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最終話

 山腹の大爆発から一夜が明けた。

 ネットニュースに、小さな記事が載っている。


 『長野県過疎地域で大規模な土砂崩れ。旧坑道の崩落か?』

 『地元の自治体関係者数名と連絡取れず。警察・消防の捜索難航』


 俺はネットニュースにさっと目を通すだけにした。

 「事態はもっと深刻だぞ。世間に目にものをみせてやる。いこう。」


 崩落した洞窟の出口から山を下りた俺と水無瀬は、水無瀬が暗号化通信で要請していた信頼できる外部の医療機関、そして警察庁内部で唯一裏金汚職に手を染めていなかった「内部監察課」の特別捜査隊と合流を果たしていた。


 真っ先に向かったのは、しんと静まり返る村の集落だった。

 熊谷たち幹部集団が地下で消えた今、村に残されていたのは、高齢者や女性、そして子供たちだった。彼らは「神の祟り」と爆音に怯え、家々で小さくなっていた。


 「全員、保護します。・・・急いで医療陣を入れてください!」

 水無瀬の指示のもと、立ち入りが規制された村で大規模な健康診断と血液検査が緊急実施された。

 その結果判明した事実は、捜査班全員を絶句させるに十分なものだった。

 村人全員の血液から、微量の違法薬物成分が検出されたのだ。


 「・・・水源です。」

 医療班の報告書を手に、水無瀬が怒りに震える声で俺に告げた。

 「村の上流にある貯水タンクに、微量の依存性薬物が長年にわたって混入されていました。・・・村人たちは『神隠し』や『奉納祭』を狂信していたわけじゃない。薬物によって思考力を奪われ、軽度の幻覚と依存状態に置かれることで、村長たちに都合よく支配され続けていたんです。」


 息を呑むような真相だった。

 「鎮魂奉納祭」というおぞましい伝統も、村全体の団結も、すべては薬物で精神を飼い慣らすことで作られた「人工の狂気」に過ぎなかった。

 村人たちもまた、何も知らぬまま命と精神を削り取られていた被害者だったのだ。

 この客観的な医療データと血液検査の結果は、熊谷個人だけでなく、この村のシステムを構築し放置し続けた組織全体に対する、言い逃れのできない重罪の証拠となった。


———————————————————————————————————


 「ここからは、俺たちの仕事だ」


 俺と水無瀬は、水無瀬が命がけで地下プラントから抽出し、自身の端末に退避させていた「決定的なデータ」を手に、東京へと引き返した。

 そこには、政財界の重鎮たちの暗号口座、警察庁幹部へのワイロの流れ、広域暴力団『黒曜会』との麻薬取引ルート、そして村人全員を薬物漬けにして支配していた実験記録のすべてが、完璧なタイムスタンプと共に記録されていた。

 俺たちはこのデータを、信頼できる検察の特捜部、そして大手報道機関の複数の骨あるジャーナリストへ同時に流した。さらに、公安時代の俺の数少ない元同僚であり、かつて共に正義を志した監察官の手元へ直接叩きつけた。


 「もう揉み消せる規模じゃないぞ。腹を括れ。」


 俺のその一言が、引き金となった。


 翌朝のニュースは、日本中を揺るがす大未遂スキャンダル一色に染まった。

報道が先行したことで、警察上層部も隠蔽工作に動く間すら与えられなかった。


 『政界の重鎮・大河内議員、麻薬取締法違反および組織犯罪処罰法違反の容疑で逮捕!』

『警察庁元幹部ら3名、収賄と職権乱用の疑いで強制捜査!』

『広域暴力団『黒曜会』本部へ家宅捜索! 幹部ら一斉検挙!』


 テレビの画面には、かつて俺を警察から追い出し、ひよりや多くの犠牲者を「コスト」と嘲笑っていた胸糞悪い悪党たちが、次々とフラッシュを浴びながら手錠をかけられ、顔を伏せて連行されていく映像が映し出されていた。


 完全なる崩壊。

 巨大な庇護膜で守られていた悪党どもは、一人残らず法のもとへと引きずり出され、その醜悪な罪を白日の下に晒されることとなったのだ。



一ヶ月後。


 晴れ渡る秋空のもと、俺と水無瀬は再びあの村を訪れていた。

 かつての湿っぽく不気味な空気は消え去り、澄んだ山風が吹き抜けている。


 薬物の解毒治療を終えた村人たちは、静かに、だが確実に自分たちの足で歩み始めていた。自分たちが受けていた支配の恐ろしさに涙しながらも、村を正常な形へ戻そうと、解体作業や手続きに追われている。

 俺たちは、村外れの小さな小高い丘の上に立っていた。

 そこからは、かつて地下プラントが存在していた山々と、どこまでも青く広がる空が一望できた。


 水無瀬が、丘の上に置かれた小さな木製の墓標の前に、白いゆりの花束を優しく添えた。


 「・・・ひよりちゃん」

 水無瀬が語りかける。

 「悪いやつら、みんな捕まったよ。村の人たちも、みんな治療を受けて、元気に前を向いて歩き始めた。・・・ひよりちゃんが勇気を出して助けを求めてくれたから、この村は救われたんだよ。」


 風が優しく吹き抜け、ゆりの花びらを揺らした。


 俺は胸ポケットから、白石ひよりが最後に遺した40万円の通帳を取り出した。

 その通帳は今、村の復興と被害者たちのケアのための基金へと全額寄付される手続きが済んでいた。


 「依頼料は、きっちり使わせてもらったぞ。」

 俺は空を見上げ、呟いた。

「ひよりちゃんの命がけの依頼は・・・完璧に完了だ。」


 言葉と同時に、胸の奥にずっと引っかかっていた冷たく重い楔が、スッと溶けて消えていくような感覚があった。守れなかった過去のトラウマも、ひよりを目の前で失った絶望も、すべてがこの澄み渡る青空の中に昇華されていく。


 「・・・社長。」

 水無瀬が振り返り、晴れやかな笑顔を向けた。

 「事務所、そろそろ戻りましょうか。また新しい依頼人が待っているかもしれません。」


 「・・・そうだな。」


 俺は煙草を一口深く吸い込むと、煙を秋空へと吹き放った。


 便利屋の日常が、また始まる。

 俺と水無瀬は背を向け、光の満ちる街へと向かって、力強く歩き出した。


(完)

ここまで読んでいただきありがとうございました。初めて連載物を執筆しましたがいかがでしたか?感想やアドバイスをいただけますと幸いです。続編にもご期待ください。

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