99.アリスと白い塔
準備に準備を重ね、ようやく訪れた研修旅行出発日。
魔術師団本部前に整列した魔法学園の生徒達は、ほとんどが生まれて初めての転移魔法陣を目の前にして、緊張と興奮でざわついている。
教師陣を先頭に、特別クラスの生徒は前方、一般クラスの生徒は後方に並んでいる。
今回は馬車に乗ったままではないから、魔法陣の光を直に浴びることになる。どんな感覚なのかな、魔力はどれくらい感じるかなと、転移魔法二回目なのにまた私をワクワクさせてくれる。
「それでは出発します! 皆さん! ちゃんと魔法陣の中に入っていて下さいね! 置いて行かれちゃいますからね!」
教師陣が入念に点呼し、生徒全員が魔法陣内に整列していることを確認すると、いよいよ魔術師団が魔法陣を囲んだ。
珍しくヴィンセントの父であるレイノルズ魔術師団長も、ブラッドの父であるバークリー騎士団総長も見に来ている。お二人ともいつ見てもとてもダンディだ。息子のお見送りなわけではない。第二王子含めこの国の高位貴族子女達が一斉に転移する機会はこの研修旅行くらいなので、最高責任者の任務として来ているのだ。
「転移準備完了! 魔力注入開始!」
魔術師団員達の魔力が注がれると、魔法陣がどんどん光を放ち始めた。直に浴びるとその眩しさよりも魔力の強さに肌がビリビリする。周りの生徒達も初めてのその感覚に驚き、思わずうずくまってしまう者もいるほどだ。
「エミリー、大丈夫か?」
「うん! 久々の鳥肌!」
あまりの魔力に、初めて魔術師団本部を見た時のように鳥肌がたっている。塁君が手を握って安心させてくれているけど、怖いんじゃなくてワクワクです!
最大光量で閃光を放つと、次の瞬間にはまたベスティアリ王国の魔法省の前だった。
三ヵ月ぶりに見る白い塔。
ここにいらっしゃる筈のオーレリア王女を救う。そのために研修旅行先をベスティアリに決めたようなものだ。日程も、アリスの努力も、何もかも王女様を救うための準備だった。
そして思っていた通り、すぐに『内密に聖女様とお会いしたい』というネオ君からのメッセージが塁君の元に届いた。
◇◇◇
「あのぉ……何処に行くの? 私クラスの皆とホテルの近くのお店に行きたいんですけど」
アリスは部屋に荷物を置くなり塁君に呼び出され、そのまま白い塔まで連れて来られて困惑している。
数ある塔の中で、唯一衛兵が護っていたあの塔だ。近くまで来ると私でもその強い魔力を感じる。
何故自由行動日でもないのにホテルを離れていられるのかと言うと、勿論ローランドの根回しのおかげである。到着初日だというのに、今日はオリエンテーションの後から夕食までの時間が自由なのだ。昨年までの我が校ではあり得ない待遇だ。おかげで生徒たちは嬉々としてホテルの周りを巡り、お土産探しやちょっとした観光に出かけている。アリスもそのつもりだったのだろう。
「ユニコーングッズもホーンラビットグッズも超可愛いから、売り切れる前にゲットしたいんですけどぉ……」
アリスは小さな声でブツブツ愚痴っている。
私もホテルまでの道中にあったお土産屋さんで、ホーンラビットグッズが既に店頭に並んでいるのを見て感激したばかりだ。
あの日提案したものはほとんどが商品化されていて、広大な公園内にはメリーゴーランドも出来ていた。
三ヵ月でここまで準備するのはかなり大変だったと思う。ベスティアリ国王は塁君との約束を守り、今日までに我が校の生徒が楽しめる環境を整えてくれたのだ。
「お前にしか出来ないことがある」
塁君はアリスにそれだけ言って無言で塔の中へ入った。
いつも塔を護っていた衛兵は今日はいない。その代わりに人避けの魔法がかけられているとヴィンセントが教えてくれた。許可された者だけが通れる防犯用の魔法で、あらかじめ塁君が伝えていたメンバー、塁君、アリス、ローランド、ヴィンセント、ブラッド、そして私だけが通れるようになっている。
私までいいのかなって思ったけれど、ホーンラビットグッズの相談に乗ってくれたからとネオ君が許可してくれた。
「ようこそ魔法省へ。本日は急だったうえ無理な要望にもかかわらず、ご多忙の皆様においでいただいたこと心から感謝致します」
私達は塔の一番下の階にある応接室でネオ君にお茶を出してもらい、呼び出した理由を聞くことになった。魔法省の職員は誰も居らず、この塔はネオ君だけが国王陛下から使用を許されているという。ますますこの塔に王女様がいらっしゃるという考えに信憑性が増す。
「今から話すことは国家機密としてベスティアリ王国が秘匿し続けていたことです。勝手な申し出ではありますが、情報のお取り扱いにはどうかご留意下さいますようお願い申し上げます」
ネオ君は申し訳なさそうな表情で私達に深くお辞儀をした。
「承知の上だ。ここには漏らすような者は一人もいない。安心してくれ」
何もかも想定していた皆は小さく頷き、ネオ君が話し出すのを待っていた。アリス以外は。
「あ、あの。私、話が全く見えないんですけど」
「今から聞くことも見るものも口外禁止だ。出来るな?」
「は、はい、それはまぁ……」
塁君の言葉を聞いても、いまいち状況が整理できていないアリスに向かって、ネオ君が絞り出すように懇願した。
「聖女様……どうか……どうかオーレリア王女の命を救っていただけないでしょうか……」
「え? 誰?」
「この国の国王の一人娘だ」
「あ、失礼しました。病気なんですね? それなら私の光魔法で治しますよ!」
アリスは二つ返事で了承した。神殿に所属せず、個人で聖女として活動しているアリス。病気や怪我の人を見つけたら、いつでもすぐに治してあげている真の聖女。今回もいつも通り、王女様だからなんてことは関係なく、病気や怪我の人がいたら誰でも治すというシンプルな考え。相手を選り好みすることなく万人を救うアリスは、やっぱり『王国の光』なんじゃないかなって私は思う。
「あ、ありがとうございます……! 感謝致します、聖女様……!」
アイスブルーの瞳にみるみる涙が込み上げるネオ君に、アリスは『大丈夫! 任せて下さい!』と力こぶを作って見せる。
オーレリア王女は最上階にいらっしゃるというので、塁君とアリスと、何故か私だけが行くことになった。ローランド、ヴィンセント、ブラッドは応接室で待機する。
何で私は行っていいんだろう……。そもそも塔に来ることすら場違いで、私は何の役にも立てないから非常に非常に気が引ける。
「エミリー様、オーレリア王女がお目覚めになった時、我が国の恩人としてルイ殿下と聖女様だけじゃなく、エミリー様も一番に紹介したいんです。きっと良いご友人になれると思うんです」
王女様もベスティアリ王国の発展にご尽力されていたと聞いたから、観光戦略の協力者という立ち位置で紹介してくれるらしい。
ネオ君はアリスが引き受けたことで安心したようで、笑顔で目覚めた後のことを考えている。この日のために、ずっとずっと一人でベスティアリ王国を発展させてきたんだもんね。本当に良かったね、ネオ君。
困窮し国力の落ちたベステラン王国のままでは、いくら聖女を派遣して欲しいと申し入れても断られたり先延ばしにされると危惧したのだろう。ゲームでもアリスは自国内は津々浦々まで回っていたけれど、国外には出ていなかった。転生者であるネオ君はきっとそれを知っていて、何とか聖女を呼ぼうと作戦を立てたんだよね。努力の結果、観光立国として見事に返り咲き、研修旅行を誘致することでアリスを自然な形で呼ぶことに成功した。ネオ君の手腕も凄いよ。
神殿も、王室も通さず、非公式ではあるものの確実にアリスを呼ぶ方法。それが今年の研修旅行。来年ではもう間に合わない。アリスは来年には三学年になっているから。二学年である今年だけが研修旅行に行けるのだ。
どれだけの時間と労力と気力をかけてきたのか。その全てが今日報われる。
最上階に着いて扉を開けると、この世界では見たことが無いような実験台に実験道具、薬品、容器が所狭しと並んでおり、その研究室のような空間のすぐ横には、簡素なベッドに似つかわしくない美しい王女がピクリとも動かず横たわっていた。




