その7、ハム、ソーセージ、ビール、ポテトサラダ
インターフォンが鳴ったので出てみると、アリメロさんだった。
彼女の手には湯気を立てるスープカップがあって、本当に差し入れに持ってきてくれたのだった。
「こんばんは。スープ持ってきたんですけれど、迷惑じゃなかったですか?」
「アリメロさん。すいません、ええと、上がっていってもらっても大したお構いが出来るようなものが……」
「いえいえ、わたしはこれから出かけますので、気になさらず」
「あ、そうですか。なおさら申し訳ないです。ありがとうございます。ごちそうさまです」
「よかったら感想聞かせてくださいね。それでは」
「はい。行ってらっしゃい」
その日の夜、アリメロさんに差し入れしてもらったスープを飲んだ。
たくさんの野菜ときのこから出た素朴な味のスープは、香り高くて甘くてとてもおいしかった。
じんわりと染みた味が、いろんなことを考えさせた。
その夜は、起きて悪夢を見なかった。
ふと思い立ってホームセンターへ出かけた。
入口前の植物を見て、こんなのを育てるのもいいなと思いながら中に入る。
一番広いメインの通路はフライパンやら土鍋やらが売られていて、奥様が興味を引きやすいものを並べてあり、その近くに洗剤や掃除用品が配置されている。
家では百円均一の洗剤を『成長』させたものを使っていて、それこそテレビCMのような勢いですっと汚れが落ちる。
それなりにしっかりしたものを『成長』させてフライパンに使ったら、表面のフッ素だとかテフロンごと持って行かれる気がしてすこし怖い。
例えば洗濯する時に『成長』させたものを使ったら、色落ちが激しくなってしまうかもしれない。
白いものを白く洗うには便利だけれど、色や柄があるものには使えない。
結局のところ、使い方次第ではあるのだろう。
例えばどんな道具に『成長』を使えばもっと役立てられるのか、そんなことを考えるために来たけれど、思いの外いろんなものがあって楽しい。
水筒を『成長』させても容量が増えるということはないだろうから、保温効果が高まるんだろうか。
座椅子や布団はふかふか感や手触りなんかが良くなるのかもしれない。
照明は明るくなるだろうし、空調機だったら強くても弱くてもダメだから、効率良く適温になるのだろう。
ふらふらと店内を歩き回って、懐中電灯と植物の種を買い物かごに入れる。
それから、なにかしらアリメロさんにお礼しなくちゃなあと思いつつ、何がいいんだろうかと考えた。
食べ物とかの消え物は悪くない気がするけれど、それだけだとやや不足という気もする。
ホームセンターで女性の一人暮らしに役立つものも色々あるだろうけれど、大きなものだと必要なかった時、邪魔になるだろう。
そう考えればますます消え物だけのほうがいい気もしてくる。
だったら洗剤とか油とか、邪魔にはならないけれど、というものに考えが絞られてくる。
自分で買うにはちょっと手が出ないけれど、人に上げるならそれなりにお高めのものでも財布の紐が緩むものだ。
そう考えるとホームセンターよりはデパートかどこかの方がいいものは扱ってるだろう。
「んー……お礼だしなぁ」
ハンディライトと植物の種を買ってホームセンターを出た。
それから電車に乗ってデパートに向かった。
すこし歩いたからか、店内に入っている軽めの冷房がありがたい。
一階特有の香ってくる化粧品の匂いに少しだけ考えてみる。
「化粧品……は無理だ。わからないし、好みもあるよね」
おとなしくエスカレーターでフロアを後にして、ギフト売り場に向かった。
「油の詰め合わせってのも、なんだかお歳暮感あるなぁ」
実用的なことに間違いはないけれど、なんだかきっちりしすぎている気もする。
探してみるとカルピスの詰め合わせとか、ゼリーの詰め合わせとか、ハムの詰め合わせとか、子供のころ両親がもらって嬉しかったものを見てテンションが上がってくるのを感じた。
お酒を飲むならビールの詰め合わせも悪くはないだろう。
「ベジタリアンってこともないよな」
あの日、帰ってきたアリメロさんからは焼けた肉の匂いが漂っていたから、焼肉かステーキかなにかを食べにいったに違いない。
そう考えるとハムが無難なところだろう。
ただ詰め合わせを丸々送ると、逆に気を使わせて迷惑になるだろうから、食品売場で一本買っていくことにする。
そう考えると、合わせるものも高いものだと気軽には使いづらいだろう。
ギフト売り場を離れて、家庭用品を売っているところに移動した。
「あ、これかわいいかも」
タオル売り場でちょっとよさそうなものがあった。
今治タオルのコンテックスというメーカーのやつが、強すぎない感じの色合いがちょうどいい。
自分が使うならシンプルな無地ので十分だけれど、果たしてアリメロさんと合わせた時になにがいいかというのは悩みどころだ。
「うーん……ポップ過ぎても、ジムとか持って行きづらいかな?」
考えた結果、バスタオルサイズのヘリンボーンにした。
せっかくだから自分の分も買うことにして、最近会えていない仁屋さんにも送ったらいいかな、と考える。
仙波さんにもお世話にはなっているし、二人も三人も一緒だと思い切って、三人分追加した。
仁屋さんにはポワレ、自分用と仙波さんにはほとんど無地のモクで十分だ。
四人分のタオルを包んでもらって、食品売り場に降りた。
そう言えば仁屋さんと北海道展に行ったのもこのデパートだったな、と思いながらハムをまるごと一本かごに入れる。
ついでにドイツ産のソーセージを買って、今晩はビールを飲むことに決めた。
外に出ると、夏の残滓のむわっとした湿気を含んだ空気が顔に当たった。
「うわっ、けっこう冷房効いてたんだな」
電車で帰って、冷蔵庫に冷やしてあるビールをを想像すると喉が鳴った。
今日のビールは美味しいに違いない。
ビールにソーセージとくれば、
「そうだ、ポテトサラダ!」
シンプルなポテトサラダ。
晩酌用のソーセージをちょっと拝借して、シンプルにジャガイモとタマネギとソーセージのにマヨネーズをざっくり混ぜて胡椒をぱらり。
ジャガイモとタマネギは常備してあるから、家に帰ればすぐにでも作れる。
「なんだか、夏が戻ってきたみたいだ」
そう思えば体に張り付くよなむわっとした湿気も、ビールをおいしくしてくれるためのものと思えて許せそうだった。
軽くなった足取りで駅へ向かっていると、ぽつんと稲荷神社があるのが見えた。
この間も稲荷神社から湧出が起こったらしく、最近は京都伏見稲荷を早いところ攻略するべきだという意見も強くなってきていたところだ。
それで先日から仁屋さんが京都に駆り出されて、もう数週間とまともに会っていない。
そういえば、ふたりでレストランに行った帰り、湧出があったのもこのあたりだっけ、などと遠い昔のように思い出す。
そのせいだろうか。
稲荷神社に湧出の合図が現れたのは。
じんわりと鳥居が淡く発行し始め、その空間が歪んでモンスターが実体化し始める。
「……嘘だ」
あの時は仁屋さんが居た。
いまは誰もいない。
周りは気づいて避難を始めているけれど、脚がすくんでいた。
もうすでに四足獣型の凶悪な鼻先が実体化して、獲物を見つけて牙を向いている。
逃げなければ死ぬ。
意識というよりは本能だろうか。喉が引きつったまま目をそらせずに背走して足がもつれた。
どさり、と荷物が地面と衝突して音を立てる。
「誰か!」
見回しても誰もいない。スマートフォンが警告音を叫び、すぐに避難しろと言っている。
処理班が来てくれるまで、まだ時間はかかるだろう。
四足獣型が実体化を終えた。
「GURRRAAAAA!」
ケモノの目の前には、動けない獲物が一人居るだけ。
いままで、一度だって戦ったことがない。
それはモンスターとの戦闘、というだけの意味ではなく。
人生で自分の意思で勝ち取ったものがない、ということを含めて。
いまが初戦で、勝ち取るべきものは自分の命。
だというのに戦うための手札は?
「あああああああああああああああっ!」
喉が張り裂けるほど、後悔を吐き出した。




