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66.セリーナ捕縛

『ゼイン!! なんていい男なの!!』


 貴族として育ち、その後も神殿で過ごしてきたセリーナの周りには、育ちのいい上品な男しかいなかった。


 しかし前世ではホストにハマったこともある。美しい男は皆好きだが、特に悪そうでセクシーな雰囲気の男は見てるだけでゾクゾクする。


 影のある雰囲気、鋭い目付き、大人の男の色気、ゼインの何もかもが好みだった。


「お前が聖女か?」

「そう言われていますけど、私は自分の出来ることをしているだけですわ」


 ゲームの知識を呼び起こして、バッドエンドにならないよう回答していく。


「俺は聖女なんてものは認めない」

「貴方の瞳には憎しみだけではなく悲しみも宿っていますわね。どうしてこんなことをするのか、教えて下さいません?」


 ゼインはこの程度ではまだまだ心なんて少しも開かない。それはシナリオ通り。


 この後騎士団が踏み込んできた時に、ゼインはヒロインを抱えて脱出する。逃げる途中で怪我をしたゼインをヒロインは迷いなく光魔法で治療し、次の隠れ家で合流したゼインの仲間達の怪我も全て治してみせる。


 貧民街の弱った子供達も、年寄り達も、ゼインを頼りにする全ての者達を分け隔てなく救っていくヒロインに、『弟も君に出会えていれば』とここまで来てやっと暗い心に光の欠片が灯るのだ。


 それ以降も攻略するまでには長い長い道のりがある。そしてそこに辿り着く間に数々のバッドエンドがある。


『そんなに時間をかけていられないと思ったけれど……こんなにいい男ならゼインを愛人に加えるのも悪くないわね。市場はやめて貧民街から疫病イベントを起こしてもいいかもしれないわ。どうせ光魔法なんて使えないし、ゼインの怪我もならず者達の怪我も治せないもの。代替案として疫病イベントを起こしてしまえばいいわ』


 そう企んでいる途中で急にドロッとした眠気のようなものに襲われて、一瞬でセリーナは意識を失った。


 倒れた時に石造りの床にゴツンと額をぶつけたが、それでも目は覚めなかった。




「よし、効いたな」


 物陰から姿を現したのは第二王子ルイだった。


「ルイ殿下、キセノンというのものは効き目が早いですね」

「ああ、キセノンは導入も覚醒も早いんだ」


 空気中にごく少量存在する希ガスの中でも特に少ないキセノン。量自体が少なく、分離に多くの工程が必要でコストがかかるが、麻酔薬としては笑気ガスよりも優れている。ルイ王子は風魔法の応用で空気中のキセノンを採集し、セリーナに吸わせていた。


「よし、じゃあ運ぶぞ」

「それは俺達にお任せ下さい」

「半日キセノンの吸入が続くよう魔法をかけた。多少手荒でも目覚めない」

「それは助かります」


 ゼインはルイ王子とお互いの手首をコツンと合わせて別行動を開始した。





 ◇◇◇





「遂に捕らえたんだね」


 王城の執務室で塁君を待っていた私達は、塁君のいつも通りの姿と、セリーナ捕縛の知らせを聞いて心から安堵した。


「流石ですルイ殿下。こちらは19番以降の被害者も特定致しました。その内二名は本日セリーナ嬢が魔法を取り消したドリーとジムでした」


 神殿を抜け出すよう誘導されたセリーナは、こちらの作戦通りジュリアンが三時間席を外している間に神殿を抜け出した。疫病イベントの仕込みのために。


 しかしそこでゼイン一派に誘拐される筈だったのが、アリスにばったり会ったうえ、ドリーさんとジム君を助けて欲しいとお願いされて付いていったという。


 そこでセリーナはドリーさんとジム君二人にかけた魔法を取り消し、二人は元通りの体に戻ったらしい。涙ながらに聖女様と感謝して。セリーナの思惑がどうであれ、二人が治ったのは本当に良かった。酷い結石と肺炎だったそうだから。


 多少予定は狂ったものの、セリーナが裏道に入ったところで計画通りにゼイン達が誘拐し、塁君の魔法で無事捕縛したということだった。



「ドリーとジムはどこを焼かれていたんです?」


 他の被害者の遺伝子治療をして戻ってきたばかりのヴィンセントが、塁君に尋ねた。


「恐らくドリーは19番染色体長腕上の19q13.1-13.2のSLC7A9遺伝子を焼かれてシスチン尿症にされていたんだと思う。シスチン尿症の責任遺伝子は2種類あるんだが、もう一つは2p16.3-p21のSLC3A1遺伝子で2番染色体上だ。ラボノートにもこの位置に丸が付けられていた。同じ疾患とは気づかず順番に焼いているのだろう。この責任遺伝子を焼かれたことによって、アミノ酸であるシスチンの尿細管での再吸収障害が起こる。そのせいで尿路内にシスチン結石が形成されるんだ」

「痛そうですね」

「硬くてサンゴ状になりやすい性質があるから痛いだろうな」


 想像して皆微かに表情を歪めた。


「ジムは20番染色体長腕にある20q13.11のADA遺伝子を焼かれたのではないかと思う。ADA遺伝子はアデノシンデアミナーゼ欠損症という原発性複合免疫不全症の原因遺伝子だ。酵素の欠損のせいで、毒性物質が体内に蓄積し、それがリンパ球を障害して重篤な免疫不全状態になるんだ。つまり、あらゆる病原体に容易に感染してしまう」

「ではジムは肺病になる遺伝病ではないのですか」

「肺病だけになるわけではない。免疫不全状態では日和見感染といって、健康な人間なら感染しないような弱い微生物にでさえ感染してしまう。それの代表格が肺炎と胃腸炎なんだ」

「だからジムは瘦せ細っていたのですね……」


 まだ六歳だというジム。お菓子が欲しくて行った神殿で、まさかそんな病気にされるなんて。今回アリスのおかげで魔法は取り消されたとはいえ、そのままだったら命も危なかったかもしれない。親御さんがどんなに大事に育ててきたか。いつもいつも人の命を軽んじるセリーナが許せない。


 ネルの慟哭を思い出してみぞおち辺りがギュッと痛む。



「アリス嬢が光魔法で一時的に二人の苦痛を取っていたようです」

「二人にはかなり有難い処置だったろう」

「本物の聖女はあの子なんですよね?」

「そうだ。一般的な病ならあいつは本来何でも治せる筈なんだ」


 いずれヴィンセントか塁君が遺伝子治療をしたとしても、それまで二人は苦痛を感じ続けるところだった。アリスのおかげで二人は助かったに違いない。それでも二人は自分を治したのはセリーナだと思っている。いつかちゃんとアリスが報われて、皆に分かってもらえればいいなと願ってしまう。



「よし、それじゃあ偽物聖女様を見物に行こうか」


 塁君の声掛けで四人は立ち上がった。







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