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38.他人にして欲しいことは自分が先にすんねん

 その日の放課後もヒロインは我が家に来た。


 もう毎日毎日家に来るなんて、まるで親友みたいで頭が痛くなってくる。五歳から十年以上もヒロインを避け倒そうと心に決めて生きてきたのに何なんだ。


 唯一の救いは塁君も同席してくれていることだ。初回以来警戒して毎日我が家に寄ってくれている。警戒の甲斐あって(?)毎日アリスはうちに来る。



「ク、クリスティアン王子が婚約しそう……!?」


 羽音ちゃんはガガーーンという効果音を背負った表情で固まってしまった。


「一般クラスの新入生が色んな男追いかけとんの見て、『グレイスとユージェニーがちゃんと僕だけを見てくれていることが、どれだけ特別か理解した』言うてたで。あっちもこっちも振り向かせよ思て立ち回っとるのが全部裏目に出てもうたな」


 塁君は無表情で淡々と告げた。


「なんでなんでなんでぇー!! 私が攻略に行けば行くほど皆違う女の子とラブラブになっていくじゃーん!! うわーーん!!」

「ねぇ、羽音ちゃん。今朝クリスティアン殿下にもご挨拶したの?」

「勿論したよ! グレイスとユージェニーが両脇がっつり固めてたけど、クリスティアン王子の右手をギュッと握って『手は大丈夫ですか。心配です。貴方を放っておけない』って決め台詞言った私! これかなりグラッとくるでしょ!」


 ああそうだった。確かにゲームでは『貴方を放っておけない』がクリスティアン殿下ルートのヒロインの決め台詞ではある。でもこの世界で塁君は魔力暴走を起こしてないからクリスティアン殿下も利き腕を怪我していない。全くもって健康そのものだ。だからせっかくの決め台詞だけど、ただ変な人が急に手を握ってきて変なこと言ってるって認識かもしれない。ちょっと不憫。


「兄さん手、怪我してへんから」

「え!?」

「俺魔力暴走起こしてへんもん」

「な、な、何シナリオ変えてんのぉぉお!?」

「あんな、ここは今俺らにとって現実やで。家族に怪我さす分かっとって対策しぃひんヤツおる?」

「おかげでクリスティアン王子、攻略出来ないじゃん!」

「別に他の男かて一人も攻略出来てへんやろ」

「うるさいよー!」


 もう逆ハールートは勿論、クリスティアン殿下単独ルートも難しいのでは。


「羽音ちゃん、もう誰か一人だけに決めたら?」

「だってモテたいじゃん!」

「それで全員失うかもしれないんだよ?」

「だってぇ……」


 羽音ちゃんは俯いて黙り込んでしまった。


 ここまでこだわるのには何か理由があるんだろうか。ひょっとして前世で何かあったのかな。


「私と塁君は電車に撥ねられて死んだと思うんだけど、羽音ちゃんは何で死んじゃったの?」

「……事故」

「言いたくないなら言わなくていいよ。ごめんね」

「別に、そういうわけじゃないし。お酒飲んで運転しちゃったの。自業自得でしょ」

「ほんまやなぁ」

「そこは慰めたりしなさいよ!」

「なんでやねん」


 塁君はデリケートな話題でも羽音ちゃん相手だと容赦なく切り込んでいくからハラハラする。


「私ずっとモテモテで生きてきたの。私が誘えば男の子は皆私のこと好きになるし、色々買ってくれたり超気分良かったの。だけどそのかれぴっぴ達も、なんかしばらくすると冴えない子達選んで離れていくわけ。でも男の子はたくさんいるしいっかぁって思ってたんだけど、一番本命だったかれぴに『羽音は俺のどこがいいの? 分からない』って言われて振られちゃったの! クリスマスイブにだよ!? ムカついてお酒たくさん飲んで、レンタカーで夜の海でも行こうかと思ったら、あっさり中央分離帯突っ込んで終了」


 そんな面があったとは全然知らなかった……。恋バナが大好きな羽音ちゃん。本当は誰か一人の本命になって大事にされたいんじゃないのかな。


「だからこの世界でハイスぺ男子の逆ハーレムで、思いっきりチヤホヤされたいの! 皆に大事にされて愛されたいの! 満たされたいの! 分かる?」

「分からへん」

「うがぁぁあああ!!!」

「かれぴっぴとか言うてるからあかんのちゃう?」

「そこ? そこなの?」

「いや知らんけど」


 なんという雑な切り込み隊長なんだ。


「その本命の彼のことはどこが好きだったの?」

「イケメンでいい会社に勤めててお金持ちで、自慢のかれぴだったの」

「性格は?」

「おねだりしたら何でも買ってくれるし優しかったよ。でもイブに振るなんて本当は優しくなかったんだね! 最悪!」

「最悪なんは自分やで」

「はぁぁああ???」

「他人にして欲しいことは自分が先にすんねん」

「学生の私が社会人のかれぴに何を買ってあげればいいわけ」

「はぁー、救いようがないわ。何か買うたれって言うてるわけちゃう。優しくして欲しいんやったら自分から先に優しくすんねん。返してもらえたら御の字や。惚れ抜いて欲しいんやったら自分が先に惚れて惚れて尽くしたれや。気持ちが返ってきたら最高やんか。何もせんと相手に望んでばっかりの自分は傲慢や」


 羽音ちゃんは返事もせずに塁君を睨みつけた。塁君はそれ以上の冷たい目で睨みつけていて、二人の間の絶対零度に入り込めない。入りたくない。


 様子を見ていたら五分経っても二人の睨み合いは終わらないので仕方なく私が声を発した。このままだと何時間でも睨み合ってそうだから。


「羽音ちゃん、とりあえず現実を受け止めて対策しないと。今のままで明日何か変わると思う?」

「対策って何したらいいの? もう分からないよ私」

「自分でイベント起こそうとしないで、予定通りのシナリオに向けて努力してみたらどうかな?」

「薔薇の品評会?」

「そうだね。来月だし頑張ったら?」

「うん! そうだよね! クリスティアン殿下だってまだ婚約が決まったわけじゃないしね! よぉし! 私はヒロイン!」


 羽音ちゃんは両拳を握って闘志を漲らせ始めた。それでこそ羽音ちゃん、メンタル最強、と感心していたら塁君も同じことを思ったようだ。


「……強メンタル過ぎや。もうあずきバーどころやない、核パスタやな」

「何それ」

「宇宙一硬い物質や」

「褒められてるんだよね! よぉし、私はめげない! だってヒロインだから!」

「褒めてへん」


 羽音ちゃんはすっかりやる気を取り戻して帰って行った。本当に大丈夫かな。明日になったらまた皆に纏わりつきそうで心配だ。



 来月開催される王家主催の薔薇の品評会。王城の薔薇園はこの国ではとても有名で、園芸家達はこの品評会で最優秀賞を取り、作品が薔薇園に植栽されることを目標にしている。


 学園でも生徒が校内の薔薇園で上手く咲かせた薔薇を選出し出品することになっている。ゲームではヒロインが丹精込めて育てた薔薇が、学生でありながら受賞する。品評会には咲くタイミングが合わず枯れかかった薔薇もあり、肩を落とす園芸家の前でヒロインは祈りを捧げて薔薇を復活させる。聖女の力を目の当たりにした人々はヒロインを神聖視し、攻略対象者達も特別な目で見始める。


 そういうシナリオではある。


「えみり、念のため言っておきたいんやけど」

「どうしたの?」

「薔薇の品評会な、植物に関するイベントやし、注意が必要やで」

「注意?」

「セリーナの専門分野やからな」

「!!」


 二ヵ月前に手紙を受け取ってから音沙汰がないセリーナ。何処にいるのか、誰と一緒なのか、我が家の力でも、王家の力で調べても、一切の情報が出てこなかったセリーナ。


 そのセリーナが、何か関わってくると塁君は予測している。







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