迂闊にもほどがある
うかつにも、ほどがある
小説を書いていて、「うっ」なることがあります。
たとえば、こんなとき。
その1
「お祭りで人々は歌います」
という一行を書いてから、はて。これは、歌詞を書かないと説得力がないのでは。
歌詞を書くのか、わたしが、いまから。全くもって想定外だ。
突然小説に「歌詞」を書くシーンが出できました。ええ、考えてもみなかった展開です。
書かねばなりません、こうなると。書きました。
しんどい。突然のポエム、しんどい。
その2
「君と綴る七日間」を思いついたとき、主人公たちが童話を作中で書くのだ、というアイデアを思いつきました。
イメージはすぐにわき、さっそく書きました。書いていて気づきました。
これ、本文(主人公たち←こっちが本題)と、童話のパートと、実質二作書かないといけないのではないか。
早く気づこうよ、自分。書きましたよ、時間かかった。半年くらいかかった。
書き始める前に考えようよ、ほんと。確認して! 自分の手に負えるかどうか。
で、現在書いている「御囲部屋の子どもたち」。
主人公の恩は耳は聞こえるけれど、話すことができないし、その世話係の糸穂は、弱視であまり目が見えない。
普段は二人きりの生活。書き始めて気づく(毎回だな)。どうやって、コミュニケーションを取ればいいんだ。
設定作っているときには、まったく気づかなかった。書いていて慌てた。毎度だ。
それで、なんとか手段を決めた書いたけれど、疲れた。
やれやれ、と思った。次は、糸穂の章だな。いや、ちょっとまて、糸穂は弱視だよ。周りの状況を説明するの、どうするんだよ(書く段になって気づいた)。
なぜ、気づくのがいつも遅いんだ。ちゃんと考えて。いや、考えていてもこの程度だ。まだまだ困難に不足はしないようだ。




