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乃羽さんは戦わない。  作者: 高野十海
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間奏の2、凍てつく冬の女王

 そこはとても小さなひっそりと佇む稲荷神社だった。

 しかしそれはいまでは『京都伏見稲荷大社』の影響を受け、濃度が増した異界化の接続点になっている。

 全国の小さな稲荷神社を壊すことは容易い。しかしそれは平静を保っている京都伏見稲荷大社のガス抜きができなくなって『名古屋城大異界』のような、厳重警戒区域を生み出す可能性がある。

 それを考えると全国の稲荷神社を破壊することはできず、時々、湧き出すモンスターを退治するという対処法で応急処置をするしかない。

 それがたまたまこの時間、この場所だった。

 仁屋佐智子においてモンスターが溢れ出すのは問題ではない。

 彼女が問題視するのは、いま腕を組んでいる乃羽のことだ。極めて優れた異能こそ持っているが、その戦闘能力は低い。どんな能力だって、場を間違えれば効果を発揮できないのは当然である。

 彼女の『固定』はほぼ鉄壁といっていい防御力を誇る。しかしそれは個人に限ったことで、乃羽を含めこの場の大人数を守ることに長けているわけではなかった。

 稲荷神社(ワープ・ゲート)からは続々とモンスターが吐き出されていた。両手両足の指数を超えても止まる気配がない。生み出されるのは四足獣型、二足歩行型、武装型、亜種二足歩行型、多種多様だ。

 四足獣型は茨城で佐智子が倒したものと大した違いはない。大きさ速さともに、どうにかなるだろう。問題は亜種二足歩行型だ。これは獣型の特徴を備える二足歩行型で、高い戦闘能力と知能がある。

 デートに来ていた佐智子のハンドバッグには、最低限の金属弾ぐらいしかなく、満足な装備がない。

 一般人を避難させたあと、モンスターを散らばせないために足止めして、異界災害対処班がやってくるのを待つ。

 勝利条件を考えたところで、佐智子の額から一筋汗が伝う。


「……ギリギリかな」


 異能には抵抗力が存在する。

 意思のない無機物より生物のほうが異能が通りにくい。結果として『固定』がやや甘くなり、完全に停止させることが難しくなる。

 足止めするだけなら、武装型はその装備を『固定』してしまえばなんということはない。金属弾で倒せる四足獣、二足歩行も同様だ。

 ネックになるのは、やはり亜種だろう。


「仁屋さん」

「はい。乃羽さんは一般人を避難させてください。その後は」

「うん。足手まといにならないように逃げるよ」

「お願いします」


 逃げ惑う一般人のひとりに四足獣型を襲いかかろうとしたところを、佐智子が金属弾で射抜いた。


「GAUUWW!」


 モンスターの悲鳴で硬直し、息を呑んでその場で腰を抜かしそうな一般人たちに乃羽が怒鳴った。


「今のうちに逃げてください! 避難場所まで案内します!!」


 大声を浴びせられて反射的に動き出す。乃羽は何度も叫びながら、その場に居た一般人を連れて動き出す。

 それを見逃すほどモンスターたちも無関心ではない。襲いかかろうと跳び出す四足獣型と二足歩行型に向けて佐智子は、瞬間的に『固定』して、的になったところで金属弾を撃ち込んだ。

 全身に穴を開けられ、致命傷を負ったモンスターたちが魂ごと無数の光になって消えていく。

 モンスターたちの興味と敵意は、無事に佐智子へ向けられた。


「VRRRL……」


 動き出そうとした二足歩行型が金属弾で撃ち抜かれた。

 稲荷神社から生み出される勢いは次第に衰えていった。しかしその場には、まだ両手両足どころかその倍以上の怪物の姿がある。

 佐智子はハンドバッグに手を入れてぎくりとした。金属弾は彼女の小さな手の中にあと一握り、たったそれだけだった。

 何らかの方法で『加速』させなければ弾丸は出来上がらない。もし入手できるとするのなら、なにを『固定』すればいいのか。

 それが無機物であるのなら、たとえ重機関銃だろうと彼女の前には無力だ。しかし五十ものモンスターに同時に襲いかかられたらどうしようもない。


 思考する。試行する。

 自分自身を『固定』して試しながら佐智子は口端を捻じ曲げた。


 状況は何一つ変わっていない。最初から最後まで。

 五十もの怪物とたったひとり。戦力差は比べるべくもない。


「もしかしたら、ダメかも」


 亜種を除いたすべてのモンスターが、佐智子に飛びかかった。




        *




 一般人を無事、避難所まで誘導することに成功した乃羽は、避難所で職員に掛け合った。

 すぐに佐智子の元へ向かうように頼み込むと、自分自身はそこで待機する。

 ふたりで一本開けたはずのワインの酔いはすでに醒めていた。


「仁屋さん……」


 できることはすべてやった。

 乃羽は祈るように目をつむった。




        *




 四十あまりのモンスター、そのすべてが『停止』した。

 直後、無数の光となって還っていく。地上の花火が消えるまで、佐智子はその場を動かなかった。否、動く必要がなかった。


「まったく、なんてことしてくれたんですか乃羽さん……」


 喜ぶように、苦虫を噛み潰したように笑う。

 どうしたって口角が上がるのが止まるわけがない。


 ――たった一分で効果のある『成長促進』をデートの最中、ずっと掛け続けていてくれたなんて。


 生物さえも屈服させて『固定』させるほどに強まった異能は、もはやこの程度を脅威などと認識しなかった。

 一瞬で仲間が消えた亜種は戸惑うような動きを見せた。知能があるからこその思考は『固定』するのに必要な時間を生み出すだけの隙でしかない。

 最初から最後まで、状況は何一つ変わっていなかった。

 あらゆるものを即座に『固定』できる圧倒的強者が頂点という事実は。

 結果を語るまでもない。

 女王はその場を支配した。




        *




 佐智子と乃羽が合流するまで、しばらくの時間が必要だった。

 佐智子は遅れてやってきた対処班に説明の必要があり、避難所では安全が確認されるまで解放することはできなかった。

 ようやく再会した時には日が暮れ始めていて、午後にどこかへ行こうなどと考えていた予定は丸つぶれになった。戦闘があった直後だから甘い雰囲気もどこかへ消えてしまって、今更ながら記憶から遡る気恥ずかしさがふたりの身を包む。


「ええと、お疲れさまでした」

「お、お疲れ様でした」


 油が切れた歯車みたいな空気を感じて、実のところ乃羽は逃げ出したくなった。しかし、ここで逃げたら次に職場であった時、確実に気まずい思いをするのはわかっている。なんとかして錆びつきそうな匂いを消さなければならない。

 その気配は佐智子も感じていたし『成長促進』のお礼も言いたいけれど、なにから切り出せばいいのかという思いがある。ふたりとも何かしら思考や準備をしてから実行に移す方で、その場の勢いで行動を決めるタイプではない。けれど、この場に必要なのは後者だった。

 何かないかとふたりが周囲に目をやりながら牛歩のごとくのろのろと歩く。どちらからともなく向かう足先は、駅の方に。

 どっちもこの空気を察していて思いも同じなのに、切り出す名分だけがない。

 じろじろと目を凝らしたところで、乃羽が見つけたのは一軒の居酒屋だった。どこにでもあるチェーン店だ。連想して、レストランでした会話を思い出す。

 佐智子はビールと日本酒を好んで、嗜む以上に飲めるということ。


「あっ」

「え?」

「その、ええと……そうだ。ちょっと寄っていきませんか?」

「居酒屋さん?」

「うん。その、何ていうんだろう。ああ、お疲れ……さまみたいなの、してなかったし」

「ふふっ」


 挙動不審というよりはいっぱいいっぱいという感じの乃羽に、思わず佐智子は吹き出してしまう。

 それだけ自分のことを考えてくれているというのは、わかっていはいても行動にしてもらえると、それだけで嬉しくなる。


「そうですね。お疲れ様会しましょうか」

「……うん。こっちは焼酎党だからさ、よかったら日本酒教えてよ」

「いいですよ。こっちもお芋教えてもらいますから」


 すこしずつ酒という潤滑油でギチギチと軋む歯車を回していく。

 夜の帳が降りる頃には、完璧になめらかになっていた。

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