曝かれる謀
09 曝かれる謀
これまでに得た情報から、アヴァリス神父がこの町へ赴任してきたのは、住民達の不安を払拭するためだけではない
可能性が高くなった。
というより、他に目的があるのは間違いないと確信した。
密かにトルフィニヨン島へ何度も渡っている事と、禁書を集めているのがなによりの証しで、ロジェ伯爵の孫と同じ
事をしようとしていると推測するのが適当だ。
すなわち、彼が求めている禁書とは、封印された悪魔の復活に関する記述のある物だ。
メンバー全員を部屋に集めたベルエールは、次なる行動の決断をする。
「アヴァリスの企みを曝け。
ヤツは今、リサンシューに行っている。
早ければ明日には戻ってくる、それまでに化けの皮を剥がしてやる。
ルーエイ、ヤツの助手から情報を取ってこい」
「おいおいちょっと待てよ、なんでそんな奴を調べにゃならんのだ。
俺達の仕事とは関係ねえだろ」
「てめぇは今まで何を聞いてきてんだ。
アヴァリスが悪巧みしてんのは間違いねぇんだ、勝手に島でうろちょろされたら邪魔になる」
「お前こそ何聞いてたんだよ、もう島に悪魔はいねえって言っただろ。
行ったって誰にも会えねえんだよ」
「そんな事はてめぇに言われねぇでも分かってる、あそこに悪魔がいたらとっくに町は全滅だ。
封印された悪魔が問題なんだ。
アヴァリスがその封印を解こうとしてるのは確実と見ていい」
「なんで神父が寝てる悪魔を起こすよ」
「それをてめぇが調べんだよ」
「なんで俺だよ面倒臭え、フィンクに行かせろ」
「相手は手練れのエクソシストだ、簡単に悪魔に取り憑かれる愚は犯さねぇ。
となれば他に誰がいる、てめぇしかいねぇだろ」
「面倒臭えなぁ・・・。
まあいいや、最初っからそうやってれば簡単だと思ってたんだ」
ルーエイが反発から一転承諾すると、ベルエールは残りの面々に指示を出し、それをフィンクが確認する。
「他は島へ行く。
アヴァリスがいねぇうちに上陸して調査するぞ」
「いつ行くの?」
「今からだ」
「夜はまずいんじゃない?
島で灯りが動いてたら、対岸からでもすぐ見つかっちゃうよ」
「真っ昼間に近付けねぇから言ってんだ」
「だったら夜明け前がいいわよ。
夜明けと同時に上陸出来る段取りにしておいて、戻るのは日が暮れてからがいいんじゃないかな。
そしたらルーエイも合流出来るし」
「てめぇ、何気に悪知恵が働くな」
フィンクの悪知恵が採用されて、明日の夜明け前に舟出する事に決定した。
その前に、ルーエイには片付けるべき仕事が一つ課された。
☆
マルフラ・パント神父は、町の住民居住区域のアラル教会内の一室にいた。
一人机に向かい、ランプの灯りで書物をチラチラ見ながら、手に持つペンを紙に走らせている。
真面目を絵に描いたような青年で、アヴァリス神父が留守の間も研究に余念がない。
教会に侵入したルーエイが見た彼は、何の特徴もなくつまらない人間に見えた。
侵入者の想定すらしていない教会へ入り込むのは、ルーエイでなくとも何も難しい事ではない。
ただし、部屋の中のマルフラ神父には、近付くのが厄介だとすぐに理解した。
さすがに祓魔師の資格を持つ者は、別の仕事をしていてもそうそう油断はせず、簡単に後ろを取らせてはくれない。
彼の周辺には、そんなオーラが漂っている。
そこで、ルーエイは作戦を変更した。
いきなり部屋には入らず、外壁沿いにマルフラのいる部屋の窓の下まで行き、窓をコツコツと軽く叩いて、気付いた
彼が視線を向けたところを外から瞳術をかけた。
虚を突かれた神父は見事に術中に嵌った。
術をかけてしまえば後は簡単だ。
部屋に入って、虚ろな目でボーッと椅子に座るマルフラに質問をし答えさせた。
アヴァリス神父の真の目的は、ベルエールの予想した通り、島に封印された悪魔を復活させる事にあった。
事の発端は、やはりロジェ伯爵の孫・ヴァレフォールがあの島でサキュバスを封印から解いた事だった。
ヴァレフォールはコートリュー伯爵の別荘から島へ渡ったのだが、伯爵の別荘の付近にはカンブルース公爵の別荘も
あり、たまたまその別荘の改築計画の下見に訪れていた公爵の側近がその事を知った。
宮廷に戻った側近から報を受けた公爵は、他にも封印された悪魔が眠っている可能性はあって然るべきだと考えた末、
それを復活させて自分の野望の実現のために使役しようと企てた。
その実行者として選出したのが、セルヴォラン大聖堂のアヴァリス神父だった。
そして、神父をアラルの町へ自然な形で送り込む口実を得るため、連続死事件を計画、実行した。
公爵の持つ隠密組織を動員して、住民6人を殺害させたのだ。
その6人の中にコートリュー伯爵の別荘の管理人を含めたのは、伯爵の許可なく別荘の施設を使用した事への懲罰の
意味があるのと、新たに事情を知る人間を配置する事で、神父の活動を円滑にするためにある。
更に、ベシュデメル伯爵に命じて町を直轄地に指定させ、領兵部隊を駐留させて事件捜査の体裁を作らせた。
駐留軍に事件の捜査を任じた背景には、誰がやっても犯人を見つけるのは不可能なのが初めから分かっていたからで、
最終的に迷宮入りにした責任を指揮官に負わせ、詰め腹を切らせる事があらかじめ決められていた。
ベシュデメル伯爵とコートリュー伯爵は、共にカンブルース公爵の支配下にあるので、進んで命じられるままに動く。
アヴァリス神父とマルフラは、悪魔の復活に関する調査を開始する。
まず、ロジェ伯爵家に使いを出し、いかにして封印を解いたのか聞き取りをしたのだが、教会側からの異端の追求を
恐れたヴァレフォールは、その時使用した書物は焼き捨てたと証言した以降は一切の接触を拒絶した。
サキュバスの蘇生に禁書が用いられた事を確認したアヴァリス神父は、故郷のセルヴォラン大聖堂にマルフラを派遣、
蔵書館から禁書目録を取り寄せると共に現地調査をさせるも結果は芳しくなく、マルフラは手ぶらで帰還した。
こうなると、神父は、次なる手段として禁書も扱う闇商人に声をかけ、悪魔の封印とそれを解く呪文を記した書物を
自力で探し出そうと試みる。
商人達の反応は上々で、リサンシューの町には多くの情報が集まりはするものの、神父の期待するような書物は中々
見つからない。
同時に、トルフィニヨン島へも数回に亘って上陸し、神殿の調査を実施した。
古い神殿はどれも小さい小屋くらいの大きさしかなく、所々に古代の文字の刻印があるが、時を経て風化していたり
蔓などの植物が絡んだり群生したりして、どういう神殿なのか判別するのが困難な物もあった。
ただ、古い邪教に関する物である事は確かで、悪魔が封印されていると臭わせる物も幾つか特定出来た。
あとは、書物が見つかり次第、封印を解く作業にかかる手筈は既に整っている。
マルフラは、ちょうど古代文字の解読作業の最中で、それが完了すれば更なる事実が明らかになるだろう。
カンブルース公爵が、悪魔を復活させて何をしようと考えているかは、下々の者には分からない。
と、建前ではそうしておこう。
実際、公爵自身が易々と誰かに語ろうはずもなく、全ては憶測の域を出ないのだから。
情報を取り終えたルーエイは瞳術を解き、気を失ったマルフラを残して部屋を出た。
「やれやれ、どこかにバカに付ける薬はねえのかな」
☆
宿へ帰る途中、皆寝静まって人影のない暗い夜道を一人歩くルーエイは、徐々に陰湿な邪気を感じ始めた。
段々に強くなるその邪気は、険悪度を増しつつ背後から迫ってくる。
「なんだ、もう悪魔いるんじゃん」
振り向いた彼の目には、見てすぐに悪魔と分かる姿が映っていた。
頭に2本の曲がった角を生やし、赤黒い顔、尖った耳、大きく裂けた口、ギラリと光る威圧的な目、背中には巨大な
コウモリの翼を持った、邪悪の見本のような存在がそこにいる。
悪魔は、爬虫類的な不思議な声で話しかけてきた。
「愚かなる人の子よ、私の僕を返してもらいにきた」
ルーエイは、その醜悪な姿を見ても動じる事なく普通に会話した。
「僕?・・・、ああ、あれか、あんたアルミン」
「アルミルスだ!」
「ああ、そいつだそいつ」
「フン、リルから聞いているようだな。
ならば話は早い、リルを解放してもらおうか。
あれは私の物だ」
「解放もなにも、俺は別に縄で木に括り付けたりとかしてねえよ」
「ならばなぜ帰ってこない。
貴様が何かしたのであろう。
ここへ来てずっと人間共を見ておったが、貴様以外に不穏な気配を漂わす者はおらんからな。
リルに何か出来るとすれば、貴様を置いて他にはおるまい」
「リルはあんたが嫌いになったんだとよ。
だっていじめるんだもん」
「貴様・・・、命が惜しくないと見える」
「命は惜しいさ、あんたもそうだろ?
だったら、ケンカを売る相手は選ぶんだな」
「人間如きが、誰に物を言っている」
「あんただよ、他にいるか?」
普段と変わらぬルーエイの態度に苛立った悪魔は、やにわに実力行使に出る。
「ならば死ね!」
大きな翼を羽ばたかせて一気に突進して接近し、鋭く長い爪で掴みかかろうと手を伸ばしてきた。
ルーエイは、その悪魔を邪眼でキッと睨み返す。
唐突に体から力が抜けてしまった悪魔は、羽ばたけなくなって頭から地面に激突した。
一体何が起こったのか、悪魔自身にも分かっていない。
地面に伏した悪魔の側で、ルーエイは例の魔剣を鞘から引き抜いて悪魔の体に突き付けた。
「あんた、リルから聞いてなかったのか?、俺の邪眼の事」
「じ、邪眼だと・・?」
「あんたみたいな下級クラスじゃ相手にもならんよ。
本気で俺を殺したいんなら、ルシファーにでもお願いしてみたらどうかな。
まあ、あんた程度の頼みを聞いてくれるほど、ルシファーも暇じゃねえんだろうけどな」
「き、貴様・・・・」
「じゃ、おやすみ」
ルーエイがブッスリと魔剣で突き刺すと、悪魔は奇妙な声にならない声を上げて息絶え、その姿は灰燼に帰して風に
舞って消えた。
「おい、リル。
その辺にいるんだろ、出てこいよ」
その呼びかけに、背後の建物の陰に隠れていたリルが姿を現した。
「お前、殺されるぞ。
部下を殺されてアザゼルが黙ってるはずがない」
「そうだな、それくらいの奴が出てきてくれないと面白くねえ」
「あんた、頭大丈夫?」
「構わねえよ、いつでもどうぞだ。
これでお前は自由だ、好きなようにしていいんだぜ」
「だったらこの首輪外してよ」
「嫌だ」
「それじゃ全然自由じゃないよ、この嘘つきぃーっ!」
☆
リルが闇夜に姿を隠した後、引き続き宿へ向かって歩いていると、今度は領兵達の行動が目についた。
彼等が夜の時間帯に、しかも集団で、きちんと武装した状態で動くのは、少なくとも非番ではないという事を示して
いる。
6、7人のグループ、1個分隊規模だろうか、石畳の道を歩いて目抜き通りの方へ向かっている。
隊員達は、特に緊迫した雰囲気ではないが、一様に無言のまま静かにどこかへ進んで行く。
ルーエイは、見つかると面倒臭くなりそうだと思ったので、気配を殺して少し後ろを尾行た。
尾行するつもりなど毛頭ない、ただ単に進む方向が同じというだけだった。
その彼等が、ルーエイの、つまり一行の泊まる宿の付近まできた所で、隊長の手の合図と共に各々分散して、立木や
建物の陰などに身を潜め、宿の様子を窺う態勢に入って待機し始めた。
まるで、なにかを監視するつもりのように。
「ありゃりゃ、なんだこりゃ」
それを後ろの方で見ていたルーエイは、このまま宿へ帰っていいものか考えた。
この宿に宿泊しているのは、奴等と同じ部隊の軍人とファルダージュ、あとは自分達だけだ。
監視対象は自ずと絞られる。
だとしたら、普通に玄関から入ろうとすれば、呼び止められたり質問されたりで厄介だ。
自分一人なら、面倒なのは片っ端から斬り捨ててしまえばいいだけだが、恐らくそれをやったらフィンクに叱られる。
仕方がないので、遠回りして宿の裏側から接近し、自分の部屋の窓から入った。
報告を聞いたベルエールは、タミヤを呼んで確認するよう命じた。
ヤタローの確認を経て、部屋に集まったメンバーの中で、フィンクが前のめり気味に事態を整理しようとする。
「なんであたし達が監視されちゃう?
島へ渡ろうとしてるのがバレた?
それとも、あの本屋かな」
「本屋は明日には町を発つ、監視されてるのは俺達だ」
「神父が手を回したのかな」
「アヴァリスは俺達と入れ違いに町を出た、ヤツは俺達の事を知らん」
「じゃあ、誰が?」
「駐留軍、だろうな」
「なんで?」
「可能性があるとすれば、俺達を連続死の犯人にでっち上げるつもりでいるという事か」
「えー?、そんなのあり?
関係ないよ、あたし達」
「奴等がその気になれば、そんなものは幾らでもどうとでもなる。
1年も捜査して犯人が捕まらねぇでは、軍としても立つ瀬がねぇだろうしな。
なんとかいう公爵の隠密組織が動いていた事も知らねぇだろうし、そもそも簡単に知られるような証拠を残したら
隠密とは言わねぇ。
いずれにしろ、軍はなんとしても犯人を吊し上げる必要がある。
そこへ俺達がのこのこ現れた、お誂え向きじゃねぇか」
「じゃあ、どうするの?」
「今むやみに動くのは相手の思う壺だ、暫くは様子見だな」
せっかく、アヴァリス神父に先んじて行動しようとした矢先、逆に駐留軍に先手を取られる形になってしまった。
続