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伏線を全部無視していたら世界を救ってしまった件  作者: 春野ケイ
世界がおかしくなり始める

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29/29

第29話 物語の外側

眩い白い光が、ゆっくりと薄れていく。


リクは静かに目を開けた。


「ここは……。」


足元には、どこまでも続く白い世界。


空も。


地面も。


境界さえ分からない。


何もない。


ただ、白だけが広がっていた。


「みんな!」


リクが振り返る。


少し離れた場所に、ミア、エルナ、レオンの姿があった。


三人もゆっくりと目を覚ます。


「ここは……どこなのでしょう。」


ミアは周囲を見回す。


レオンも剣へ手を伸ばそうとしたが、その手を止めた。


「敵意は感じません。」


エルナは両手を見つめる。


そこにはもう、アルドから託された杖はなかった。


静かな沈黙が流れる。


その時だった。


前方の白い空間が、水面のように静かに揺れる。


誰かが歩いてくる。


足音はしない。


ただ、その姿だけが少しずつ近づいてくる。


年齢も性別も分からない。


白い衣をまとった、一人の人物。


穏やかな笑みを浮かべながら、五人の前で立ち止まった。


「ようこそ。」


その声は、不思議と懐かしかった。


リクは一歩前へ出る。


「あなたは……。」


白い衣の人物は静かに微笑む。


「この物語を見守っていた者。」


「そう名乗るのが、一番分かりやすいかな。」


ミアたちは顔を見合わせる。


意味が分からない。


だが、リクだけはその言葉に引っ掛かりを覚えた。


「物語……?」


白い衣の人物は静かにうなずく。


「そう。」


「君たちが生きてきた、この世界そのものが、一つの物語なんだ。」


誰も言葉を返せなかった。


ただ一人。


リクだけが、小さく首をかしげる。


「……物語?」


その反応を見た白い衣の人物は、小さく笑った。


「その反応で確信した。」


「やはり君だけは、最後まで変わらなかった。」


静かな白い世界に、その一言だけが優しく響いた。


白い衣の人物は静かに微笑んだ。


リクは困ったように首をかしげる。


「えっと……。」


「どういうことですか?」


白い衣の人物は穏やかな表情のまま答えた。


「まずは、一つだけ伝えよう。」


「君だけが、この物語の外側から来た存在だった。」


静寂が流れる。


「……僕だけ?」


リクは自分を指差す。


「はい。」


「君だけだ。」


ミアが目を見開く。


「物語の……外側?」


レオンも信じられないという表情で白い衣の人物を見つめた。


「それは、どういう意味です。」


白い衣の人物はゆっくりと五人を見渡す。


「この世界には、本来決められた流れがあった。」


「勇者は予言を受け取り。」


「四つの神殿を巡り。」


「仲間と出会い。」


「黒き竜を討つ。」


「それが、この物語だった。」


リクは少し考えてから口を開く。


「でも。」


「僕、予言なんて聞いてませんよ?」


白い衣の人物は小さく笑う。


「違う。」


「聞いていなかったのではない。」


「君は、気付かなかったんだ。」


「君は物語の外側の存在だった。」


「だから、この世界が用意した伏線も、予言も、導きも。」


「物語の登場人物のようには受け取れなかった。」


リクは何度か瞬きを繰り返した。


「だから……。」


「みんなが『大事です』って言ってたことを、僕だけ普通に流してたんですか?」


「その通り。」


白い衣の人物は静かにうなずく。


「君は何一つ間違ってはいなかった。」


「ただ、この物語の理屈が、君には通用しなかっただけだ。」


エルナはその言葉を聞き、ゆっくりと目を伏せる。


「だから……。」


「リクさんだけが、あんなにも自然に予言を見過ごせたんですね。」


ミアも静かにつぶやく。


「私たちは、違和感を覚えながらも、その流れを受け入れていました。」


「でもリクさんだけは違った……。」


白い衣の人物は再び口を開く。


「その結果、この物語は本来の筋書きから大きく外れていった。」


「だから世界は、自ら物語を保つために修正を始めた。」


その一言に、リクたちは息をのんだ。


「修正……?」


リクは聞き慣れない言葉を繰り返した。


白い衣の人物は静かにうなずく。


「物語には、本来あるべき流れがある。」


「しかし、その流れから大きく外れた時、世界は物語が終わることを防ぐため、自ら修正を行う。」


「それが、『世界の修正』だ。」


リクは首をかしげる。


「でも、僕は何かした覚えはありません。」


「君は何も悪いことはしていない。」


白い衣の人物は穏やかに答えた。


「ただ、君は物語の外側の存在だった。」


「だから、この世界が用意した導きや伏線に気付くことができなかった。」


「その結果、本来の物語とは違う道を歩み続けた。」


白い衣の人物は静かに続ける。


「最初の修正は、聖銀の剣だった。」


リクは思い出したように目を丸くする。


「あ。」


「剣が飛んできたやつですか。」


「そう。」


「本来、君は最初に聖銀の剣を抜くはずだった。」


「しかし君は、その剣を抜かずに旅を続けようとした。」


「物語にとって、勇者が聖銀の剣を持たないまま先へ進むことはできない。」


「だから世界は修正を行った。」


「聖銀の剣は、自ら君のもとへ向かった。」


レオンは静かに息を吐く。


「あれが……。」


「世界の修正だったのか。」


白い衣の人物はうなずく。


「封印も同じだ。」


「本来なら、勇者自身が封印を解くはずだった。」


「しかし、君は封印を解かず、その場を離れようとした。」


「だから世界は、封印が解けたという結果だけを残した。」


ミアは小さくつぶやく。


「だから、理由もなく封印が解けたんですね。」


「石碑も同じだ。」


「本来なら、四つの神殿を巡り、定められた流れを経て初めて反応するはずだった。」


「しかし、その流れはすでに崩れていた。」


「それでも物語は終わりへ向かわなければならない。」


「だから世界は、石碑が反応するという結果を選んだ。」


リクは苦笑する。


「世界も大変だったんですね。」


白い衣の人物は少しだけ笑った。


「その通り。」


「何度修正を重ねても、君は予定どおりには動かなかった。」


「だから世界は、これまでとは違う修正を行うことになる。」


その一言に、四人は静かに息をのむ。


白い衣の人物はゆっくりと続けた。


「物語の途中へ、一人の存在を書き加えた。」


「物語が最後まで辿り着けるように。」


「世界そのものが生み出した存在。」


「それが――アルドだった。」


「アルド……。」


リクがその名前を口にする。


白い衣の人物は静かにうなずいた。


「アルドは、この物語に最初から存在していた人物ではない。」


「世界の修正によって、生み出された存在だ。」


誰も言葉を発することができなかった。


白い衣の人物は静かに続ける。


「本来、この世界には決して開かない門があった。」


「固く封印され、誰にも見つからず、誰にも開かれることのない門。」


「しかし、物語が大きく本来の流れから外れた時。」


「世界は、その封印を自ら解いた。」


エルナは小さく息をのむ。


「あの門が……。」


「そう。」


「その門の向こうには、一人の老人がいた。」


「いや。」


「正確には、その門の向こうに老人がいるという存在ごと、世界が物語へ書き加えた。」


「それがアルドだった。」


リクは目を見開く。


「じゃあ……。」


「アルドさんは。」


白い衣の人物は静かにうなずく。


「物語を最後まで導くため。」


「世界が修正役として生み出した存在。」


「それがアルドだ。」


静かな白い世界に、その言葉だけが響く。


「だからアルドには、過去がなかった。」


「自分がどこから来たのか。」


「なぜ旅をしているのか。」


「本人ですら知らなかった。」


ミアはゆっくりとうつむく。


「だから……。」


「いつも、自分のことを話さなかったんですね。」


「話せなかった。」


白い衣の人物は穏やかに答える。


「語るべき過去が存在しなかったからだ。」


レオンは拳を握り締める。


「では、口が勝手に動いていたのも。」


「世界の修正だ。」


「アルドは、自らの意思とは関係なく、物語を進めるために必要な言葉だけを与えられていた。」


エルナは、自分の手を静かに見つめる。


もうそこには、杖はない。


「あの杖も……。」


「そう。」


「あの杖も、本来この世界には存在しない。」


「初代魔法使いとともに失われた伝説の杖。」


「世界はアルドへ修正役を与えた時、その役目を果たすためだけに、その杖も一時的に存在させた。」


「だから、役目を終えた時。」


「アルドとともに、杖もまた、この物語から消えた。」


リクは静かに目を閉じる。


アルドの笑顔が脳裏によみがえる。


「……そうだったんですね。」


白い衣の人物も静かにうなずいた。


「しかし。」


「世界にも、一つだけ修正できなかったものがあった。」


その一言に、四人はゆっくりと顔を上げた。


静かな声が、白い世界に響く。


リクはゆっくりと顔を上げる。


「修正できなかった……?」


白い衣の人物は小さくうなずいた。


「世界は、アルドへ必要な言葉を与えることはできた。」


「だが。」


「心までは与えることはできなかった。」


リクたちは黙って、その言葉を聞いている。


「アルドが君たちと旅をした日々。」


「笑い。」


「迷い。」


「喜び。」


「そのすべては、修正ではない。」


「アルド自身が過ごした時間だった。」


エルナの瞳から、一筋の涙がこぼれる。


「だから……。」


「あんなに優しかったんですね。」


白い衣の人物は静かにうなずく。


「役目は世界が与えた。」


「だが、生き方はアルド自身が選んだ。」


リクは、アルドと旅をした日々を思い返していた。


焚き火を囲んだ夜。


穏やかな笑顔。


少し困ったように笑う癖。


そして――。


「また口が勝手に動いてしもうた。」


最後の言葉。


リクははっと顔を上げた。


「もしかして……。」


白い衣の人物は、穏やかに微笑む。


「君も気付いたようだね。」


「今までのあの言葉は、世界の修正だった。」


「必要な言葉だけが、アルドの口から紡がれていた。」


静かな間が流れる。


「しかし。」


「最後だけは違う。」


誰も息をすることさえ忘れていた。


「あの時、アルドの口を動かしていたのは、世界ではない。」


「あれは。」


「旅を終えたくなかった、一人の老人の照れ隠しだった。」


白い世界は静まり返る。


リクは静かに目を閉じた。


アルドが少し照れくさそうに笑っていた姿が、はっきりと浮かぶ。


「……そうだったんですね。」


白い衣の人物は何も言わず、ただ静かにうなずいた。


白い衣の人物は、静かにリクを見つめた。


「もう一つだけ、君へ伝えなければならないことがある。」


リクは小さくうなずく。


「はい。」


「君は、本来この物語へ召喚されるはずではなかった。」


その一言に、その場の空気が止まる。


「……え?」


リクは思わず聞き返した。


「それって、どういうことですか。」


白い衣の人物は穏やかな表情のまま続ける。


「この物語には、本来召喚される勇者がいた。」


「しかし、召喚の儀でわずかな歪みが生じた。」


「その結果、本来とは異なる世界とつながってしまった。」


「そして、その歪みの先にいたのが君だった。」


リクはしばらく黙っていた。


やがて、自分を指差す。


「じゃあ……。」


「僕、間違えて呼ばれちゃったんですか?」


「そうだ。」


短い返事だった。


リクは頭をかいた。


「なるほど。」


「じゃあ、仕方ないですね。」


あまりにもあっさりした返事だった。


ミアは思わず苦笑する。


「普通、もっと驚きませんか……。」


「驚いてますよ?」


リクは困ったように笑う。


「でも、今さらですよね。」


「もう旅も終わりましたし。」


白い衣の人物は、その様子を静かに見つめていた。


「最後まで。」


「君は変わらなかった。」


リクは首をかしげる。


「そうですか?」


「そうだ。」


「物語の理を知らず。」


「予言にも縛られず。」


「最後まで、自分のまま歩き続けた。」


少しだけ間が空く。


白い衣の人物は穏やかに微笑んだ。


「それでよかった。」


リクは意味が分からないまま、小さく笑う。


「よく分かりませんけど……。」


「そう言ってもらえるなら、よかったです。」


白い衣の人物は静かにうなずいた。


「物語は、終わった。」


「だから君は、元いた世界へ帰る時が来た。」


その言葉に、リクの表情が初めて変わる。


「……帰る。」


その一言だけが、白い世界に静かに響いた。


「……帰る。」


リクは、その言葉を静かに繰り返した。


白い世界に、小さな沈黙が流れる。


最初に口を開いたのはミアだった。


「そう……だったんですね。」


その声は少し震えていた。


「リクさんは、この世界の人ではなかった。」


リクは照れくさそうに笑う。


「みたいですね。」


「僕も、今知りました。」


レオンは静かに目を閉じる。


「あなたが帰るというのなら、それを止める資格は私たちにはありません。」


「ですが。」


「あなたと旅ができたことを、私は誇りに思います。」


リクは少し照れながら頭をかいた。


「そんなこと言われると、恥ずかしいですよ。」


エルナはずっと黙ったままだった。


うつむいたまま、小さく拳を握り締めている。


やがて、ゆっくりと顔を上げた。


「……帰ったら。」


少し間が空く。


「私たちのこと、忘れちゃいますか。」


リクは少し驚いたような顔をした。


「忘れませんよ。」


迷いのない返事だった。


「みんなと旅をしたこと。」


「アルドさんのこと。」


「絶対に忘れません。」


エルナは小さく笑う。


その瞳には涙が浮かんでいた。


「よかった……。」


ミアも笑いながら涙をぬぐう。


「本当に。」


「最後まで、リクさんらしいですね。」


リクは困ったように笑う。


「そうですか?」


「そうです。」


ミアは優しくうなずいた。


その時だった。


白い衣の人物が静かに口を開く。


「別れの時間だ。」


白い世界が淡く輝き始める。


リクの足元から、柔らかな光が立ち上っていく。


帰る時が来たのだ。


リクは三人をゆっくりと見渡した。


そして、いつものように笑う。


「それじゃあ。」


少しだけ間を置く。


「元気で。」


誰も「さようなら」とは言わなかった。


言ってしまえば、本当に終わってしまう気がしたから。


白い光が、静かにリクの姿を包み込んでいく。


三人は、その姿が見えなくなる最後の瞬間まで、まっすぐにリクを見つめ続けていた。


眩い光が、視界を包み込む。


何も見えない。


何も聞こえない。


身体がふわりと浮かぶような、不思議な感覚だけが続いていた。


そして――。


足の裏に、固い地面の感触が戻る。


リクはゆっくりと目を開けた。


「……あれ?」


目の前には、見慣れた横断歩道。


夕焼けに染まる街並み。


車が行き交う音。


信号機の電子音。


どれも、見慣れた景色だった。


周囲の人たちは、何事もなかったように歩いている。


リクは辺りを見回した。


「戻ってきた……。」


そうつぶやく。


不思議と寂しさはあった。


でも、それ以上に胸の奥が温かかった。


アルドの笑顔。


ミア。


エルナ。


レオン。


みんなの顔が、ゆっくりと浮かぶ。


「みんな、元気かな。」


誰に届くわけでもない独り言。


信号が青へ変わる。


リクは一歩踏み出した。


「今日の夕飯、カレーだったらいいなぁ……。」


そうつぶやいて、小さく笑う。


人は、異世界に召喚される瞬間、もっと劇的なものだと思っていた。


だけど。


元の世界へ帰る瞬間は、案外こんなものなのかもしれない。


夕暮れの街へ、リクの姿がゆっくりと溶け込んでいく。


それは、どこにでもある日常。


けれど彼は、誰も知らない一つの物語を終えた。


こうして、間違って異世界へ召喚された一人の少年の物語は、静かに幕を閉じた。


〜〜〜完〜〜〜

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