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100.王女に降り注ぐ光の粒子

 ミルクティーのような柔らかな色合いの輝くストレートヘア。同じ色の長い睫毛。陶器のように美しい白い肌。目の前で眠るオーレリア王女は、女神のように美しい女性だった。


 簡素な診察台のようなベッドに寝かされているけれど、こんな場所に居ていい人じゃない。何故お城の王女様の居室じゃなく、この研究室に寝かされているのだろう。


 先程応接室でネオ君からは『オーレリア王女は命にかかわる病で、余命僅かだったため時間を止めている』とだけ説明を受けた。


 聖女を呼ぶ計画だったならお城の居室でも問題ないと思うのに。


 するとネオ君は私の疑問に気付いたかのように、その理由を教えてくれた。



「魔法省にお体を置いておかないと、国外の魔力持ちの観光客に『強い魔力がずっと城にある。王女ではないだろうか』と気付かれてしまうと懸念を抱きました。留学に行かれていることになっていますので、それは避けたいことですから」



 ああ、そうか、確かにベスティアリには魔力持ちはほとんどいないと聞いたけれど、我が国を含め他国には魔力持ちは大勢いる。聖女を呼ぶために観光立国として立て直したはいいけれど、観光客の中の魔力持ちに真実を気付かれてはいけない。経済的に発展したばかりのベスティアリ王国は他国から何かと目を付けられているだろう。交易をしたい国もあれば、侵略したい国だって。


 一人娘のオーレリア王女の婿になって次期国王に、と政略結婚を打診してくる他国の王侯貴族も多いだろう。しかもこれほどに美しいのだ。だけどその王女様がまさか死の淵に立っているなんてバレてしまえば、その期に何か良からぬことを画策してくる国が無いとは言えない。そのために魔法省に寝かせていたのだ。魔法省なら強い魔力を放っているのは自然なことだから。


 まぁ、塁君やヴィンセントみたいに一人の魔力だと気付いて、そこから真相を導き出す人間もいるけれど。でもこれは二人が強大な魔力と繊細な魔法技術を習得しているから出来ることで、他に出来る人なんてそうはいない。



「オーレリア王女ご本人が望まれたことでもあります。ご自分の魔力の強さをよくご存知でしたから」



 噂に聞いていた通り、聡明な方だったのだと分かる。王位を継げない立場ながら、一人娘としてベスティアリ王国のために最善を尽くしているのだ。そんな方が光の魔法で完治する姿を見れるんだと思うと、今から胸がいっぱいになってくる。



「ネオ、王女を診察してもいいか」

「えっ! お、お体に触れるのはいけません!」


 塁君が眠るオーレリア王女の横に立ち、振り返って確認するとネオ君は大慌てで止めに入った。


「触らずにどう診察する」

「ご本人に触っていただき、状態を教えていただいてました」

「……それで正確に分かるわけがないだろう」

「あとはお手に触れさせていただいて魔力をお体に流し、異質な部分を感知して判断しました」


 ネオ君は王家からの信頼が厚いとはいえ平民出身の若い男性で、相手は未婚の若い王女様なのだ。そう簡単に肌をさらすわけにはいかないだろう。


「それでお前の見立てでは病名は」

「……ステージ4Bの卵巣癌と思われます。肺や肝臓にも転移しているようです」

「そうか。それなら光魔法で完全治癒出来るだろう」


 アリスが塁君の後ろでコクコクと頷いている。それを見たネオ君はまた涙で瞳を揺らしてアリスにぺこりとお辞儀をした。


「どうか、よろしくお願い致します」

「はい! 任せて下さい!」


 アリスが胸の前で祈るように両手を組み、光魔法を発動させた。


 金色の光の粒子がキラキラとオーレリア王女に降り注ぐ。女神のように美しい王女様に金色の光が舞い落ちるその光景はあまりに神々しく、思わず溜め息が漏れてしまう。


 光の粒子が全て消え、アリスが満足そうに微笑んだ。


「これできっと治ってます!」

「あ、ありがとうございます……心から感謝します……」

「アリス、お前王女の鼠径部を服の上から押してみろ」

「鼠径部、鼠径部……って、脚の付け根だ!」

「お前……基本もいいところだろう。何度も宿題に出てきた単語の筈だが」

「思い出したんだから怒らないで下さいよ。私が触ってもいいですか?」


 ネオ君は一瞬迷ったが、『聖女様ですし、国王ご夫妻もお許し下さるでしょう』と許可を出した。


 アリスは王女様が身に着けている薄いナイトドレスの上から脚の付け根辺りを躊躇いなく触った。


「この辺ですよね? うーん、何かなこれ」

「硬い腫瘍を感じないか? ステージ4Bなら鼠径リンパ節にも転移してる筈だ。無ければ今の光魔法で消えたのだろう。治癒は成功だ」

「いや、あの、何かはあるというか」

「「「え???」」」


 私達は同時に声を発してしまった。


 私なんてつい制服のスカートの上から自分の脚の付け根を押してしまった。私の脚の付け根には何も無い。


「しこりがあるということか」

「硬いわけじゃないんですけど、何かありますよ」

「ネオ、俺に触る許可を」

「い、いけません。国王ご夫妻からは、お手に触れることのみ許されております」

「ちっ」


 前世のように患者さんの体を触診し、検査機器で全身を検査出来ればいいのに、この世界では機器が無いだけじゃなく制約が多すぎる。


 塁君は王女様の手に触れて魔力を流し始めた。


「腫瘍は無さそうだが」


 その言葉にネオ君とアリスは胸を押さえてホッと息を吐いた。



「今から全ての臓器を確認していく」


 そう言って塁君は目を閉じ無言になった。


 私達三人も何も言葉を発することなくそれを見守っていると、しばらくして塁君の瞳がパッと見開かれた。



「…………」

「ど、どうでしょうか。オーレリア王女の病は」

「ネオ、鼠径部のは腫瘍じゃない」

「あぁ、良かった。では聖女様が触れたのは靭帯か何かでしょうか」

「えぇっ! 私だって筋っぽいかどうかくらい分かりますって!」

「あ、し、失礼しました。ですが光魔法の後ですし、腫瘤やヘルニアなどでも治癒されているでしょうし……」


 靭帯をしこりと間違えたとなると塁君に睨まれると思ったアリスが必死で言い返すと、ネオ君も慌てて謝罪する。


 そのやり取りを黙って聞いていた塁君は、ゆっくりネオ君に視線を送り、落ち着いた声で話し出した。まるで、今からその言葉を聞くネオ君を落ち着かせるように。





「鼠径部にあるのは精巣だ」





 塁君の言葉にネオ君はアイスブルーの瞳を見開いて凍り付き、アリスと私は頭の中でその言葉を何度も何度も反芻していた。







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