まさかこんなことが……」
ざわめきが波のように伝わっていき、会場中のすべての視線が私に注がれた。
「えっ、なんで……」
「それはね、みんながレイに目を奪われているからさ」
「それはどういう……っ!」
ふと視界に違和感を感じ、自分の髪に視線を落とす。
するとそこには、いつものくすんだ灰色ではなく、光輝く銀色があった。
「どうして……」
ベラの用意してくれた鏡で見た時は、間違いなく灰色だった。
それなのにこれはどういうことなのか。
「今のレイはね、彼らと同じ色をしているんだ」
「!」
彼らとは誰か。
そんなことわざわざ聞く必要はないだろう。
とても信じられないような話だが、ハルが嘘を言っているようには思えない。
ハルは私からペンダントを受け取ると、それを掲げた。
「このペンダントは皇室に伝わる古代遺物の一つで、髪と瞳の色を変えてくれる。実は私は以前彼女と出会っていてね。それで彼女が誘拐された令嬢だと確信した私は、このペンダントを彼女に渡したのさ。一族の力や血筋を悪用しようとする者が現れないようにね」
「うっ……」
ハルはそう言い、公爵の方を見た。
心なしか公爵の顔色が悪くなったように見える。
それにしてもまさかあのペンダントにそんな力があったとは。
出会った時のハルと今のハルの髪と瞳の色が違ったのは、このペンダントを身に付けていたからなのかと納得した。
しかし今さらだが、帝国皇族に伝わる古代遺物なんてとてつもなく貴重なものを、ずっと身に付けていたのかと思うと恐ろしい。
壊れなくて本当によかった。
「そ、それじゃあ、その女は本当に本物……?」
王太子殿下は確固たる証拠を目の前で突きつけられ、ワナワナと震えている。
「う、嘘だ……」
そして王太子殿下が、私たちから一歩二歩とあとずさり……けれどその時だった。
「おや、これは何事かな」




