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乃羽さんは戦わない。  作者: 高野十海
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間奏の3、モグラは土をかじっても

 異能が身についた適応種たちすべてが研究施設に入るわけではない。

 研究するに値しない弱能力と判断された者たち、あるいは実験動物にされたくはないと拒否した者たちが、ダンジョンを活躍の場とするのである。

 研究内容としてダンジョンで活動する適応種もいるが、それは主に戦闘用、あるいはモルモットとしてダンジョンのモンスターが使われる場合のことだ。それは前提として、表層部のダンジョン・モンスターならば相手にならないという強さがあってのことだ。

 多くの異界潜行者(ダンジョン・モーラ)たちにとっては、表層部のモンスターと言えど、群れれば馬鹿にならない脅威だ。単純な戦闘行動しかとらない四足獣型も、身体能力で言えば人間を軽く上回る。賢く異能を使わなければ、とても敵う相手ではない。


「はあ、クソ……っ!」


 稲荷神社対処班に駆り出された『硬化』のモーラは悪態を吐いた。まず彼以外の対処が遅れていたこと。次にようやく来たモーラが新人で、すぐにやられてしまったこと。最後に手持ちの改造ウォーターガンの残水量が少ないこと。


「GURREEEEW!」


 四足獣型が、硬化のモーラへ向けて飛び出した。


「チィ、うざってェんだよ!」


 改造ウォーターガンをスライドさせながら狙いもつけずに放つ。

 明らかに違法な勢いと速度で飛び出した水滴が硬化して弾丸となり四足獣を打ちのめす。


「GGGEE!」


 四足獣の勢いがなくなったところで、硬化のモーラは右手に持ったプラスティック・バットで四足獣の頭に向かって振り抜いた。十分に硬化したおもちゃのバットは、金属のそれを凌駕する。軽いだけに速度が乗った棍棒が四足獣を光に変えた。

 水鉄砲とおもちゃのバットという、子供が遊んでいるようにしか見えない硬化のモーラは、しかしそれが彼に用意できる今の道具の限界であるとわかっている。

 研究対象にならなかった『硬化』は、生物に使うには弱すぎた。ならばと強化できる道具を考えても、それが手に届く価格かを考えれば使えるものは限られる。


「増援はまだかよ……っ!」


 稲荷神社から新たなモンスターが湧き出した。ひたりひたりと二足で歩く歩行種の体には体を保護する鎧が身につけられている。さらにその手には、鈍い輝きの棘がついた鈍器が握られている。


「……最悪だ」


 改造ウォーターガンの勢いでは、鎧越しには衝撃は与えられてもダメージは通らない。せっかくの軽いバットも重量がなさすぎて弾かれてしまうだろう。

 二足歩行種までならどうにかなっても、その上の武装種にはどうあがいても勝てない。

 そこが硬化のモーラの限界点だった。

 出来ることはただ一つ。増援が来るまで逃げ回ることだけ。ちゃぽんと背中で揺れるタンクの中身は、乾いてどうしようもない喉を潤してはくれない。


「俺は、生きる。生きる、生きる!」


 その願いと覚悟は、三十秒で破綻した。

 本物の棍棒でおもちゃのバットは弾き砕かれ、水の弾丸は一瞬立ち止まらせるのが精一杯。

 おまけに背中のタンクはちゃぽんとも言わなくなって、残っているのは予備道具のヨーヨーだけ。

 特注の細い糸とそこそこ重量のある本体はそれなりに強力だが、どちらも武装種に通じるとは言えない。

 研究対象にならない程度の弱い適応種は、こうして最期を迎えることも珍しくない。

 己の領分を守って生活を便利にする程度に留めておけば、と今際の際に思うのだ。


「ああああああああああ!」


 錯乱したようにヨーヨーを振り回して武装種を威嚇するが、それを介さず棍棒が振りかぶられた。あとは頭がトマトのようになるか、おもちゃにされるかの違いだろう。運が良ければ、それほど苦しまずに済む。

 尖った歯をギラリとむき出しにして武装種が笑った。随分と機嫌がいいというのは、つまり遊んでやろうということにほかならない。ほんの僅かに生きている時間が長引く代償の苦痛は、文字通り死ぬほど痛いだろう。


「オラァッ!」


 もっとも、それは現実とはならなかった。

 複合素材で作られたグローブが、武装種の頭を貫いた。


「運がいいね。わたしが間に合うなんて」

「あ、う……ぁ?」


 ほとんど精神崩壊状態の硬化のモーラは、下半身を汚しながら見上げた。

 日光を跳ね返す金髪と、その恩恵を吸収したような褐色の肌を覆い尽くす黒い装甲服を。


「あんたは……」

「いいから逃げなさい。もうそろそろ救護班が来るから


 『混合』のモーラ――ユーヴ・アリメロは、稲荷神社から湧き始めた亜種二足歩行型を睨んだ。

 視線を追ってそれを確認すると、硬化のモーラはすべての装備を投げ打って身軽になり、脇目も振らずに逃げ出した。獣型の身体能力と特徴に二足歩行型の知性を足したハイブリッド型は、現在確認されている中でも厄介なモンスターだ。程度によってはユーヴも苦戦は避けられない。

 ホルスターから分厚いナイフを引き抜いて左手に構えると、ユーヴは動き出す前に飛び込んだ。実体化した瞬間を狙い、その首筋にナイフを打ち込む。


「GIAAAAAAARRIIIII!!」


 それでもまだ致命傷にならない亜種が、ぐりんと首を伸ばして左腕に噛み付いて来ようとしたところへ、右手のアッパーがその口を閉じさせた。そのまま悲鳴すら上げられないように喉を掻っ切り、ぐらりと揺れる頭を右手が掴んだ。そのまま胴体と永遠に別れ、光に変わる。

 先手必勝と口で言うのは容易いが、それを可能とするのは限界まで強化されたユーヴの性能あってこそだ。

 手始めに強化された筋肉に耐えきれず、皮膚が内側から千切れた。皮膚が耐えきれるようになったら筋繊維をさらに強化して、増加する重量と筋力で骨が軋みを上げればそっちを。圧縮されそうな内蔵を。遅延する神経を。苦痛を超越して手に入れた力があって初めて可能になる。

 しかしそれでも複数の亜種に囲まれれば危ういのが現実だ。

 だからこその先手必勝。それはむしろ選択したというよりせざるを得なかったに近い。

 従って、ユーヴの取るべき位置は決まっている。稲荷神社は鳥居の眼前――湧出最前線だ。

 湧いた瞬間を狙ってナイフを、拳を、脚を突き入れる。武装種より劣るのならその一撃で粉砕され、武装種なら防いだ瞬間、二の撃が急所を破壊する。亜種であれば先程見せたとおり、三手で致命至らしめる。

 一対多で不利なら、確実に一対一を作れる場所を作る。それがユーヴの辿り着いた自分自身の戦術だ。


 ようやく増援がやってくる頃には、すでに今回の湧出は静まっていた。亜種の数がこれまで以上に多く、ユーヴの装備もそれなりに消耗が見えた。

 ハードパンチャーが自分の拳を壊してしまうように、高い出力はそれに見合った反動がある。彼女の装甲服は、ほぼすべてが防御力よりも衝撃緩衝用に作られている。グローブのプレートは交換しなければいけないほど歪んでいるし、ナイフは酷く刃毀れしていた。ブーツのガードもひび割れている。


「ああ、またお金がかかる……」


 極めて高い能力を持つユーヴ・アリメロだが、その燃費は絶望的だった。

 動かすためには大量の食料を必要とし、装備は戦うたびに交換が必要だ。強化しすぎた代償で、装甲服を身に纏わず戦えば確実に皮膚が裂け使った場所にダメージが行く。そのせいで治療が必要になるから、体を作り変えるための素材が手に入らなくなる。

 現状、彼女の体はかなり高額の素材を混ぜ込んである。その耐久性を増すというのなら、それこそ馬鹿みたいな値段の素材が必要だ。それが手に入らないから、ユーヴ・アリメロは貧乏アパートと言っていいセキュリティもろくにないところへ引っ越すことになった。


「このままいったら、どうなっちゃうんだろ……」


 勝利の余韻もなく、『混合』のモーラはただ現状を嘆いた。



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