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時を遡ること数時間前。
今日は学園が休みだった。
だからいつもより時間に余裕があるとホッとしていたが、それは長くは続かなかった。
『なんだか今日のお姉さまは暇そうね』
公爵たちの前で放ったリリアンのこの一言で、私は朝から晩まで働くことになってしまったのだ。
休みの日は王太子との逢瀬に忙しく、私のことなど眼中になかったリリアンが、突然こんなことを言い出したのは、私のことが気に入らないから。それ以外に理由はない。
ただ存在が気に入らないといういつもの理由ではなく、私がテオハルト様に構われているのが気に入らないから。
「あのねお父様。お姉さまったら最近テオハルト様に言い寄るのに忙しくて、ネスト様の婚約者としての自覚が少し足りていないみたいなの。私、お姉さまの妹としてとても恥ずかしいわ……」
「なんだと?」
こんなやり取りが急に始まったかと思えば、リリアンの発言もあり、最終的には暇なら働けと。
当然拒否できるわけもなく。
ただ私のことは何とでも言えばいい。
けれどリリアンは許可もなく皇子殿下の名前を口にすることが、どれ程不敬なことか分かっていないのか。
王太子殿下もそうだが、なぜ許可も得ていない人の名前を勝手に呼ぶのか。
きちんとマナーを学んでいれば子どもでもそれくらい分かること。
それなのに公爵たちも、誰一人として指摘しないなんて。
この人たちが考えていることなんて分からない。
けれどどうか本人の前では間違っても名前で呼ばないでほしいと、思わずにはいられなかった。
「あっ、今日はネスト様とお茶会の日だったわ。急がなくちゃ!……ふふ、頑張ってね、お姉さま?」
結局リリアンは言いたいことだけ言って、王太子殿下とのお茶会があるからとさっさと出掛けていった。
「お前はこの家のためにしっかりと働け。分かったのならさっさと着替えてこい」
「……かしこまりました」
どうせ私に選択肢なんて存在ない。
ここで生きていくには、従うしかないから。
この家の人たちはいつもこうだ。
私を働かせたいだけなら、こんな茶番なんてしないでただ命令すればいいだけ。
でもそうしないのは、私が傷つくのを見て嘲笑いたいから。
お前はただの偽物。帝国の皇子がお前を構うのは、お前が公爵令嬢だから。
公爵令嬢ではない孤児になど、なんの価値もないと。
分かっている。
そんなことは自分が一番理解している。
だから私はこの人たちの言葉に傷ついたりはしない。
淡い期待を抱いていた最初とは違い、今はもう何も期待してないから。
身体的には辛い、ただそれだけ。
泣いたり怒ったりするようなことはしない。
そんな感情を抱くだけ無駄だ。
ただこの家の人たちは、いまだにそれを理解してくれてはいないけれど。




