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39.お互いに心臓がもたない

 来月の薔薇の品評会に向けて、私は塁君と学園内にある薔薇園に来てみた。


 広大な敷地にたくさんの薔薇の鉢植えが並べられていて、全校生徒に一鉢ずつ割り充てられている。特別クラスの薔薇園は一般クラスからは離れていて、臨時で園芸家見習の若者が雇われて丁寧に管理していた。


 ここで雇われているレオという少年が、私の担当する鉢まで案内してくれた。


「こちらですハートリー侯爵令嬢。もう蕾が膨らんできてますから、毎日水を絶やさないように気を付けて下さいね。休みの日は僕が代わりに水やりさせて頂きます」

「レオありがとう。ほかに何か気を付けた方がいいことはある?」

「そうですね、鉢の場所を変えないことと、肥料は少なく一定の量を与えることですね」

「場所は変えちゃダメなの? 日当たりのいいところとか」

「環境変化はストレスになるんですよ。だから葉や枝も剪定しちゃダメですよ」

「そうなんだ! じゃあ肥料は? 多くあげたくなっちゃうけどダメなの?」

「蕾の時期にあげすぎると、蕾の中で花びらが厚くなって開花しにくくなるんです」

「わぁ勉強になる! 分かったありがとう!」


 レオはまだ十二歳らしいのに、しっかり家業の園芸への道を歩んでいて立派で感じのいい少年だった。私も前世はお花を育てるのが好きだったから興味深々で耳を傾けた。


 肥料が多いとダメなこともあるんだなぁ。前世ではバイト先のお店にも、両隣のお店にも花壇と植え込みがあって、善かれと思って家から持参した肥料をあげたりしていた。その時は綺麗な花が咲いて満足したけれど、今思えば薔薇じゃなくて良かった。せっかく花に生まれてきたのに咲かなかったら悲しいもんね。気を付けなくちゃ。


 私が嬉々として水やりしている姿を、塁君がニコニコしながら間近で見ている。


「な、何? 見過ぎだよ」

「ずっと見てたい」

「なんか恥ずかしいし照れるからあんまり見ないで……」

「いや見るやろ。えみりが花の世話しとるとこ好きやもん」

「ほらほら塁君も自分の鉢にお水あげて!」

「えみりが終わってからすんねん」

「も、も~! じゃあ私も塁君が水やりしてるとこめっちゃ見るからね!」

「おぉ、見といて」


 言った通り、私は間近で塁君の水やり姿をガン見した。終始見まくって『何をやっても絵になる』という、いつも通りの結論に至った。でも塁君本人は全然照れてくれなくて、私の方を見てはニッコリ微笑むから結局私が照れる始末だ。


「どうしたら塁君は照れてくれるのかなぁ」

「別に何してくれても照れるしキュン死しそうになるけどな」

「キュン死って」

「俺も初めて使たけど、これに勝る適切な言葉は無いで」


 私もよくあり得ないくらいドキドキするんだけど、そんな感じかな。そうだったら嬉しいな。


「前世ではもうこれ心臓病ちゃうか思て、ホルター心電図も自分で装着して解析したし、先輩頼んでトレッドミルもしたし、心エコーもしてん。異常なしやのに、えみりのこと考えると苦しくなるから、次は心臓MRIせな思てたんやけど、先輩に『いい加減にしろ。それは恋の病だ』て言われてん。んなベタな、思たんやけど、最終的に認めざるを得なくなったゆうことや」


 ……予想以上にキュン死判定が本格的で驚いた。


「隣におってくれるだけで、今かてほんまは頻脈なってるんやで」


 そう言って塁君は私の頭を大きな手でグイッと自分の胸に抱き寄せた。私の耳がピッタリと塁君の胸にくっつく。


 ドッドッドッと塁君の心臓の音が聞こえる。確かに速くて、私にドキドキしてくれているんだと思うと言いようのない喜びを感じてしまう。


 背中に腕を回してギューッとすると心臓の音がさらに速くなった。


「ヤバい。死因・キュン死になってまう」

「わ、私殺人犯かな!」


 慌てて離れると塁君はおかしそうに笑って、『世界一幸せな死因やなぁ』と私を抱き締めた。





 ◇◇◇





 その日の放課後、今日は塩ラーメンデーだから私も塁君もウキウキして学園を出た。塁君のリクエストなんだけど、前世で食べた函館の塩ラーメンが忘れられないらしい。うん、分かる。あの透き通ったスープ。深い旨味。美味しいよね!


 リクエストされた日から試行錯誤してスープもチャーシューも味玉も仕込んだ。麺も自分で打った。中華麺に絶対に必要なかんすいは、この日のために国外の鉱床から塁君が手に入れてくれた。この世界ではあまり需要がないみたいで手つかずだったらしい。天然かんすいなんて私は感激したっていうのに。


 函館塩ラーメンに入っているお麩は、昨日塁君と一緒に強力粉から作った。二人で強力粉を練って練って練りまくって一晩寝かせてある。今日はグルテンを取り出してから生地を作って焼くだけだ。


 で、グルテンを取り出すべく、寝かせておいた塊を二人で一緒に洗っているんだけど、某名作映画のように塁君が後ろから私を抱え込むようにして洗っている。あっちは陶芸だったけど。何故こんなことになった。


「あ、あのさ、洗いにくいっていうか、もう、どうしたらいいのかな」

「洗いにくいなら時間かけてゆっくり丁寧に洗うから問題なし」

「なんか、あのお化けの映画みたいで、ドキドキする」

「あ~、あれな」

「わー! 指絡ませないで! あわわわ!」

「あっちは陶芸で俺らはグルテン」

「あはは、私達らしいよね。よし、じゃあ生地作ってささっと焼いて焼き麩にしちゃおう」

「もう少しこのままでいたいんやけど」

「わー! 耳元で言わないでー!! まっ、まだまだ工程あるからダメ! さぁどんどんいくよ!」

「マジで~。えみり手強いな~~」


 なんとか完成したラーメンを二人で啜って、あまりの美味しさに二人で無言でテーブルを叩いたり両手で顔を覆ったりして歓喜した。無言なんだけど動きだけは大騒ぎだ。


「旨いーー!!!」

「すごい上手く出来たーー!!」


『天才やな』『なんもそれほどでも』と言いながら二人とも完食したところに、窓の隙間から小さなメモが入り込んで私の手元に収まった。


「な、なんだろ」

「それ、俺が前にハートリー領の小麦農家で渡した伝書用紙や」


 そうだ。ネルのご主人に塁君が渡した風魔法を付与した伝書用紙。何か少しでも異変を感じたら私にだけ連絡するよう言っていた。他の者を仲介せず確実に塁君の耳に入るように。


 開くと丁寧な文字で書いてあったのは、まさに塁君が危惧していたことの前兆のような内容だった。


『エミリーお嬢様

 昨日領地に白いローブの集団が現れました。神殿の者らしく巡礼で通り抜けるだけだと言われましたが、その中に深くフードを被った小柄な者が一人いて、うちの甥が低い位置から見たところフードの中が見えたそうです。その特徴がエミリーお嬢様と同じ色の髪と瞳で顔じゅうに色があったと。もしやセリーナお嬢様ではと思い連絡しました。どうか何事もありませんように』


 遂にセリーナの痕跡を見つけた。







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