その9、秋茄子と小鍋の晩酌
オーブントースターから取り出して、あちあちと焼けた茄子の皮を剥ぐ。
一口大に切って器に載せると、鰹節をぱらりと掛けて脇にしょうがをちょんと盛る。
いそいそとテーブルまで運んで、醤油をじゅっと垂らしてそのまま一口。
「くぅ……ここで焼酎がまた」
芋焼酎のお湯割りがしみじみとおいしい。
コンロの小鍋でくつくつと揺れるささがきごぼうの中に、薄く削いだ鶏肉を入れて煮えたところでいっしょに取り出す。
ぱらぱらと七味を振って、ふうふうと口に運ぶ。
こくりと焼酎が喉を通る。。
「……はあ、おいしい」
あっさり醤油味のだしを器に注いで啜った。
ごぼうのだしと鶏の脂が出ていて、これだけでも焼酎が飲めてしまいそうだ。
胃の奥に火が灯ったところで、なんだかぐったりと落ち着いてくる。
「色々ありすぎて、もうなにがなんだか」
伏見稲荷から帰ったあと、それはもうめちゃくちゃだった。
祝勝会というのか、伏見稲荷の奪還記念パーティーというのか、仁屋さんやアリメロさんはひっきりなしに呼ばれて大忙しのようだった。
幸いにも目立った活躍をしなかったおかげで、こっちのチームはそういう晴れの場に呼ばれることはなかったのだけれど、ふたりが『成長』というよりも『進化』に近い、飛躍的な変化を遂げたことから『成長』の研究が一層ハードになった。
残業は前からあったものだけれど、いまでは家に帰る頃には日付が変わるかどうかというぐらいだ。
それでも、あちこち引っ張り出される潜行者たちのチームと比べれば、まだまだと言うのだから恐ろしい。
アリメロさんが短時間で急速に『成長』できたように『成長』もまた、急激に加速しているのを感じる。
それはきっと戦ったからだろう。
戦うこと、あるいは命懸けで何かを掴もうと足掻くことが、きっと異能が育つのに必要な糧なんじゃないか。
ふとそんなことを思いながら、命懸けというのは二度とごめんという気持ちは変わらない。
異能がではなく、自分自身が誰かを打倒して生きていくという風に出来てるとは思えなかった。
だから自分の意志で戦いに赴くようなことは、きっとない。
「おっと」
ぼんやり考え込んでいると、小鍋のだしがじりじりと減っていた。
慌ててだしを継ぎ足し、ごぼうと鶏を入れて煮る。
甘い茄子におろししょうがをちょいとつければ口の中でとろけた。
お湯割りが冷めてきたけれど、まあいいか。
「あとは……作らなくてもいいかな」
夜中に三品は作りすぎだ。
味を変えたければ、薬味を使うとかいろいろやりようはあるのだから。
七味を振って鶏肉を食べ、お汁を啜る。
シメは雑炊にするか、卵で閉じて丼にするかと嬉しい悩み考えながら、冷めたお湯割りを飲む。
「幸せだなあ」
失いかけてはじめて分かるというのは本当だ。
仕事が忙しくても、命の危険がないというだけで十分にいい。
ごぼうと鶏と茄子を食べて、おかわりしたお湯割りに梅干しを入れて突きながら飲む。
具材がこれで終わりということになって、それじゃあシメるかと冷凍庫から一杯分のご飯を取り出した。
電子レンジで温めている間にぽくぽくと考える。
「うーん……お汁は散々飲んだし、卵とじにしようか」
残っただしを入れてしまい、醤油と砂糖を足して甘辛に。
卵を一つ掻き回して投入、端の方から固まってきたところを軽く動かしてだしを吸わせる。
早々と火を止めて、予熱で通しているとご飯が温まった。
丼に入れて、卵の浮いたおつゆをかける。
「ん、ちょっとだしが多かったか。まあいいや」
つゆだくだくだくという感じで、丼ものというよりは餡にとろみのない天津飯風にも見える。
「これはスプーンのがいいか」
台所に取りに行って、さくりと卵を崩してご飯といっしょに一匙。
「あっちちち……ふーふー……うーん、なるほど」
丼ものというよりは、雑炊とお茶漬けの間の子って感じだ。
さらさら入るけれど具がしっかりしてるから、物足りなさはない。
「これはいいや」
怪我の功名というのか失敗は成功の母というのか、雑炊でも丼でもないけどおいしい。
途中で七味と生姜を使うと、玉子で角の取れた味がまた尖ってよかった。
「ふう。ごちそうさまでした」
ぽかぽか身体が暖まって気持ちよく眠れそうだ。
器を洗い、歯を磨いて寝ようかという頃合いになって、インターフォンが鳴った。
「はーい?」
こんな夜中にお客様というのも不自然な話だ。
コンコンというよりはゴンゴンというほど強烈なノックに一瞬、暴漢かと思ってドアに付いたレンズを覗く。
そこには仙波さんの姿があった。
珍しいというよりはありえない。
「仙波さん。夜更けにどうしたんですか?」
ドアを開けながら聞くも、仙波さんは何も言わずに腕を掴み、階段を降りていく。
「えっ、ちょっ?」
「悪いが急ぎだ。話は車のなかでさせてもらう」
アパートの側には車が停めてあった。
着の身着のまま後部座席にいっしょに乗り込むと、運転手さんがなめらかに走らせた。
「なんですかいったい。電気も消してきてないしドアも鍵かけてないし……」
「そんなことは後回しだ。いいか、乃羽くん。一大事だ」
「後回しって……それで、なんですか」
「仁屋くんがキレた」
「……は?」
仁屋さんがキレた。
言葉の意味はわかるけれど、それがどうして一大事なのか。
「かんたんに言えば、忙しすぎて君と会えないことがイヤになったそうだ」
「……はあ」
そう言われれば、不謹慎な話だけれど嬉しくないということはない。
というよりこれだけ好意をぶつけられれば、そろそろという気がしないでもない。
「それで、どうして一大事なんです?」
「日本――否、世界中を探したって、彼女を止められる人材がいるか?」
「それは……ええと、可能性があるとして、アリメロさんぐらい?」
「可能性はな。十中八九無理な上に、彼女も忙しすぎて向こうについた」
「……それは一大事ですね」
理論上の絶対零度すら引き起こす仁屋さんと、見るだけですべてを殺せる『狐の魔眼』に単純に圧倒的戦闘力を誇るアリメロさんを敵に回して勝つ方法などない。
もはや目視すら必要なく、対象を認識さえしていれば完全に無効化出来るのだから、質量兵器はまず確実に通用しない。
死角から攻撃するならキラー衛星でも持ち出さなければならないし、持ち出して二人を倒せたとして、残るのは絶対的な人材を二人も失うという悲劇だけだ。
「だろう。つまり、君にはいまから人身御供になってもらうわけだが」
「はっきり言いますね。それが平和的解決だとは思いますけど」
「理解してもらって感謝するよ」
「それで何をしろっていうんです?」
「さあ。それは彼女たちに聞いてみないことには?」
「本当に差し出すだけなんですね……」
「他の手段があったら取っているさ。政府命令でたっぷりいちゃつけると思えば悪くないだろう?」
「監視状態でそんな気分になりますか」
「それは乃羽くんが見られているのが好きかどうかによるね」
「そんな趣味はありませんよ」
アルコールに酩酊した頭でふと考える。
「切れたっていっても、暴れだしたわけじゃないんですよね。なら休養を取るようにスケジュールを組み直せばいいんじゃないですか?」
「すでにそう動いているし、今後はご機嫌取りに走るよう決まっている。が、そう伝えたところで感情はどうしようもあるまい」
「ああ、つまりふたりとも」
「パーティーでアルコールを勧められて断れず、、吹っ飛んだらしい」
「それじゃあしょうがない」
「ああ、しょうがない」
電車で数十分の道のりを車はその半分の時間で駆け抜けた。
ふたりが閉じこもった天の岩戸は、異能技術開発研究センターだった。
「お疲れ様。ここで待っていてくれ」
「おつかれさまです」
運転手さんにぺこりと頭を下げて、KEEPの貼られたテープを跨いで中に入る。
潜行者や警察官が待機していたが、特に何をするでもなくただじっとしていた。
声を掛けても反応がないというより、応答するつもりがない、あるいは寝入ってしまってるのかもしれない。
「おお、来たか」
「連れてきましたよ。道を開けて下さい」
仙波さんに案内されて進んでいく。
エレベーターで階を降りて、地下の研究フロアへ。
そこはものものしいというより、ピンと張った糸のような空気が漂っている。
「仁屋さーん、アリメロさーん、起きてますかー?」
仁屋さんがメインで使う研究室の扉の奥で、何かが動く気配があった。
そこに居るんだろう。
「仁屋さん、アリメロさん、そこですか?」
ドアノブに手をかけて回そうとしたが鍵がかかっていた。
「……連れてきたんですか、乃羽さんを」
「天照大御神を呼び出すには必要だろ、アメノウズメがさ」
「そこまでして、わたしたちを働かせたいんですか」
昂ぶっている。
むしろ来ない方が冷静になれたのかもしれない。
事態は、七味をかけたようにピリっと辛味を増してきていた。




