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伏線を全部無視していたら世界を救ってしまった件  作者: 春野ケイ
勇者は全部無視する

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第1話 異世界に召喚されたけど説明を聞いてなかった

 人は、異世界に召喚される瞬間、もっと劇的なものだと思っていた。


 空が割れるとか。


 雷が落ちるとか。


 神様が現れて「選ばれし者よ」とか言うものだと。


「今日の夕飯、カレーだったらいいなぁ……」


 俺――相沢リクは、そんなことを考えながら学校帰りの横断歩道を歩いていた。


 部活もない金曜日。


 明日は休み。


 コンビニでアイスでも買って帰ろうか。


 そんな平和なことしか考えていなかった、その時だった。


 足元が突然、白く光った。


「……え?」


 見下ろすと、地面いっぱいに巨大な魔法陣が浮かび上がっている。


「え、何これ?」


 逃げようとした瞬間、体がふわりと浮いた。


「ちょっ、待っ――!」


 視界が真っ白になる。


 耳鳴り。


 浮遊感。


 そして次の瞬間――。


「勇者様ぁぁぁぁぁぁ!」


 盛大な歓声が響いた。


「…………」


 目を開けると、そこは見知らぬ大広間だった。


 赤い絨毯。


 天井まで届く白い柱。


 豪華すぎるシャンデリア。


 そして正面には、金色の王冠をかぶった老人。


 左右には鎧を着た騎士たち。


 さらにその後ろには、ローブ姿の魔法使いらしき人たちまで並んでいる。


(……ドッキリ?)


 一番最初に思ったのは、それだった。


 最近のテレビは手が込んでいる。


 いや、でもカメラが見当たらない。


 というか、このシャンデリア、本物っぽいな。


 あれ、一個いくらするんだろう。


「ようこそお越しくださいました、勇者様!」


 老人が玉座から立ち上がり、深々と頭を下げた。


「我が国、アルトリア王国を代表し、心より歓迎いたします。」


(王様って、本当に王冠かぶってるんだ。)


 リクが気になったのは、そこだった。


 寝る時もかぶるのかな。


 外したら誰かに怒られるのかな。


 肩こりとか大丈夫なんだろうか。


「勇者様?」


「あ、はい。」


「お疲れでしょうが、どうかこちらへ。」


 促されるまま、赤い絨毯の上を歩く。


 周囲から期待に満ちた視線が集まる。


(めちゃくちゃ見られてる……。)


 少し居心地が悪い。


 でも、それ以上に――


(腹減ったな。)


 昼休みに購買のパンを一つしか食べていない。


 もう夕方だ。


 むしろ今気になるのは異世界より夕飯だった。


「勇者様。」


 王様が静かに口を開く。


「これより、この世界の現状についてご説明いたします。」


「はい。」


 リクは素直にうなずいた。


 王様は満足そうに笑う。


「ありがとうございます。それでは――」


 王様はゆっくりと語り始めた。


「今より三百年前――」


王様はゆっくりと語り始めた。


「今より三百年前――この世界は”黒き竜”によって滅亡の危機に瀕しました。」


 広間の空気が一変する。


 騎士たちは険しい表情を浮かべ、魔法使いたちは静かに目を閉じた。


「人々は絶望しました。しかし、その時、一人の勇者が現れたのです。」


 王様は壁に飾られた一枚の絵を指さした。


 そこには銀色に輝く剣を掲げた青年が描かれていた。


「勇者は”聖銀の剣”を手にし、仲間と共に黒き竜を封印しました。」


(すごい絵だな。)


(これ描くの何日かかったんだろ。)


 リクは別のことを考えていた。


「ですが、その封印も限界を迎えております。」


「古代の予言には、こう記されています。」


王様が古びた巻物を広げる。


『赤き月が空を染める夜、黒き竜は再び目覚める。


その時、勇者は聖銀の剣を手にし、


四つの神殿を巡り、


真実を知る三人の仲間と共に、


世界を救うであろう。』


広間は静まり返る。


誰もが息をのんでいた。


(……長いな。)


リクは欠伸をこらえた。


昨夜ゲームをやりすぎたせいで少し眠い。


「さらに――」


王様は続ける。


「黒き竜の復活が近づくにつれ、世界各地で異変が起き始めています。」


「原因はまだ分かっておりません。」


「しかし、この異変は予言に記された災厄の始まりだと考えられています。」


(異変って、そんなに大変なのかな。)


リクはぼんやりと話を聞いていた。


「勇者様には、まず東の村へ向かっていただきます。」


「そこで賢者ミアと出会い、聖銀の剣への手掛かりを得てください。」


(ミアって名前かわいいな。)


「その後、剣士レオンと合流し――」


(レオンって強そう。)


「四つの神殿を巡り、黒き竜を討ち滅ぼしていただきます。」


王様は真剣な眼差しでリクを見つめた。


「以上が、この世界の運命です。」


 リクも王様を見つめ返した。


「…………」


「…………」


「…………」


「勇者様。」


「はい。」


「ここまでのお話で、何かご質問はございますか?」


 リクは少し考えた。


 そして口を開く。


「一つだけ。」


 王様たちが期待に満ちた表情になる。


「この世界って、ご飯は美味しいですか?」


 広間の空気が、一瞬で止まった。


 王様は瞬きを二度繰り返し、隣に控えていた大臣と顔を見合わせる。


「……ご飯、ですかな?」


「はい」


 リクは不思議そうに首をかしげた。


「旅って、お腹空きますよね?」


「…………」


「美味しいなら頑張れそうです。」


 その場にいた全員が、なんとも言えない表情になった。


 騎士団長は眉間を押さえ、神官は天を仰ぎ、大臣は小さくため息をつく。


 だが、王様だけはふっと笑みを浮かべた。


「……安心してください、勇者様。」


「我が国の料理は自慢の一つです。」


「それならよかった。」


 リクは心底ほっとしたように笑った。


 王様は複雑そうな表情を浮かべながらも、咳払いを一つする。


「では、改めて旅立ちの準備をいたしましょう。」


 その合図で、一人の兵士が大きな木箱を抱えてやって来た。


 箱の中には、革袋、地図、銀色の短剣、旅用のマント、それに小さな革表紙の本が入っている。


「こちらは路銀です。」


「こちらが世界地図。」


「こちらは勇者様の身分を証明する勇者紋章。」


「そして、この本には旅で必要となる知識が――」


「すごい量ですね。」


 リクは箱の中をのぞき込みながら苦笑した。


「全部持っていくんですか?」


「もちろんです。」


「重そうだなぁ……。」


 兵士たちの肩がぴくりと震える。


 大臣は慌てて言葉を続けた。


「ですが、どれも勇者様には必要不可欠な物ばかりです。」


「地図がなければ道に迷います。」


「勇者紋章がなければ各地で信用を得られません。」


「この本には魔物の特徴や各地の情報が――」


「なるほど。」


 リクは一つひとつ手に取りながら頷いた。


 王様たちは、ようやく理解してもらえたと胸をなで下ろす。


 しかし次の瞬間。


 リクは地図を一度だけ開き、


「東……こっちですね。」


 と呟くと、すぐに畳んで革袋へ放り込んだ。


 本はぱらぱらと一ページだけめくる。


「文字、多いですね。」


 閉じる。


 勇者紋章は眺めるだけ眺めて、無造作にポケットへ入れた。


「…………」


 王様も、大臣も、騎士たちも。


 誰一人、口を開けなかった。


 なんとなく。


 なんとなくだが。


 全員が同じ未来を想像していた。


(この勇者様……絶対、本を読まない。)


 静寂を破ったのは、王様だった。


「……では、勇者様。」


「はい。」


「どうか東の村へ向かってください。」


 王様は壁に掛けられた大きな地図を指差す。


「城を出て正門から東へ。街道をまっすぐ進めば、三日ほどで最初の村へ到着します。」


「なるほど。」


 リクは素直に頷いた。


「では、行ってきます。」


 その返事に、王様たちはほっと胸をなで下ろす。


 少なくとも、行き先だけは理解してくれたらしい。


 城門まで見送りに出た騎士たちが、一斉に敬礼する。


「勇者様のご武運を!」


「世界の未来を、お任せいたします!」


「お気をつけて!」


 大げさなくらい盛大な見送りだった。


 リクは少し照れくさそうに手を振る。


「ありがとうございます。」


 そして城門をくぐり、石畳の大通りへ出た。


「……さて。」


 異世界。


 初めて見る街並み。


 石造りの家々に、露店、馬車、鎧姿の人々。


「おぉ……。」


 思わず声が漏れる。


 ゲームでしか見たことのない景色が、目の前に広がっていた。


「すげぇ。」


 その時だった。


「焼きたてでーす!」


 パン屋から香ばしい匂いが漂ってきた。


「……。」


 リクのお腹が、小さく鳴る。


「そういえば、昼から何も食べてないや。」


 気づけば足はパン屋へ向かっていた。


「この丸いパン、一つください。」


「はいよ! 銅貨二枚ね!」


 革袋から適当に硬貨を取り出して渡す。


「ありがとうございます!」


 焼きたてのパンを受け取ると、一口かじる。


「……うまっ。」


 外はカリッとしていて、中はふわふわ。


 思わず笑みがこぼれた。


「王様、本当のこと言ってたんだな。」


 パンを食べながら、のんびり歩き出す。


 一方その頃。


 城壁の上では、王様たちが勇者の姿を見送っていた。


「順調に街道へ向かっていますな。」


 大臣が安堵したように言う。


「これで一安心です。」


 王様も静かに頷いた。


 ――しかし。


「あれ?」


 一人の若い兵士が声を上げた。


「勇者様、東門じゃなくて西門の方へ歩いてませんか?」


「…………。」


 全員の視線が、一斉にリクへ向く。


 パンを頬張りながら、鼻歌交じりに歩く勇者。


 その足取りは迷いなく、西へ向かっていた。


「ゆ、勇者様ぁぁぁぁぁ!」


 騎士団長の叫びが街中に響き渡る。


 だが、リクはパンを食べるのに夢中で、まったく気づかない。


「このままでは逆方向です!」


「早く止めろ!」


「地図を見せろ!」


「だから地図をちゃんと確認していただけと申し上げたのです!」


 城壁の上は大混乱。


 その騒ぎなど知る由もなく、リクは青空を見上げて呟いた。


「異世界って、結構いいところかもな。」


 世界の命運を背負った勇者は。


 旅立ち初日から、堂々と目的地と反対方向へ歩き始めていた。


 ――こうして、誰も予想しなかった勇者の冒険が幕を開ける。

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― 新着の感想 ―
Xの企画から来ました。 壮大な予言と王様の説明に対して、リクの内心が「王冠って寝る時もかぶるのかな」なのがずっと面白かったです(笑)。「この世界って、ご飯は美味しいですか?」の質問に空気が止まる場面が…
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